フクシマの子どもを守ろう
原発を止めよう
行脚と座禅の祈り
主催、フクシマの子どもを守り原発を止める仏教徒の会
連絡先 石手寺 089-977-0870

10月11日 午後4時半 行進

  • 一番町大街道口集合→大街道→銀店街
  • →高島屋前坊ちゃん広場
午後5時から6時 座禅と祈り、
11日から17日まで毎日

  • 於、高島屋前坊ちゃん広場
後親睦会 
  • 少人数のときは三番町観音寺。
  • 多数のときは城山公園または喫茶。参加費無料、各自持ち込み
 放射能の汚染は文部科学省の出した汚染マップによると、福島県の東半分、群馬県栃木県の北半分へと広範囲に広がっています。大人への影響はまだしも、赤ちゃんや子供への健康被害はその範囲でかなりあるものと考えられます。「もし、私が母親なら避難します」また「屋外では遊ばせられません」「食べ物も他県から買います」おそらく、もし私やあなたが住民ならそう判断すると思います。
 そう思われるなら行動しましょう。
 なぜなら、このまま静観していては、事態はこのまま推移します。
何もなかったのように、日々が流れ、後々になってチェルノブイリで起こったように「健康な赤ちゃんが20パーセントしかいない」という報告が日本でなされる可能性があるのです。


チェルノブイリ事故では、
が避難義務区域
が避難権利区域とされた

以下の宣言文に賛同したい 石手寺加藤俊生 全日本仏教会の左宣言に賛同するとともに自戒する 福島の子ども達を守り、原発を止める仏教者の会
声明文

宣言文

原子力発電によらない生き方を求めて

東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散により、多くの人々が住み慣れた故郷を追われ、避難生活を強いられています。避難されている人々 はやり場のない怒りと見通しのつかない不安の中、苦悩の日々を過ごされています。また、乳幼児や児童をもつ多くのご家族が子どもたちへの放射線による健康 被害を心配し、「いのち」に対する大きな不安の中、生活を送っています。
広範囲に拡散した放射性物質が、日本だけでなく地球規模で自然環境、生態系に影響を与え、人間だけでなく様々な「いのち」を脅かす可能性は否めません。

日本は原子爆弾による世界で唯一の被爆国であります。多くの人々の「いのち」が奪われ、また、一命をとりとめられた人々は現在もなお放射線による被曝で苦 しんでいます。同じ過ちを人類が再び繰り返さないために、私たち日本人はその悲惨さ、苦しみをとおして「いのち」の尊さを世界の人々に伝え続けています。

全日本仏教会は仏教精神にもとづき、一人ひとりの「いのち」が尊重される社会を築くため、世界平和の実現に取り組んでまいりました。その一方で私たちは もっと快適に、もっと便利にと欲望を拡大してきました。その利便性の追求の陰には、原子力発電所立地の人々が事故による「いのち」の不安に脅かされながら 日々生活を送り、さらには負の遺産となる処理不可能な放射性廃棄物を生み出し、未来に問題を残しているという現実があります。だからこそ、私たちはこのよ うな原発事故による「いのち」と平和な生活が脅かされるような事態をまねいたことを深く反省しなければなりません。

私たち全日本仏教会は「いのち」を脅かす原子力発電への依存を減らし、原子力発電に依らない持続可能なエネルギーによる社会の実現を目指します。誰かの犠牲の上に成り立つ豊かさを願うのではなく、個人の幸福が人類の福祉と調和する道を選ばなければなりません。
そして、私たちはこの問題に一人ひとりが自分の問題として向き合い、自身の生活のあり方を見直す中で、過剰な物質的欲望から脱し、足ることを知り、自然の前で謙虚である生活の実現にむけて最善を尽くし、一人ひとりの「いのち」が守られる社会を築くことを宣言いたします。

   2011(平成23)年12月1日

財団法人 全日本仏教会

宣言の要点は
原発事故による多大な痛み
他者の痛みの上に成り立つ生存と享楽
享楽の戒め
である
しかし
仏教徒は享楽を慎んでいるのか
格差社会のなかでどのような生活が過剰でないか
格差社会を是正せずして我が生存が是認されるか
況んや、世間以上の享楽者たる僧侶が批判されていないか

それと
痛みを知るならより積極的に贖罪と賠償
こそ必須ではないか
そして
原発停止に積極的に時間的にも肉体的にも精神的にも
動くべきではないのか
原子力発電から撤退を

東日本大震災によって破壊された福島原発から、日本はもとより世界中に放射能が撒き散らされました。福島県を始め、200q離れた地にまで大量の放射能が降り注ぎ、人も大地も海も汚染されてしまいました。事故を起こした原子炉は、いまだに収束することもなく、メルトダウンした燃料は処理方法すら分からない有様です。
今まで識者によって原発の根源的な危険性、老朽化、プルサーマル、人為ミス、地震大国の日本、過去の巨大津波等、さまざまな危険性が指摘されていたにも拘わらず原発を推進してきたのは大きな間違いでした。想像を超える甚大な被害をもたらし、多くの人々を苦しめるリスクが明らかになったからには、速やかに原発から撤退するべきです。
わたしたちは放射能を浴びた福島の子ども達にどのようにしてお詫びが出来るのでしょうか。「私たちに子供が産めますか?」と言う問いに、どう答えれば良いのでしょうか。
基準値以下だとして放射能汚染された食品を流通させ、それを食べざるを得ない人々にどのように償うことが出来るのでしょうか。
 事故から1年2ヶ月経ち、5月6日には日本の全ての原発が停止しました。原発が無くても電気は足りています。この夏も原発を動かさなければ、原発が無くて済むことが明らかになることでしょう。安全神話も、必要性も、経済性も、まやかしでしか有りません。
 事故が無くとも、被曝労働者という犠牲の上に成り立つ原発は、温排水の害、放射性廃棄物処分の先送り等の問題も併せ持ちます。大飯原発から伊方原発と再稼働が取りざたされていますが、とんでもないことであり、伊方には、周期の到来した大活断層が直近に存在するという固有の問題もあります。

 わたしたち仏教者は、菩提心を求め、自利利他に励み、安心して暮らせる社会の実現を求めます。いのちを脅かす原子力発電から撤退し、廃炉・処理・汚染地救済に向けて研究・開発に全力を挙げ、速やかに被曝者の救済を計り、人々の安心を取り戻すことを訴えます。
平成24年5月12日
福島の子ども達を守り、原発を止める仏教者の会