同行二人2004年
一月号 大わらじと大般若
二月号 石手寺の宝
三月号 同行万人
四月号 五人の解放で喜ぶ
五月号 信心
六月号 仏教の根本と修行
七月号 方丈さんと同行二人
方丈さんと同行二人
去る七月十八日、当山第四十二世俊行方丈が遷化せられました。多くの方のお見送りを得て、誠に有り難う御座居ました。
さまざまな出会い御縁での出来事を思い出すにつけ、それぞれの方々との言葉のやりとり、心の交流に、仏教の一つ一つを思います。
御供養とはひとえに、その人の生きる足跡、生きる姿を心に留め、誉め称えて私達の生きる力としていくことであります。
群衆象を撫でるの比喩がありますが、私達それぞれが聞いた教えは、各々に異なっているようであり、別々の難儀や境涯に対しての生きる指針でありながら、総体としてひとつの方向を成していることにいまさらながら感銘を受けます。
私は弟子として、経文の一字一句を辿りながら法を受けました。あの世の在り処を聞いた方もあれば、子供さんの病気の治し方を聞いた人、あるいはお寺に一緒に泊り込んで苦難に取り組んだ人、ある人は「なぜ方丈さんが人を元気にできるのか分かった」と言いました。方丈師匠はそれぞれの相手に、その人に分かるように生きる元気を充填していったのでしょうか。「方丈さんが生きようとする熱意というか執念のようなものが、聞く人に伝わって生きる力を与えた」その言葉は誠に妙にして当を得ているようでした。
「生きている限り、力のある限り、不可能はない。」そのように聞いている人も多くいます。私はお大師さんは「可能性の人」と呼んでいますが、生きているということは、何かができること、何かができる限り生きているのだという信念があります。それは生への執着のようであり、命の不思議への挑戦であり、生きていく困難や苦への憤りであり痛みであり、苦痛へのどうしようもない同情であるように思えます。生きていることは楽ではない。むしろ苦難の連続である。しかし、その苦難から逃げることなく立ち向かい、解決せねばならない悲痛な使命感が底にあったようにも思えます。
御存知の様に、方丈さんの最後の言葉は「自分を大事にしなさい。人を大事にしなさい」でした。
まことに当たり前のことでありながら、言うは易く行うは難しです。自分も含めていったいどれだけの人が自分を大事にしているか。仏様の目からみれば、衣食住の快楽に惹かれて日々快楽に溺れ、求道を疎かにしているのは決して自分を大事にしていることにはなりません。
ましてや、自分を大事にする方法すら分からぬ私が、他人を大事にするなどということは、いうまでもなく不可能なこととなります。せめて、自分がされたくないことはしない。お大師さんのいう通り、「他人を観ることなおし自身ごとく」他人を傷つけないことの域をでません。
それでも、この自分と他人を大事にせよという言葉は、ひとつの方向を大きく指さしています。それは人間を大事にするという方向。生きる命を大事にするという方向です。
知情意といいます。知は仏教の教え。情は人間を大事にすること。そして意は意思。意思は生きることへの執念です。
知については、方丈さんは最後までお経文を放しませんでした。
お看病の一夜を二人きりで過ごした明け方でした。師匠は真言宗の三大経典の一つである「大日経」を机上に開き、講釈を始められました。既に病重く治薬濃くて恐らく苦痛と朦朧とする意識の中であったと思います。最期の時の到来を予感するかの様な時の流れの中で、残った力を振り絞りつつ更に法界世界の法力を集めるかの様に、経文の展開は進みました。
言葉は行きつ戻りつ時に不明瞭な帳を引き連れつつ、一つのことを師は私に伝えようとしていました。「これでは、(大日経はさまざまな人さまざまな動物生き物の生きざまを経験して後の悟りを説くのですが)強盗や殺人をして後に悟りが開けるというのでは困る」と言われ、私達が悪事をなしてしまうのか。それとも悪事をなさずして越えられるのか。一っ飛びに悟りを開けるのかどうなのかという真言宗の大問題を真剣に解こうとする姿が見えました。
経文の解釈についてはその夜明けが最期の時となったのです。
自分大事にということで思い出すのは、「自分を責め過ぎてはいけない」という言葉でしょうか。「もっと自信を持て」ということも言われました。
しかし何より、仏教的であったのは、「仏教は安心を得ることだ」という言葉です。「お前は仏教が解っていない」と度々言われました。
「仏教は安穏を得るためにやっている。財や金や名誉が目的ではない。それを仏教では涅槃と呼ぶわけで、その涅槃こそが第一の仏教の目的なわけです。涅槃以外には目標はない。だから、自分を大事にするというのもその涅槃を得ることであり、他を大事にするというのもその涅槃を共に得るということなのです。
しかし、その涅槃がどの様なものなのかを、私は聞き逃した様に思います。しかし、それは言葉で表せるものではないから、正に今、禅定して手に印を結び只座して全身に染み渡る境地に問うしかないのでしょう。
仏教の法、教えについては多くのものを頂きました。お釈迦さんやお大師さんの出家の動機。個々の言葉の意味。どれも独創的でありながら血肉になった言葉でした。
その教えの厳密さの一方で、人生から離れなかったのは、人間性への信頼でした。「人間を大事にするのが仏教だ」それは仏教への反逆であるという読みを伴いながらの一度人間を否定しながらの人間への回帰の言葉のように思います。素直に人間であることから、一度人間を疑い否定して佛を目指し、そして佛とは実は人間であるという逃れようのない結論を含んで余りある様に思われます。
今回は、告別式の挨拶を付記して筆を置きます。今後、方丈さんと同行二人として随時書きたいと思います。皆さん、御一緒に同行二人よろしく。
弟子俊生
夏、熱の猛り狂いぶつかり合う時、みなさまには、当山住職方丈、俊行師匠の、告別式にご参集いただき心よりお礼を申し上げます。
求道を共に励み支えていただいた諸寺院諸大徳の方々、石手寺興隆のために陰に陽に、ご尽力いただいた各関係の方々、共にお大師さんの同行二人の道をご修行いただいた信徒のみなさん。また、ご縁あって娑婆世間の浮沈を共にした方々。この世のお別れに際して、諸事をなげうってのご参集に心より感謝いたします。
本人に成り代わり、生前の、ご好意に感謝し、また、数々の困難な出来事、ご無礼をお詫びすると共に、今後共々の変わらぬご教示ご厚誼をお願いする次第です。
約二カ月前、手当ての施しようのない病状に直面して、私達が出逢った俊行師匠の言葉は母によると
「生きる楽しみもあれば死ぬる楽しみもある」でした。
終着点を認めざるを得ない私達にとって、師匠の闘病であり人生の結論であり、仏教との闘いは、師の一生涯の、私としては師匠としてまた父としての、全生涯を賭けての是非の証明であり、今後生きていく上での希望の灯の明暗でありました。
形あるのもは崩れる。形のないものも崩れ逝く。
崩れ行き、なくなっていくものから何をすくい上げ自分のものとして確固とした崩れないものとしていくのか。
「生きる楽しみもあれば死ぬる楽しみもある」という言葉に始まったこの病気、死との闘いは、波瀾万丈、時には家族離反の地獄の破綻に向かいながらも、幼い日の光と陰に反照されながら、師匠の真意を問う抜き差しならぬものとなりました。危篤と家族の勢ぞろいを迎える頑固で歪んで苦痛に満ちた中に、わずかに和らいで見せようとする笑顔に私達は、この世の極楽を見ました。父の愛に飢える私達に「苦労をかけたのう」とわずかの安堵と同情の言葉をかける師匠は、やさしくもありながら、ひょっとすると苦悩に満ちた自らの人生を他者に見ているかのようでした。
来るものは拒まず、来たものは見捨てず。寺に来られる悩む人々に声をかけることを生きがいとし、その姿勢は終生変わらなかったと見ました。神経の中枢を侵していく痛みに耐えながら、ベテル病院で人々に受けとめられた安らぎにその人々との出会いの空間を終の住処として「祝いの場所」として「ここも良いところじゃ」と自らのクシナガラと定め、看護の人々に時には説教らしいことをし、「ありがとう」と語りかける姿は、きつい痛みに迫られながら朦朧とする意識の中で、そのような中においても決して諦めず、一条の光り、人生の可能性を信じてやまない姿として、眠れない看護の夜の私に刻み込まれました。
「仏教とは何ですか」何十年の師弟関係を重ねてもこのような質問しかできない私に、師匠は「自分を大事にすること。人を大事にすること」と言われました。
