





主催 不殺生祈りの会
仏教徒有志
※日時 9月11日午前10時
場所 石手寺(11時より対話集会)
問い合わせ先石手寺089.977.8155

10:00 集会(金剛の間)
10:00 上本堂 各宗派祈り(各10分程度)
○真宗大谷派
浄土宗
臨済宗
真言宗醍醐派
真言宗智山派
真言宗豊山派
二千一年九月十一日、米国を襲ったテロの自爆飛行機は、2819人の命を奪いました。そして、米国全土に広まった「テロへの報復とテロ撲滅」の世論は、ブッシュ大統領の「我々の側に立つのか、それともテロの側に立つのか」というスローガンに収斂され、アフガニスタンへの空爆が十月七日に開始されます。この攻撃によって、亡くなった人は5千人とも言われます。我が国の自衛隊も「Show the flag」のもと、インド洋に初の後方支援に出動するのです。
時期を同じくして、各国ではテロ掃討の軍事行動が、単独で、また米軍に共同する形で行われます。殊にパレスチナに於いては自爆テロが相次ぎ、イスラエルは大規模な軍事行動を起こし、数百人の子供を含む千人のパレスチナ人と三百人以上のイスラエル人が殺されたと言われます。。
暴力の連鎖は、より大きな暴力となって死者と苦痛を広げています。暴力が恐怖を生み、恐怖が暴力を生んでいます。
また、各国に於いて「対テロ」のもと、人権が狭められ、「テロ支持者」のレッテルで多くの人が拘束されたり拷問を受けています。特に米国では、テロ以降、アラブ系住民やムスリムに対する「推定有罪逮捕」で身柄を拘束された人は1200人を超すといわれ、その逮捕者名も分からない状態です。
私たちはこの間、何をなし得たのでしょう。そして今から、何ができるのでしょうか。改めて自身に問おうと思います。
一つ、9.11テロによって犠牲となられた人々のことを思い、追悼し祈ります
一つ、その後のアフガン攻撃戦争の犠牲となられた方々のことを思い、追悼し祈ります
また、その他、暴力によって犠牲となっている人々に心を寄せて追悼し祈ります。
一つ、報復の連鎖を断ち、不殺生の精神を持って、戦争の放棄、非戦を祈り訴えます
一つ、世界の暴力による苦痛、世界の経済格差と貧富の差に起因する苦痛に心を向けるとともに、その解決を望み、自分の身に当てはめて考えます。
為に、仏教徒各宗派に於いて、祈りを捧げます。
不殺生祈りの会の経過
9.11のテロ事件発生 死者2819人(8.15現在)
10.7報復攻撃開始(空爆開始)
アフガン犠牲者5000人?
(湾岸戦争のイラク死者160万人内子供が60万人)
米兵の戦闘死者16人(負傷者200人戦費月平均10億ドル)
10.27不殺生の祈りと誓い
「殺すな、殺させるな、殺されるな」
イスラエルのパレスチナへの軍事侵攻
○愛媛県下寺院に呼びかけて、十月初旬をめどに、「平和の祈り」(仮称)を仏教界で行う。
○各仏教界単位で、平和の祈りを呼びかける。
○統一募金行動をする。(アフガン難民支援)
宗教者としての視点として、人間(個人)に光を当てた見方が必要ではないか。暴力や貧困や不正や不平等差別の問題が有る限り、個人はその解決方法として、耐えて死滅するか、抵抗し抗争するしかない。それに対抗して、国家が押さえ込もうとすれば、怨みと暴力の連鎖が個々人を更なる苦難に落とし込む。
私たち宗教者は、国家のレベルではなく、個人(人間)の「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」に着目し、各人間が「その生存が脅かされたり尊厳を害されることなく」生きるべき存在であるとの基準を明確にしながら、その基準において、世界の平和を問うべきである。
まず、私たち宗教者の視点を、個々人の平和=恐怖と欠乏からの自由に置くべきであろう。
それはまさに、釈尊や仏教徒が不殺生と慈悲によって提唱した仏教精神である。
2002年3月27日コロンビア大学ウェザーヘッド
政策フォーラムBy 緒方貞子(人間の安全保障委員会事務局仮訳)
9月11日はこれまでの安全保障に関する基本的概念を再考する転換点となった。これまで安全保障への脅威とは、攻撃的ないし敵対する意図を持つ他の国家から生じるものとみなされ、安全保障は国家の力を背景に検証されてきたといえる。国境や国民、制度や価値などの保護は国家の責任であり目的であった。国家は、自衛のために強力な軍事組織を築き、人々は国家の保護により安全を保障されると考えられてきたのである。領域は不可侵とされ、主権国家の国内問題への外部からの干渉は受け入れがたいものであった。
9月11日のテロ攻撃により、テロリズムそのものが強力で新たな脅威の源として位置づけられることとなった。テロリズム自体はこれまでも常に存在してきたが、今日とは次元の異なる規模でしかなかった。冷戦の終結により国家の後ろ盾を得たテロリズムは減少し、これらのテロ集団は著しい弱体化の徴候を見せたが、今度は民族分離を訴える組織が自治権や独立を追求するために、あるいは新興宗教か主要な既存宗教かを問わず、宗教に基づいた集団がその目的を達成するためにテロ手段に訴え始めた。すなわち、テロリズムの脅威はいまや国家の内側と外側の両方から襲いかかってくることが明らかとなってきたのである。