くずれゆくものから何をすくい取り、確固としたものとしていくのか。般若空思想を、仏説にあらずと断じ、最後の個人教授で「大日経は泥棒殺人やり終えての悟りを説くの難あり」と指摘する姿は、一生を仏教山の踏破につぎ込み、臨終に臨んでもなお、光りをたぐる修行の姿に見えました。師匠は生きぬくことによって生死を超えていく。それは今日、告別に際してみなさんで読経していただいた、理趣経の全段を貫き、百字の偈が示す仏教世界そのものでありました。
もろもろの論争議論を意味のないものとして捨てて、人を大事にすることの一事こそ仏教であると師匠は結論したのでしょう。それは、いたみに臨んで、いたみから逃げないという姿勢で貫かれたものと感じております。
浅学非才、器量狭量の私でございますが、師匠の姿を全身に刻み、仏教の興隆、信徒の修行円満、弘法大師の増法楽のため、尽力していく所存であります。ここに参集いただいた御好意と御熱意を変わらぬものとして、石手寺そして私達求道の精神に対して引き続きご配慮いただきますようお願いいたします。
加藤俊生
DO0406仏教の根本と修行
お大師さんは書かれている。「仏さまの世界と、迷う衆生の世界とは別にあるわけではない。心の世界においては、衆生(迷い苦しむ者たち=私達)の世界が清浄であれば、それはそのまま法身(諸仏の姿)であり、涅槃(究極の境地、平和の境地)であり如来である」と。
しかし、私達とお釈迦さんらの仏さまが違うところは、「諸仏如来は、昔まだ悟らないときには私達凡夫と同じであったが、大精進を起こして正しい行いを厳修し、正覚を得たのである。今、私は泥まみれの苦海に愛着しているが、どうしてそのままでいいだろうか。また、ともに生きる衆生を観ると苦海に溺れ沈み、生死の河に没して自分の心の本来の姿を見失って、寿命を喪失している。彼らを観るに、私の生きざまと同様であり、どうして共に助かることを思わないであろうか」と。
だから、共に救済されるために、「勇猛に大悲(痛み苦しみを共にする心)を起こして悟りを開く菩提心を起こさんとする」と、お大師さんは宣言される。
さて、お大師さんは「私達衆生は、妄想煩悩に迷い、気がつかないので、貪欲、怒り、無知、によって日々身を焼き苦しみに溺れている」という。
その苦海は、三教指帰によると「自然界の弱肉強食であり、衆生同士の戦いや殺し合い、そして人間界の、騙しあい、取り合い、殺し合い、そして短い人生」である。
最近、凶悪事件が増えたと言われ、低年齢化が進むといい、人々の危機感は増大している。生きる意味と、生きる方途を失った人々が、不安になっているから余計に危機を感じているようにも思える。実際に、リストラが進み、社会はルールを失って努力と成果の関係が薄れ、自殺も急増して減らない。
私達は、不安に思い、苦しみながらも、問題を捉えきれていない。そして、戦後にはあれだけ「不戦」を誓っていた人々も、米国の理由のない妄想の戦争を肯定する「国家」を承認し、「人殺し」の立場へと身を移した。
動物をことさらに殺してグルメを貪る私達は、その罪に飽き足らず、殺人へと一歩を踏み出した。暗黒と、暴虐と、苦痛は、私達の見えるところ見えないところでどんどん進行している。捕虜収容所内での考えられない非人間的行為が行なわれ、「米国務省」から「日本国は、売春などを目的とした人身売買の『監視対象国』」と裁定された。既に「国際刑事裁判所」が設立されても日本は参加していないし、先の戦争の慰安婦等への賠償も進めない政府は、福祉の推進者というよりは、圧政の擁護者というべきだろう。
それは、単にお役人の自堕落ではなく、人々の心のすさみや、情熱のなさや、無自覚や、思慮深さのなさ、暴力性、無関心冷淡さともつながっている。
テレビや新聞を観ては、悲惨な事件に心を痛め、「自殺者を減らしたい、子どもに生きる元気を与えたい、ワークシェアリングしたい、イラクを救いたい、人々と痛みを共有し、共に生きたい」と願いながら、国の対応に失望し、大きな力の前に無気力になっていく。
本当は、何かをしたいという気持ちが、どんどん無力感に変わり、生きる元気を失い、その時だけ良かったらいいという刹那的・快楽主義者に堕ちて言っているのではないか。緒方貞子さんが言っていたが、「難民にとって一番大事なことは、明日が今日より少しでも改善されるという希望です」という言葉が痛い。私達は自分がいることによって、何かが少し良くなるという希望を失いつつある。
すべての人々が運命論者になり、自分の可能性を信じなくなろうとしている。その結果、光りを失った心はすさんでいき、自分の罪を贖うよりも固着することに諦め、醜い自己像と共犯の人間像は、心を蝕んで、目先の快楽を罪悪感と共に肯定していっているのではなかろうか。
そうではなく、再度、悲惨なことに立ち向かうことが、生きる元気を取り戻す唯一の方途であろう。
お大師さんの話しに戻るのだが、お大師さんが十八のときに都を飛び出して、ふるさと四国に流浪したことは今更述べるまでもない。大学に行ったが官吏採用されず立身出世の唯一の道を閉ざされて、「進退ここに窮まった」と絶望して石槌に断食したのは、お大師さん自らの三教指帰の独白どうりである。その時、記していることは、都では貴族が遊び暮らしているという情景である。そしてある貴族の息子を、他人の血を吸う蛭であり、牙を持つ殺し屋と名付けている。働かず食らい、ことさらに動物を殺し人々を痛めつけ、慈悲の行を行なわない特権階級や支配者を表わし、彼らを正さねばならないと書いている。しかし、その彼らを守るような儒教や、逃避者の道教ではどうしようもなく、現実的に人々を幸福にする仏教が必要だと説いている。
それは、お大師さんが、衆生界(衆生の世界)と法界(仏さまの世界)は別ではないのだ、といいきる一面であろう。衆生界が良くなってそのまま法界になるのである。私達が悟ればそのまま仏さまの世界になるのである。死んであの世で幸福になるのではない。私達が悟り幸福になればそのまま仏界である。
ということは、血を吸う蛭は他人を思いやり福利を与える者になり、他人を殺したり痛めつける牙を持つものは他人をいたわる者になれば、この世はそのまま仏の世界になるということである。
ただし問題は、自分が真に幸福になるということの内容と難しさであろう。
そして血吸い蛭と殺し屋の牙をやめると言っても、どのようにしてその思いやりや慈悲心を持つかと言う、方法と難しさであろう。
再説になるが、お釈迦さんもお大師さん同様に、戦いと搾取からの解放を説いている。その時の話はこうである。スッタニパータの「武器を執ること」という偈である。
935 殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである。
936 わたくしがぞっとしてそれを厭い離れたその衝撃を宣べよう。
水の少いところにいる魚のように、人々が慄えているのを見て、また人々が相互に抗争しているのを見て、わたくしに恐怖が起った。
937 世界はどこも堅実ではない。どの方角でもすべて動揺している。わたくしは自分のよるべき住所を求めたのであるが、すでに(死や苦しみなどに)とりつかれていないところを見つけなかった。
938 (生きとし生けるものは)終極においては違逆に会うのを見て、わたくしは不快になった。またわたくしはその(生けるものどもの)心の中に見がたき煩悩の矢が潜んでいるのを見た。
939 この(煩悩の)矢に貫かれた者は、あらゆる方角をかけめぐる。この矢を引き抜いたならば(あちこちを)駈けめぐることもなく、沈むこともない。
940 そこで次に実践のしかたが順次に述べられる。ー世間における諸々の束縛の絆にほだされてはならない。諸々の欲望を究めつくして、自己の安らぎを学べ。
というものである。お釈迦さんは、生まれたとき、世界を武力で平定する帝王となるか、それとも人間の考え方を変えて世界を平和にする転輪王となるかのどちらかだと予言される。それは単にお釈迦さんの将来の暗示ではなく、人々の願いを表わしている。武力によって世界が幸福になるか、それとも、平和のうちに世界が幸福になるか。果たして、お釈迦さんは教えによって幸福をもらたし、アショーカ王は武力によって何万と言う人の命を奪い、累々たる屍の後に悔悟して、仏教による無闘争の社会をつくろうとした。
お釈迦さんの時代は、いくつかの中小の国が、マガダ一国に殺し合いの末に統一されていく時代である。なんともお釈迦さんのシャカ族もコーサラ国に皆殺しにされたと言われる。その時、お釈迦さんとその仲間は出家していて助かったというが真偽はどうであろう。
しかし、そのシャカ族や、インドの小中の国々の人々の悲惨な運命を想像するとき、それはちょうど今展開している、イラクへの米軍侵攻やパレスチナの悲惨やチェチェンの虐殺や、日本の人身売買と重なるのだが、上の「武器を取ること」偈の意味は、無限の痛みへと拡大していく。
「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」
殺そうと敵対し争う。そしてまた武器を取り恨みを増幅し争う。恐怖が増大し痛みが増大する。
「見よ。イラクで殺された少女の父に抱かれた姿を。」
「石油欲しさのためか、政権の安定のためか。国益のためか。慈悲心の欠如か。」
武器を執れば恐怖は増大する。慎むべきである。
しかし、「テロは恐ろしい。先に撃つべきである。敵が攻めてくる前に先制自衛しかない。」「日米の同盟のためである。国益のために何人かが死ぬことは仕方がない。国の経済は石油の安定なしには成り立たない。」「今、米国を敵にしては日本は成り立たない。」
そんな議論が聞こえてきそうである。
そして二千五百年の時を超えて、シャカ族からもそんな議論が聞こえてきそうである。
「戦え。戦え。」「殺したくはない、しかしやるかやられるかだ。あなたは家族がどうなってもいいのですか」「一族が滅んでもいいのですか」「王子として、武器を執ってください」「国のためです、武器を執るのです」
なんと人々は少ない財をめぐって、争うことか。ほんのわずかの財宝、領土、食事、着物、わずかの快楽を貪って、水の少ないところで魚が飛び跳ね互いを押し出そうとするように、我先にと闘争するのか。そんなにこの世で生存することは困難なことか。
その時である。
「私は見た。人々の心に刺さった矢を。その矢に突き飛ばされて、人々は、財を求め名声を求めて走り回る。そして時として人を痛めつけ横取りするのだ」
問題の焦点は、
この世の悲惨さ・痛みの数々であり
その原因が私達の煩悩(ほしい・対立・無関心)にあることである。
それに対して、おそらく
お釈迦さんは、国家や暴力装置とは離れて、別の所に「共同体=サンガ」をつくった。
お大師さんは、国家や暴力装置を内側から正そうとした。
そしてお釈迦さんもお大師さんも、そのことと、心の清浄修行を同一のこととして行なったのである。個人の心身の修行と、共同体としての平和は、相互に発展し合いながら、衆生界を仏さまの世界に変えていくのである。それは、私達の心に巣くう、不殺生や慈悲の心に根ざしたものに相違ない。それを仏心とか仏種と呼ぶことはなんら問題ないだろう。事実、お釈迦さんやお大師さんが歩いた道がそうなのである。
修行道については再説したい。
苦の解決と自分の平和幸福は、不二に関連し自他を巻き込みながら膨れ上がっていく。
人の命は地球よりも重い
収容所虐待と個人の尊厳
生きるものすべてが幸福でありますように。この願いに反対する人はいないでしょう。しかし、現実には、天災ばかりではなく、人災によって人が傷つくことが少ないありません。人災でも致し方のないものもあれば、戦争のように人の意思によって人を殺してしまう場合もあります。
そして、今も世界では戦争や暴力が絶え間なく、また、一部の人が富み、多くの人が飢餓に苦しむということが起こっています。この状態を見るならば、お釈迦さんやお大師さんや仏さまたちは嘆き悲しむでしょう。そして、私達にもっと仏さまの心を磨いて頑張りなさいというでしょう。
日本には日本国憲法がありますが、そのなかには世界が平和になりますように、そして、暴力の恐怖や飢餓の欠乏が地上からなくなりますようにと願いが書かれています。そしてその願いに向かって、私達は決して暴力を用いず、平和的に努力していくべきことが書かれています。
日本国憲法を読んだとき、私は、私達日本の国には、世界中を苦しみのないところにするすばらしい目的があるのだと感心しました。
先日から報道されている「イラク人虐待」については世界の人々が心を痛めています。これは「イラク人捕虜」に対して、米軍がさまざま虐待をしているのが事実だったのです。すぐに思い出すのは、米国のブッシュ大統領はイラクに戦争を仕掛けるにあたって、「大量破壊兵器がある」といい、「イラク国民を苦しめるフセイン大統領を攻めてイラクを民主化し自由にする」といって世界に宣言したことです。
大量破壊兵器はありませんでした。ならばブッシュ大統領は嘘をついたことになりますが謝っていません。
二番目の、イラクの民主化という戦争の目的はどうか。今回、イラク人虐待があったアブグレイブ刑務所は、かつてフセイン大統領が、政敵や彼に反対するイラク人を、虐待し拷問した恐ろしい場所です。悲鳴の絶えることがなかった所と言われています。その場所で、殴打や暴行、眠らせない、性的虐待が行なわれました。
ある米兵の虐待容疑者は、こう語っています。「情報将校から『楽にしてやれ』『最悪の夜にしてやれ』」と指示され『よくやった、やつらはしゃべった』と褒められた」と証言してます。もうひとりは家族にメールで「独自の方法で多くのイラク人を落とした」と伝えていました。またもうひとりの女性兵士は、「私たちの仕事はイラク人を眠らせず、供述させることだった」と証言しています。
これらの虐待は、以前からアムネスティーなど人権団体が問題にしていました。しかし米軍は隠し通し、今回の写真によってやっと世間の問題になったのです。
アムネスティーなど9の人権団体は連名でブッシュ大統領に対して「アブグレイブで起こったことは、指示なしで個人の兵士が行なった行為ではなく、米軍が採用している尋問と拘束方法の問題」と指摘しています。
個人で暴力を行い、情報を得て上司に褒められるとういことは考えにくいですから、恐らく組織的に行なわれていたに違いありません。
フセイン大統領の暴政をなくすためにブッシュが虐待をしている。拘束者に対しても組織的に虐待している。それを言うまでもなく、イラクへの戦争は侵略戦争であり、その結果一万人以上の一般市民が死に、イラク兵士は数万人が死に、その何倍もの人が負傷し家族を失っています。米兵やその他の国の人々も多く死んでいます。みんなこの戦争の犠牲者です。イラクのファルージャでは数百人の一般市民が米軍に殺されました。その多くは子どもや女性だったといいます。
虐待を行なった米兵の一人は「虐待には道義的な疑問を感じていた」と言っています。
ならばなぜ、やめなかったのか。その点が、一番の問題だと思います。
「今、こいつに吐かせれば、多くの人が助かる」と言われてやったのでしょうか。「国益のために、イラクは多少どうなってもいい」と言われてでしょうか。「やらなければ軍法会議にかける」と言われたのでしょうか。
いろいろな証言からは、刑務所につれて来られた人々は、殆どが一般人だったと言われます。その人たちに対して暴力が公然と行なわれているのです。それも民主主義の国といわれる米国によって公然と行なわれているのです。これは「戦争」だからしかたのないことでしょうか。そうであるならば、戦争はそういう悲惨なことなのだから、決して始めるべきではなかったのです。
戦争は人間が人間でなくなることなのだから始めるべきではなかったのです。
私がここでいいたいのは、このことです。
人間を虐待しようとする人は、何故、やめないのか。何故、人を痛めつけてしまうのか。それは、第一番に考えるべき土台を失っているからだと思います。
第一番に考えることは何でしょう。
「国益」「民主主義」「正義」「家族」「自分」「道徳」「人権」・・・・
いろいろ考えられますが、なんでしょう。
それは、人の命、人の心だと思います。
その他のことはたぶんどうでもいいことなのです。正義とか国家とか道徳とか正しいとか正しくないとか、それぞれの場面では必要でしょう。しかし、第一義に考えるべきことは人命なのです。人の心なのです。それを失えば転倒夢想になってしまいます。
みんなが等しく大事な命をもっている。それは仏さまと同じ命であり心です。だれもがその命と心をもっていることを信じるのを信心といいます。仏さまを信じるとは、わたしもあなたも米国人もイラク人も一人一人がみんな、同じ尊い命をもっていることを信じることです。仏さまを信じるには衆生の尊さと可能性を信じなければなりません。それが信です。
それを三心平等といいます。仏さまと私と有情(生きとし生けるもの)の心が同じに尊いことをいいます。
三心平等を理解する人は慈悲心と向上心を自然に持てます。
まず、慈悲心は「我が身に引き当てて他人を観る」ということです。他人(有情)と自分が同じ尊い心をもっているわけですから、「ああ、あの人も自分と同じように感じるんだなあ」と考えて行くわけです。他人をわが身に引き当てて見るとき、当然、殺しません、盗みません、人が困ることはしません。それが慈悲心と十善戒です。
向上心は、自分も他人もみんなだんだんと成長していくと考えることです。今は善悪がよく分からない私でも、良い方向へと行く気持ちをもっていればだんだんと仏さまのように慈悲に満ちて智恵が湧いて来るということです。これを修行といいます。私も仏さまも他人も同じですが、私と他人(有情)とは今、修行中です。この点が仏さまと異なります。私と有情とは、差は微量です。どんなに頑張っても有情と有情の差はわずかです。
しかし、微量ですが、発心しているかしてないかで、プラスとマイナスが逆転します。その発心とは、他者と自分と仏さまが同じだと信じているか。慈悲を心がけているか。向上しようと修行を心がけているかです。
そのことを行なえば、人命尊重、人の命は地球よりも重たく、一人として苦しめたり苦しめられたりすることはなくなると信じます。一人として苦難に喘いでいてはならないのです。そのためにこそ仏さまは出現されるのです。
五人の解放で喜ぶDO04.4
日本の国民三人が拘束されて、私達は「不殺生祈りの会」として座り込みに行きました。三人が無事に解放されますように。また、自衛隊は撤退し早く戦争がなくなりますように祈って座りました。
今、多くの人が死んでいきます。日本国民三人が拘束されたころ、イラクのファルージャという町では、六百人が殺されました。そのうち百人は子どもといわれます。200×400m四方を鉄の破片で切り刻むというクラスター爆弾も使用されたといいます。米国大統領は「少数の徒党」がテロや暴力を行なっていると説明しています。
しかし、ある米兵の話では、ファルージャの町に入ってみると、みんな敵だったといいます。町の住民数十万人が全部敵ということでしょうか。ということは少数のテロリストが破壊しているのではなく、全員がアメリカを嫌っているのです。米国の言い分がどうであれ、米国は敵だと思われている。そして六百人も無差別に殺せば、それは虐殺であり、米国こそが侵略者ということになるでしょう。
このファルージャの悲劇が起こるのと同時に、各地で多くの外国人が誘拐されました。そして「米軍はイラクから出て行け」「米軍に協力する国の軍隊は出て行け」と同様に要求されています。もしも私達の町、松山がクラスター爆弾で攻撃されたらどうでしょう。子供が百人も死んだらどうなるでしょう。犯人を出せということにならないでしょうか。抗議行動を起こすでしょう。自衛隊なら反撃しているのでしょうか。抗議し、抵抗します。しかし、米国の攻撃力は圧倒的で、無差別で、それはヒロシマ・ナガサキのようにあっという間に六百人を殺したのです。
それでもブッシュ大統領や小泉首相は「テロとの戦い」「テロに屈してはならない」として、自分たちの間違いを認めません。どこかおかしいのではないでしょうか。死んでいった無実の人々や子供たちを考えると、怒りさえわいてきます。仏教では怒りや敵対心は禁止されています。当然、人殺しは不殺生戒で禁止されています。
私達は日本中で、誘拐された三人が無事であることを願いました。みんなで他者の命を大事にして祈るというのは尊いことです。仏さまは喜ばれるでしょう。仏さまこそが生きとし生けるものの幸福を願うからです。私達は、三人がどうか無事に戻って来るようにと祈りました。ならば、同様に、イラクの人々も死なないで無事でいてほしいと願うでしょう。
人質となった高遠さんは、イラクのストリートチルドレンの救済ボランティアをしていたそうです。私も、インドに行ったときに、路上に濡れた毛布にくるまって横たわる小学生や幼稚園ぐらいの子供たちを見ました。かわいそうでした。しかし、何人も何人もいるのです。ヒロシマでも、原爆によって孤児が多数できて、みんな路頭に迷ったといいます。それらの子供たちは奇特な個人によってのみ助けられました。イラクでは戦争が続き、また今回の惨劇で多くの子供たちが傷つき、親や家族を失っています。長年の経済制裁では数十万人の子供たちが死んだといいます。
世界のボランティア仲間は、三人がそれぞれにイラクの子供たちを助けたり、人々の命を思って、イラクで活動していたことを、犯人たちに伝えようとしました。
犯人の要求は、こうでした。
「神の名のもとに この世の中にいるいろんな国民がみな良い関係になるように生きなければならない(以上はコーランからの引用) 日本の友人たちへ 日本の国民はイラク国民の友人だ 我々、イスラム教のイラク国民は、あなたたちと友好関係にあり、尊敬もしている しかし、あなたたちはこの友好関係に対し、敵意を返してきた 米軍は我々の土地に侵略したり、子どもを殺したり、いろいろとひどいことをしているのに、あなたたちはその米軍に協力した 自衛隊が我々の国から撤退するか、それとも彼ら(3人)を殺害するかだ 」
でした。まことに許されない犯罪での言い分ではあります。しかし、米軍が侵略したことは確かですし、自衛隊が米軍を助けて行っていることも嘘ではりません。耳を傾けるべきところがいくつかあります。彼らが、「これ以上殺さないでくれ」と言っているのであれば、話し合いの余地はあります。
世界のボランティア仲間は、誘拐された三人が、イラクの人々の敵ではなく味方なのだということを知ってもらおうとしました。暴力で対立するのではなく、善意が伝わるのではないかと期待したのです。もしも、犯人たちが、単なる悪意で誘拐していたのであれば、全くの無意味であるし、愚かな行為だったでしょう。しかし、高遠さんらは、事実、イラクの人々の救援を積み重ねてきていたし、そのことを知ってもらえるならば、心が通じると思ったのです。世界で貧困者や底辺に生きる人々を応援しているボランティアが、連絡し合って高遠さんらの真実を伝えようとしたことは、テレビや新聞ではなかなか伝わってきませんが、実に様々な人々が、ネットワークを通じて行いました。
そして、犯人たちが解放を約束した声明で、「三人がイラクのために活動していた」ということを一つの理由に挙げていたことは、全くの嘘ではないでしょう。三人はイラクの人のために活動していたとして、殺すことをやめたと考えることは、全くの虚構とは言えません。逆に、自分の町の数百人が殺された立場を考えるとき、米国やその協力者に、そのことをやめてほしいと思う方が筋ではないでしょうか。
私達は、あくまでも不殺生の立場です。どちらも殺してはなりません。敵対心を増してはなりません。しかし、今まず矛先をおさめるべきなのは、圧倒的な武力で無差別に殺している米国の方ではないでしょうか。
誘拐犯らは、三人を解放しました。何万人もが傷つき、何百人が死んでいきつつあるときに、彼らの行った行動はどう見るべきでしょう。
三人の家族の方が「全世界の人に助けられた」と語ったのは印象的でした。また高遠さんが、つらい経験の後に「イラクの人を嫌いになれない」と語ったのも人と人の結びつきを信じさせるものでした。暴力の刃を超えて、人と人が結び合える一条の光が見えたように思います。
暴力が応酬するこの時に、一挙に暴力をなくすることはできないのかもしれません。しかし、安易に暴力に訴える今のやり方は間違っています。人の心の中に巣くう、人を信じあうことをもっと大事にするべきではないでしょうか。
おそらく日本国民の被害者が増えれば、憎悪を増していくでしょう。反感が増大していくでしょう。しかし、もう一度「イラクの人を嫌いになれない」と語った彼女の言葉を考えたいと思います。それは今一番困っている人のことを考えることではないでしょうか。他者を信頼することではないでしょうか。
そして武器ではなく対話を。反目ではなく相互理解を。憎悪ではなく愛情を。
不殺生戒。「なにがあっても殺してはならない」。殺生は、他人を憎もうとし、対立しようとし、他人を理解不能は悪人に決めつけてしまう心の動きから始まります。私達は注意深くその心の起こりを。防がねばなりません。
もう一つ。不両舌戒。不妄語戒。嘘をつかない。 例えば、ある報道では、ファルージャの惨劇について、
「二人の子どもが頭を撃たれて横たわっていましたが、まもなく死にました。もう一つの部屋には腕を撃たれた年老いた女性がいました。手には白旗が握られていました」
ワイルディングさんは、住民とともに、町のなかに散乱する遺体を収容してまわりました。「銃を手にした死体もありましたが、ある家の入り口では老人がうつぶせになって倒れ、そばで小さな女の子が『おじいちゃん! おじいちゃん!』と泣き叫んでいました。
救急車がサイレンを鳴らし走ってきましたが、突然銃撃を受けました。発砲してきた方角を見ると、住宅の屋根の上に陣取った米海兵隊の姿が見えました」
同紙の記者は、攻撃がやんだ合間に町を脱出してバグダッドにやってきた市民と会いました。四歳の男の子アリ・ナサル・ファディル。やっとバグダッドの病院にたどりついたものの、医師はその子の父親にいいました。「助かる見込みはほとんどない」
米軍は町を脱出する市民にも発砲したといいます。重傷の父親にかわって十歳のワエド・ホダ君がいいます。「ファルージャから出たらアメリカの狙撃兵が撃ってきたんだ。車から飛び出して近くの家に逃げ込んだ。町はもうめちゃくちゃになっている」
このように伝えられます。しかし、日本のマスコミはやっと六百人死亡を伝えるのみで、その報道も三人の拘束が大事件になってからでした。いまだに、その内容は克明には伝えられません。「テロとの戦い」「テロには屈しない」と言い張るには、堂々と本当の情報を流して後に行う必要があるでしょう。
ある新聞社が、人質事件に対するイラク国民の生の声を聞くため約20人にしたインタビューによると、
「日本人人質事件については、ほぼ全員が詳しく知っていた。アラビア語の衛星テレビ局アルジャジーラなどで、事件発生の数日後に知ったという人が多かった。他の外国人の人質事件についても、ほぼ全員が知っていた。人質をとるという行為そのものについては、やはり批判的な声が多い。
無職の男性(73)は、高遠菜穂子さんが、バグダッドで子どもたちに自分の食べ物を分け与えているのを見たことがあるという。「イラクの子どもたちのために来た人を人質にするなんて許されない」
一方で、人質をとるのはほめられた行為ではないが、やむを得ないとする意見も、半数ぐらいあった。「外国の占領軍が出ていくまでは仕方ない」(20代女性)、「イラクの惨状を世界に伝えるには有効な手段」(30代男性)といった意見だ。
犯人グループが要求している「自衛隊の即時撤退」については、3分の2が賛成した。大半は「自衛隊も米軍と同じ占領軍。占領軍はイラクにいらない」(30代男性)という理由だ。
ただ、「自衛隊はイラク復興のために欠かせない」(30代女性)という意見もある。「自衛隊が自衛のための特別な組織だということは知っている。新しいイラク軍も自衛隊のようになってほしい」(50代男性)と話す人もいた」。
となっています。
果たして私達のほうが正しい情報を得て、判断しているのか、イラクの人々の方が正しいのでしょうか。やはり、私達はイラクの復興といいながら、自衛隊の派遣などについて、都合のいい報道、都合のいい場面だけを伝えてはいないでしょうか。私は、テレビでイラク人が死んでいるところを見ていません。米兵が撃ったり、ミサイルが炸裂しているのは見ました。おそらく、多くのイラク人が吹き飛んで家族が泣いています。しかし、かわいそうな死体は一つも見ていません。人間は不思議なものです。映像は不思議なものです。ブッシュ大統領や小泉首相は自信があるのなら、嘘などつかずにしっかりと報道した上で、国民を説得する必要があります。確実に報道は偏っています。偏った報道の上で、他国の「人道支援」としてし重武装の自衛隊を送るのは卑怯ではないでしょうか。
いったいイラクの総意が認めているのかどうなのか。イラク人の代表もいるというのに、一切画面に出てこないというのも不思議といえば不思議です。これでは自作自演の紙芝居であってもおかしくありません。
不妄語戒。嘘をついてはいけません。ないことをあるように見せかけてはいけません。不両舌戒。表でこう言い、裏で違うことを言ってはいけません。本当のイラクへ攻めて協力する理由は何なでしょう。人道支援ならば、自衛隊派遣で使った三七七億円をNGOに頼めばその五十から百分の一でできるといいます。しっかりと答えていただきたいものです。何より、今回のことで、日本はイラクから信頼されていることが分かったのではないでしょうか。その信頼のされ方は、決して武力誇示ではなく、非武装のヒロシマやナガサキの不幸を教訓にした、弱者の立場に立つ復興支援なのです。
それは、まさにお大師さんの「同行二人」の教えにつながると思います。弱い者の立場に立って、共に歩く。武器を持って出かけていくことではありません。武器をおさめていけば、相手も武器をおさめ、愛情で接すれば愛情で接する。それが同行二人の生き方です。
私達の心は、向けかた次第で、景色がさっぱり変わっていきます。だから、広い心で、温かい心を保っていないと、人を憎んだり、嘘を言ったり、ついには人を傷つけてしまったりします。いろいろな方面からものを見ることと、私利私欲ではなく相手の立場を尊重した思いやりのある見方を心がけないと、世の中は闘争の社会になってしまいます。
イラク人がたくさん死んでいきます。アメリカ人もたくさん死んでいきます。日本人も死にました。スペイン人も、イギリス人も死んだ。みんな人間てす。同じ人間です。人間がたくさん死んでいきます。敵味方に分かれて死んでいきます。全く無実で殺された人。人助けしていて死んだ人。殺されなければ死ななかったのに死んでいきます。
どうしてでしょう。人間は悪魔に呪われているのでしょうか。神様に見放されているのでしょうか。神も仏もないのでしょうか。
私達は、九月十一日の米国の二つのタワーが崩れ落ちるのを見て、「なんとかしなければならない」と思いました。ひとつはどうして、無実の人が死ななければならないのか。どうしてこんな悪いことをするのか。しかしもう一方で、自分の命を捨てて、過去の特攻隊のように、命懸けで何かをしようとしているのには原因があるのではないか。貧富の差や、世界で起こっているパレスチナやチェチェンのような理不尽な暴力があるのではないか。恐れていたように、報復の戦争が起こりました。恨みの応酬です。報復の連鎖です。
アフガン戦争に反対しました。イラク戦争にも反対しました。日本が米国の戦争に賛成したことにも反対しました。重装備の自衛隊が戦地に行くのも反対しました。
理由は、仏さまの不殺生戒に反するからです。仏さまは仏さまを信じてその行動をするときにこそ現れます。仏さまを感じて仏さまの三密=思いと言葉と行いをしなければ、仏さまは沈黙したままで現れません。愛の神も同じでしょう。あらゆる生き物は自分と同じだと自分の身に引き当てて「殺してはならない、殺させてはならない」これが不殺生戒です。
三人の日本国民が捕らわれ、解放されました。私達は、三人の無事を祈って、みんなに呼びかけ、座り込んで祈りました。犯人たちの要求は「日本の自衛隊の撤退」でした。
不殺生
不殺生とは「殺さない、殺させない、殺されない」です。そして、どんなことがあっても、殺してはならない。理由が何であれ、殺してはならないのが仏教の真髄です。はたして、今の日本がとっている方向は、不殺生の方向でしょうか。もしも、イラクが日本を攻撃しているというのであれば、抵抗することには、反対できないでしょう。自分自身は仏教徒として、あくまで他の生きる人を殺すことはできません。しかし、殺されようとする人が、抵抗することを反対はできません。しかし、現在の米英国が行なっている行為は無用な殺害です。そしてそのことに無批判に同調し、重装備の自衛隊まで送り、米兵の輸送まで行なっているとなると、殺さないという戒律を破ったことになるのではないでしょうか。一説には、自衛隊の役目はサマワ付近の国道の守備だとさえ言われます。一方で米国が無差別な攻撃を加え、一方で日本が安全な場所を確保する。全く共同した戦争と捉えられても仕方ないでしょう。
不両舌
世界の人々が反目し合う原因は、マスコミの偏った報道にも原因があるでしょう。日本ではたとえばファルージャの惨劇を伝えていません。ある新聞ではこう書かれています。そして恐らくアルジャジーラでは、映像も含めてそのことが放送されているでしょう。一方、NHKなどでは、ファルージャで600人以上が死んだこと、そしてそのうち百人は子どもであったということはなかなか放送されませんでした。されてもこの一大事に及んで、そのことこそが人質事件の原因だということをしっかりと知らせたでしょうか。
同行万人04.3
同行二人という。お大師さんの生き方である。ひとりで歩いているのに二人で歩いているという生き方である。春になると一人歩きのお遍路さんを見かけることが多くなる。大きなリュックを背負って、今日はどこで野宿するのだろうかと想像させる一人歩きの方も居られる。そんな熱心なお遍路さんに出会うと、手を合わせるのは私だけではないであろう。
一人で歩いていても同行二人。一般には、お遍路の杖はお大師さんであるという。「杖はお大師さんやから、のふぞうにしてはいかん」とよく言われる。しかし、杖がお大師さんだから杖と二人で同行二人というわけではない。「いまもお大師さんは四国の山野を歩いておられる。そして私達が悩んでいると、傍らに来て『どうしたんだい』と声をかけて暫くいっしょに歩いてくださる」からである。どうして皆が順打ちしているか。順打ちというのは、時計回りに回るわけですが、その理由は、先発の方と合うようで合わない。後発の方に追いつかれるようで追いつかれない。出会ってもまたはなればなれで歩いていく。やっぱりお大師さんは居られるのだけれど合ったり合わなかったり、しながらいっしょに居るという意味なのです。
だから同行二人。そこで、歩いているお遍路さんに手を合わせるのはどうしてなんでしょう。一説には、お遍路さんはお大師さんと同じだからという。そうだろうか。では、お遍路さんがお大師さんということだろうか。同じであって同じではない。どこが同じでどこが違うのか。やはり手を合わすとき、私はそのお遍路さんに対して手を合わしている。それはお遍路さんの何に対してしているのか。
「昔から、四国ではお遍路さんは大事にされてて、手を合わせてお送りするんですよ」と聞くと、みなさんびっくりする。人に手を合わせるというのは不思議である。あなたはできるだろうか。たとえば尊敬する先生や両親に対して、手を合わせたりするだろうか。もしもあなたが人間を馬鹿にしているならば、できないことだろう。でも、お寺の本堂の前では手を合わせる。お大師さんの前では手を合わせる。これは自然なことである。
そのように自然にお遍路さんには手を合わすから不思議である。自分はのほほんとバスで回るけれど、歩きのお遍路さんは、一歩一歩歩いていくから凄いなあと思って手を合わせるのだろうか。だったらみんな、オリンピック選手に対して手を合わせるだろうか。ふつうならくじけてしまう困難にもめげず、立ち直り、そして一生懸命努力する選手を見れば、私もがんばろうと思い、そして尊敬したり感謝して、涙ぐむことはある。あの人のように頑張って生きようと感動して、その人にありがとうとお礼を言うこともある。このとき、手を合わしても良いようなものだが、ちょっと違うだろうか。
お遍路さんに手を合わす。その時、手を合わしているものは、その人の願いの向こうへと合わしているかもしれない。
私はある時、この場所から逃げたいと思った。さて何処へ逃げようかと思った。そしてお四国に出ようかと思った。しばらく歩いて自分を見つめなおしてみよう。道すがら良い人にめぐり合って良い解決方法が見つかるかもしれない。私はお大師さんの信者であるから、お大師さんの遍路も少しは知っている。お大師さんと同じように歩けば、悟りの少しでも得られるかもしれない。お大師さんは十八の時、行き場がなくなって、四国を彷徨い、石槌や室戸に呻吟してついに進路を照らしている。その苦しみをたどれば、同じとは行かないまでも、何かを得られるのではないか。そんな気持ちであった。
今、お四国には三百人の徒遍路があるという。その他の方法で回っても尊いものは尊く、その数はその数百倍と言われる。その一人一人も、何かを背負ってあるいは脛に傷して歩いている。世間のお遍路さんも、私と同じように、行き場を失ったとき遍路を思い立ったのであろうか。「ああ、苦しいな、どうにもならないな」と、思ったとき遍路を心指したのであろうか。そうすると、お遍路さんは、私とも重なる。苦しいときの私であり、なんとかもう一歩を踏み出そうとする時の私でもある。お大師さんとも重なる。石槌に「進退ここに窮まった」と嘆くお大師さんと重なる。そして室戸に「谷響きを惜しまず、明星が来た」と希望を手にするお大師さんと重なる。
その時、目の前を歩いているお遍路さんが何を考えているだろうか。それはわからないにせよ、数百数万のお遍路さんの苦悩に重なる。願いに重なる。そして希望に重なっていく。ひょっとすると、それは生きとし生ける人間の苦しみと嘆きに重なり、そのひとりひとりの希望の光りと重なっているのではないか。ある若いお遍路さんが「私の悩みは小さいことが分かりました。みなさんいろんな悩みを持って歩いてられます」と語ったのも、その重なりを語っているのではないか。人生のいくつかの涙が重なっている。「このお地蔵さんはお父さそっくりね」。「あなたもそんなことを思っていお参りしていたの、私はもう二十年も前になる」と、語り合うとき、それぞれに違うけれど、同じものが投影されている。そして、自分も困難を感じるときに、その投影へと重なっていく。
だから、お遍路さんに手を合わせるとき、私が手を合わせているのは、「その人の苦心」であり「その人の生きる希望」であり、「私の苦悩」であり「希望」であり、「お大師さんの絶望」であり「希望」であるのではないか。
自然と手を合わせて「その人」と「私」と「お大師さん」を拝んでいる。そういえばお経に書いてある。お大師さんの言葉である。
三心平等
衆生とわれと仏さまとその三の心が平等だというのである。生き物すべてと私と仏さまとは、平等であるというのである。難しい言葉である。平等とは何なのか。お遍路さんに、衆生と私とお大師さんを見て手を合わせることから考えるならば、「困難から希望へと歩く姿に同じものがある」ということだろう。その姿に尊いものを感じて、それに対して手を合わせるのであろう。
困難にめげずにがんばる姿に、他人も私も仏さまも同じ尊さがある。そして、広島で原爆を体験した高橋さんの言葉「平和とは人間の痛みを知ること」を思い出す。
人間が生きることは楽なことではない。生きることは様々な困難に襲われる。その痛みを分かり合うことが、生きることの原点であろう。そして、その痛みを分かち合いながら、それに負けずに生きていく時に、ふっと手を合わせているのだろう。
もしも困難に襲われて、自分ひとり崖っぷちへと歩いていくとき、それはとても寂しく孤独で、悲しいたたかいである。それを「同行一人」と名付けようか。それでも仏さまは、何処からかじっとその歩みを見ているだろう。お大師さんは十八のとき、同行一人だった。そしてお釈迦さんに出会って、同行二人の道に気づいた。
基本的には誰も助けてくれやしない。人間はみな孤独である。自分の悩みは自分だけの悩みである。原爆で傷つこうと、震災で身内を亡くそうと、えひめ丸事故で家族を失おうと、それぞれの痛みは格差を以て違っていて、分かり合える部分と分かり合えない部分を含んでいて悲しい。人生は基本的には「同行一人」。現実として孤独である。
しかし、なぜだが分からないが、「同行一人」が「同行二人」になる時点がある。
そしてそれは、すでに「同行三人、四人・・・・万人」・・「同行全員」なのである。
このからくりは、しかしながら、苦悩を体験した人にしか分からない。このからくりの内容である苦悩と努力と光明は、出会うたびに新鮮であり、絶望であり、深まっていく。
先日、私は悩んだ末に、えひめ丸事件の遺族と被災者の方々にお手紙を差し上げた。石手寺では子どもたちや信者さんとともに、毎年ご供養と復興と真相解明の祈りをしてきた。それは、被害者の方々が、たとえば和解を行い、たとえば真相を知りたいと思い、たとえば再発の防止がなくなった方々への手向けであると考え、たとえばただただ手を合わすことが残された者の勤めと思い、苦悩して来られたことに対し、近隣に生きるものとして、手を合わしたいし何かできようと思ってのことであった。
今も苦しんでおられる方々に、被災者でない者が、何をできるであろう。ですぎたことと思いながら、事実と気持ちだけを書いて、お蜜柑や念珠とともに送ったのである。お礼の電話や手紙が何通も来た。お互いに何を話して良いのか分からず沈黙が続く電話もあった。短い電話で真意も分からないだろうし、これは何かの端緒にすぎないとも思う。却って悪い結果になるかもしれない。しかし自然の流れに期待したいと思った。お礼をもらいながら、これが同行二人なのかどうなのか知るよしもない。
ただただ、生きることの困難と、人の善意と無知と努力に対してその方向を向き続けるしかない。
しかし、困難が困難を窮めて、日常の境涯からはみ出して遍路の境涯にたどり着いたとき、仏さまの光明や、困難にもめげずに歩き続ける尊い歩みの熱意にほだされて、同行二人の道がはっきりと見えることがある。それは恐らく、自分はひとりぼっちではなく、だれかとともに生きているという、ひとときの安らぎの幻影かもしれないが、却ってそのなかにこそ、生きるすばらしさと、真実を発見するのはどうしてだろう。困難の質は転換し、生きる意味はかなりの角度で変わっていく。変わりつつも変わらないものがそのなかで確定していくのもまた事実ではないか。
同行一人に始まり、同行二人になって、そして同行万人になって、また同行一人に戻っていく。同じ循環の中で、方向が変わっていく。生きる楽しさや苦しみが変わっていく。生きる幅や考える幅が変わっただけだろうか。幅が広がっただげだろうか。深みもできたのだろうか。熱意は熱くなっただろうか。
石手寺の宝DO04.2
石手寺の宝
宝というと、虚空蔵菩薩が持っている宝を思います。私達がいつもお勤めをしたり、金剛講を行なっている場所である講堂の仏さまが虚空蔵菩薩です。虚空というのはこの宇宙のことです。宇宙というより入れ物という意味です。この入れ物の中でいろいろなことが起こります。うれしい事も悲しい事も、いろいろな事が起こります。
その地中の入れ物の仏さまが、虚空蔵菩薩です。その手に持っているのが宝の玉、宝珠です。この宝の珠は、この宇宙という入れ物の中で起こる出来事を創造する玉です。「心が清いときは、ものすべて清く現れる。心が汚れるときは、ものすべて曇って現れる」というのは仏教の奥義を表わしていますが、実はこの宝の珠は、私や貴方の心を表わしています。心のあり方によって、種々のものは生み出されるということです。
さて実際に心さえ清浄であれば、すべてが生み出されるのかというと、貧困や暴力という非平和はなくならないのが現実です。悲しいことです。実際には、不条理なこと悲しすぎることがたくさんあります。そしてもっと悲しいことは、暴力や貧困によって心が荒んだり歪んだりしていくことです。恨みやひがみや、報復や、人間不信や様々な心の非平和が起こります。
それでもなお、幸福を発見するのは私達の心であり、何事かを行なおうと出発点に立つのは私達の心であり、心こそがこの世の宝であることには変わりないでしょう。心こそは世界を美しくとらえ、また美しくしていく種なのです。
さて、石手寺の節分祭は、今ではお寺で一番に大きな行事になりました。餅つきや豆入りなどは、先達さんや信者さんや五十一番会や村の人が奉仕で行ないます。毎日七十人から百人の人が来られて、九日間汗をかいていただくおかげで、一.五トンの大豆と一.二トンの餅が節分豆と紅白餅に出来上がっていきます。また境内では竹笹が飾りつけられて結界を張り、台所では毎日百食以上の料理が作られていきます。たいへんありがたいことです。こんなお寺はほかにはないと誇りに思っています。これらは、すべて信者さんの力で出来上がっていきます。いつの間にか、それぞれの場所の担当者もできて、これはあの人が詳しいとか、これはあの人に頼めば良いという具合に手はずが整っています。お寺は言われたものを用意するだけで、信者さんの方が事情をよく知っていたりします。大わらじの時もそうだったのですが、餅つき、豆入り、炊事、その他もまったくそうなのです。
信者さんの方がよく知っているし、段取りもはやい。行事の間は城の明け渡しのような状態でしょうか。みなさんもくもくと骨身を惜しまずなされます。豆や餅は、加持豆、福餅になるわけですが、お祈りやご祈祷をする前から御利益は大きいと思います。
節分当日には大勢の参詣者が、この加持豆や福餅を求めて来られるわけですが、それは本人やご家族が一年間無事で過ごせます様にというお祈りのために来るわけです。なんとかして災いがなく一年幸福に過ごせる様にとの祈りが、当日は境内に満ちあふれるわけです。天災も人災も無いようにとの願いです。人災は人が人を傷つけたり、守り合わなかったりする災いですから、もしも人の心が良い方向を向いていれば防げる災いです。まさに心が清ければ無くすことのできる苦難です。虚空蔵菩薩さんのように、よいものを打ち出す宝を持てば、人災は減るでしょう。家族で、お互いに相手のことを思いやる気持ちをもって暮らせば、家族の不幸は減るでしょう。自分だけ良かったら良いという利己心を捨てて、命を大事にする気持ちに立てば、地球から争いもなくなるし貧困も減るでしょう。
天災にしても、もしも、人が人を守り合う気持ちをもっと強く持てば、よしんば地震などにあって苦痛を受けても、立ち直ることができるでしょう。冷たい心の社会では、傷を受けた者はもっともっと傷を深くしますが、共感し合える社会であれば、回復しやすいでしょう。心をおだやかに温かく広くもっていられるならば、いろいろな災難はなくなっていくし、耐えやすいものとなるでしょう。やはり、心のあり方が一番問われるところです。
その一年の心のあり方を整えるのが、この節分の祈りです。節分には運気が変わって一年の節目となることから、この日に心を清めて祈りを深めれば一年の無事が約束されると思われます。その中心は、自分の心を清浄にすることであり、その気持ちで、自分ひとりだけでなく、家族やみんなと、ともに祈ることです。その気持ちがしっかりするならば、災いはやってこないでしょう。
加持豆や福餅がみなさんの手によって出来上がっていく様子を見ていて思いました。この豆や餅は、みんなで作っていくうちにどんどん魂が入っていくんだなと。最後には、大般若祈願や、柴燈護摩祈祷によって、祈願がなし遂げられるわけですが、その前に、こうやってみんなで餅米をふかし、ついて、丸めて、並べて、大豆を煎って、選って、袋に詰めて、作業をしている間に、どんどん幸福の心が詰まっていくと思いました。
みなさん楽しそうに作業をしていました。笑いの多い日もあれば、もくもくと続ける日もありました。早くおわる日も、遅くまでする日もありました。みなさん、悪心なく心を込めてつくっていきます。みんなの幸福への強い願いが籠もっていくことでしょう。それは何よりも尊いものと思います。おそらく、この豆や餅がみんなの手元へとひろがっていくことも想像しながら、ひょっとするとその笑顔まで思い浮かべながらしていたでしょう。
お寺では、戦後も間もないころ、まだまだ苦しい生活の時に、お餅や豆の材料を用意して、「みんなで、餅つきして配ろう。豆を炒って分け合おう」と始めました。共同して餅つきをしてみんなで餅を撒き、みんなで守り合う町を作っていく。これこそ節分にふさわしい行事です。みなさんが集まって作業している姿はそのまま、おそらく幸福な世界だと感じます。お大師さんの同行二人の考えも当てはまると思います。同行二人の心を広めれば、天災や人災の苦難は減るだろう。そのことは、みんなで共同作業している時が、そのまま同行二人の時間ではないのだろうかと思いました。
お大師さんは、生活を離れて悟りは無いと言われています。悟りというのは、おそらく難しくて簡単ではないのでしょうが、みんなが幸福になります様にと祈りつつ、みんなでいっしょに福餅を作っているときには、みんな悟っているように見えます。実際、他人も含めてその人の幸福を祈って働く姿は菩薩さまや仏さまでしょう。それは私ひとりが思ったことではないと思います。無理してつくろうとしてもこの共同作業はできません。お大師さんが、みんなの幸福を願った人であったから、その方向にみんなの心が向くときに、できることだと思います。不思議なことです。無理につくろうとしてもできないことが、だれかの一歩から始まって行なわれ始めたのです。そのために多くの人が、骨惜しみの無い用意をしています。裏方もしています。目に見えないところで頑張っています。
このお寺は幸福だと思います。多くの信者さんに守られています。いや、信者さんこそがお寺をつくっていきます。それは信者さんに、お大師さんの魂が宿っているからです。お大師さんの方向に向かう大勢の信者さんに守られています。お大師さんの心が、みんなに伝わって、みんなの行動にお大師さんの魂が籠もっています。そしてそのみんなの魂がお寺に籠もっているのです。
ひとりひとりの善意が餅や豆に籠もっていく。そしてその餅や豆が参詣する人々にひろがっていく。町や村にひろがっていく。石手寺は、そんな心の営みの場所としてあるお寺です。石手寺の宝はなんでしょう。石手寺の宝は、そんな石手寺をつくっていく人々なのです。毎日、お堂の前でお祈りするお参りの方の私心の無い清い姿がお寺に魂を入れ、信仰の方々が行事ごとに清い心を注ぎ込んでくれます。その姿が石手寺の宝です。その心が石手寺の宝です。
お大師さんはこうも言われました。「仏の教えは遠い遠いところにあるのではない。すぐ近くにある。すなわち私達の心の中にある」と。その心が清いときには世界は清くなり、汚れる時には世界は苦しみに覆われる。
私達の清い心とはどのような心でしょうか。自分が幸福になること。家族が幸福になること。世界の人がひとしく幸福になること。そのように祈ること。祈る自分があること。そしてそのために骨身を惜しむことなく働くこと。
みなさんには、世界平和を祈る節分祭のご奉仕をありがとうございました。一年が無事で良い年になりますように御祈り申し上げます。
大わらじと大般若DO04.1
閏年の今年、仁王門の大わらじは生まれ変わります。梶原さんが「もう、わらも用意はできとるけんな」と言われて安心していましたが、大勢の先達さん信者さん御詠歌の方々が集まって、二トンのわらは大きなわらじへと形を変えていきました。
「四国一じゃ、いや日本一じゃ」とみんな言い合っています。お参りに来た方が「やっぱり四国だからこんなに大きいんだなあ」とわらじを見て驚いていました。お仁王さんの力強さとお四国遍路の不屈の精進力が相まって、巨大な心身健康の力へとなったのでしょう。そして、その力を大わらじで表わすとき、みんなの力が籠もって魂が入っていきます。
お四国はお四国が偉大なのではなくて、そこを歩く人がいるから偉大なのです。そこを歩く人に魂が籠もっているから偉大です。石手のお仁王さんは、偉大な除魔と健康と不屈の力を持っているが、みんなの力で編まれたわらじがあるから偉大なのです。みんなの魂が籠もっているから偉大です。
何人もの通りすがりの人に言われました。「石手寺の信者さんは皆元気ですね」「イキイキしていますね」と。これはよく言われることです。「石手寺にお参りしているひとはみんないい顔をしている」「石手寺に来ている人ははつらつとしている」と。
確かに、石手寺の信者さんはイキイキしている元気だと思います。自分の寺だと思って張り切っているからでしょう。よい友達と張り合っているからでしょう。仏さまを信じているからでしょう。自分の将来を自分で切り開くと確信しているからでしょう。悪いことが起こっても人のせいにせずに自分で乗り越えようとするからでしょう。
いろいろと元気の理由を考えます。おそらく一つではなく多くの原因が重なって元気なのでしょう。でもその一番は、困難にへこたれずに前向いて歩き続ける不屈の努力の気持ちが境内にあふれているからではないでしょうか。
それは、悲しみを負いながらも、お堂を一つ一つたどって線香を立ててはひたすら拝み、また、線香を立ててはひたすら念じながら、何度も何度も繰り返して手を合わせる、お百度参りの様な熱意が境内に満ちているからでしょう。その熱意が人から人へと伝わって数珠つなぎののように綿々と連なっているからでしょう。
石手寺では、仏さまに助けられます。そしてその仏さまを拝んでいる人のひたむきな姿に助けられます。「ああ、苦しいのは自分だけではない、みんなもおもてには出さないが、内に悲しみを秘めて、ああしてがんばっている」その姿が、心を打ちます。そして、私もこんなことがありました。みんな兄弟は戦死しました、という様なことを語ったり秘めたりしながら、悲しみ苦しみを超えていくのです。
お寺の境内には不思議な力が籠もっています。
それは何でしょう。仏さまの清浄さでしょうか。善意でしょうか。やさしさでしょうか。摩訶不思議力でしょうか。
今日も、お遍路さんが来られました。寒い朝でした。真っ赤になる納経帳を出されたので、「もうこんなに頑張っておられるのですね」と言ったところ「体が弱いもので、こうして夫婦でお参りを続けています」と返事がありました。「ああ、元気だからお参りをしているとばっかり思ったのに、そうではない。弱いからこそ精進を続けておられるのだ」と、感心しました。不思議なことです。弱いから家にいて療養していればいいものを、こうして真冬の凍える中を歩いている。これは魔力の世界かもしれません。
努力をすれば、それが報われていくというのでしょうか。あるいは、自分だけではなくて同じようにつらいなかで努力している人に励まされるのでしょうか。それを支えるのが仏さまです。みんなの善意の流れの世界へと巻き込まれて、力を得ていく。そして自分がその中で歩くことによって力を加えていくというのでしょうか。
その力が結晶して、大きなわらじとなった様に思えます。
さて、この大わらじが奉納される初大師の日に、大般若の祈祷がなされます。一年の無病息災と心の健康を祈って、大般若経本を体に擦りつける祈願です。
般若とは智恵を意味します。大きな智恵が大般若です。これは私たちに備わっている仏の智恵を指しますが、日頃は忘れていたり粗末にしていることが多々あります。大般若の智恵を私たちはみんな持っているわけですが、日常では忘れているのです。
どうして忘れるかとというと、もっと頑張らないとだめだとか、人をおしのけてでも前にでないとリストラされるとか、一点でも人より多く取らないと褒められないとか、言われてそう思い込んでしまうからです。何かの拍子に、はっと我にかえって、きれいな心になってみれば、小さなつまらないことにこせこせして、大事を失っていることは多くあります。
子どもが大事だといいながら、大事にするあまり「頑張れ、頑張れもっと頑張れ」と励まし激励するばかりで、褒めることを忘れて、一生馬車馬の様に走らせ、最後に子どもが何と言ったかというと「僕の人生はお父さんのためにあるのじゃない、お前のせいで僕の人生は台無しになった」と。そういうことがあります。
子どもを幸福にしたい。なら、いい学校に行かそう。なら、勉強させよう、今はしんどくてももっともっと、そし大学、就職・・・・と追っている内に気がついてみると子どもの心はそっちのけで、目先の利益ばかり追い求めて、ついには自分も子どもも見失っていることがあります。これは我欲、近欲、目的の転倒です。子どものためと言いながら、実は自分の見栄や外聞や利益のために子どもの人生を使っている。あるいは、一番大事な子ども自身がどう思っているかを見失っている。主客転倒です。
「何が大事なの」と、問われて、「子どもの幸福です」と、答えられるでしょうか。
あるいは、「あなたにとって何が一番じか」と問われて、どんな答えができるでしょうか。
ひょっとして自分だけはこうではないと思いながらも、地位、名誉、金、ふうの悪くない家族や家とかしか答えがでないのではないでしょうか。人間は弱いものです。いくら否定しても、煩悩というのが裏から私たちを操ります。あれがほしいこれがほしい、そしてあいつは嫌いだ、あいつがいい、努力はしたくないけど良い物がほしい。人には負けたくない。自分のことは見えてもひとのことは見えない。自分のほしい物は見えても嫌いな物は見えない、消してしまえ。
私たちは自分が興味のある物はどんどん見えますが、興味のない物はあることさえ気がつきません。そして、ほしい物はよく見え、手に入らない物は汚く見えます。まことに得手勝手、自分に都合の良いいき物です。
でもそれは、煩悩に迷ったときのことです。自分が幸福になりたいと知っています。他人も同様に幸福になりたいと思っていることを知っています。そして、家族や友人を好きになったり愛することを知っています。大事なのはみんなが幸福であることを知っています。なぜなら、みんなが笑顔であるときの方が心地よいことを知っています。
問題となのになぜ、時として自分だけ得をしようとするのかです。時として、みんなが笑顔なのを喜ぶ自分を失うかです。
みんなの笑顔をみる喜びを大事と呼びます。煩悩にまどわされた生き方を小事と呼びます。大事は人の命、私の幸福、か家族の幸福、世界のみんなの幸福です。小事は独りよがりの損得です。
大般若は大きな智恵、すなわち大事を忘れないことです。そして小事にしがみつくこせこせした自分を吹き飛ばすことです。小事を離れ大事に就くのが大般若です。つまらんことを考えはじめたら吹き飛ばすのが大般若です。
大般若は何度か繰り返します。なぜなら、分かっているのに煩悩は次から次から再生してはやってくるからです。そして分かっているはずの、大事を確認するためです。繰り返し大般若を行い、小事を捨てて、大事を確かめる。そうして、大事を行なうことを繰り返すなかで、煩悩は薄れていき、大事をわかる心、大事を行なおうとする心である仏の心が備わって来ます。それは一歩一歩真実の幸福の世界へと足を踏み入れていくことに他ならないのです。
大般若を行い、心身を清め、小事を捨てて大事を身につけましょう。そして、大わらじの力強い力でその幸福を実現していきたいものです。そうすれば今年は、苦しみ少なく幸多い仏さまの年となると確信します。