冷戦後の10年間で、戦争の性格は国家間のものから国内での争いへと変容したと言えよう。人々に対する危険の原因は、概して民族、宗教、政治集団が相対する権利や資源をめぐり、憎しみ合い戦うという国内的なものとなった。一方、国際社会はこうした集団の多様な要求に応える効果的な手段を欠いていた。民族自決主義を安易に適用することは国家を発展能力をもたない政治的、経済的構成単位に分裂させるのみである。地上15,000フィートからの空爆、あるいは何千マイルもの距離からのミサイル攻撃は破壊をもたらすことはできても、地域に根ざした紛争を直接解決することはできない。
さらに、国内紛争とテロリズムが複雑になり、また大きな問題となる上で、グローバル化が与えた影響を認識することが重要である。グローバル化は富や雇用機会を創造し多くの人々の暮らしを改善する反面、時として社会のより弱い立場にいる人々をさらに苦しい立場に追い込んだ。情報技術の著しい普及、交通とコミュニケーションの発達、そして資金の自由な流通は人々の移動と接触を促進したが、望ましく合法かつ安全な人々の移動と、危険で違法かつ犯罪行為を伴う移動との区別は測りがたいものとなった。政治的保護を求める人々や移住者の数は世界中で急速に増加している。9月11日に関わったテロリストたちの実像は、急速にグローバル化が進む世界において、ネットワークの可能性が現実に意味することを私たちに突きつけている。つまりこのことは、貧困と不平等により社会的正義が実現されていないと感じ、またその結果として疎外され、搾取され、憤りを感じている人々が、結束する新しい手段を見い出したということを意味する。米国に対するテロ攻撃に訴えたアルカイダのネットワークは、グローバル化が進む社会において何が新しい脅威となりうるかを示しているのである。
今日,国家は、広範に存在する深刻な脅威を封じ込めるため、より厳しい統制手段をとるかあるいは軍事力にまで訴えるかという難しい選択を迫られている。私は、国連難民高等弁務官として務めた冷戦後の10年間、自らの土地を追われた何百万人もの人々をいかに保護し、問題を解決するかという努めて実際的な問題に日々明け暮れていた。この時期、圧倒的に問題だったのは国内紛争であった。多くの人々が国境を越え、国際的な保護の対象となる難民となっていった一方で、さらに多くの人々が国内避難民となり、自国から何の保護も受けられず、またなすすべもないまま暴力と混乱の犠牲となったのである。一般市民が標的となり犠牲を強いられたこと、そして難民と国内避難民が混在したことが過去10年間の大きな特徴といえよう。職務を遂行する上で、私の関心は常にこれら被害者の安全を確保することと、よりよい生活のための機会を得られるよう支援することにあった。
こうした問題に実効的な解答を求めていく中で、私は、国家のみに人々の安全を確保することを期待するのではなく、人々の安全保障をより直接的に考えるようになった。安全保障に対する脅威の直接の被害者である「人々」に焦点をあてることで、彼らの必要としている保護を見出せるように私には思えたのである。また、人々の多様な関心や関係に注目することで、人々の安全に役に立っている、あるいは逆に安全を妨げている政治的、経済的、社会的要素は何かを特定することができると考えた。コンゴ、シエラレオーネ,ボスニア、あるいはコソボのどこであれ、治安が悪化し人々が避難しはじめる際に、人道機関は緊急支援を提供するため、あるいは政府や事実上の支配者と安全な通過や国境開封などを交渉するために現地に残った。被害者とともにいることで、人道要員は限られた範囲ではあったが彼らの安全を確保することができた。しかし人道要員には現地の警察を代替することもその法執行能力を強化することもできないし、交戦者を分離させたり兵士を復員させる監視団や平和維持軍としての機能を果たすこともできない。既存の組織の任務や機構は専ら国家の安全保障が前提となっており、人々の保護や問題解決の手段となるとほとんど存在しないのが現状である。
今日の世界において人々の安全を実現する手がかりとして、私は「人間の安全保障」の概念に強く惹かれた。そのころ、国際的な場においてもこの概念は重要性を増しつつあった。ミレニアム・サミットにおいて、コフィ・アナン国連事務総長は、人間は「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」を享受すべきであると強調し、これらを国連の最優先事項とすべきと宣言したのである。1999年、日本の故小渕恵三総理大臣は、人間は「その生存が脅かされたり尊厳を害されることなく」生きるべき存在であるとの考えを明らかにし、日本政府は小渕総理のこの考え方を2つのイニシアティヴとして具現化した。1つめは、国連に「人間の安全保障基金」を設立し、今日までに7,000万ドル以上を国連の事業実施に当ててきたことであり、2つめは、政策の立案と実施のために実際的に役立つ手段として人間の安全保障の概念を発展させるため、「人間の安全保障委員会」を設立したことである。
私は、国連事務総長の支持を受けて日本政府により設立された人間の安全保障委員会に、ノーベル賞受賞経済学者であるアマルティア・セン教授とともに共同議長として招かれたことを光栄に感じている。様々な分野において専門知識をもつ10名の傑出したな人物が世界各地から委員会に参加している。委員会の活動はまだ始まったばかりであるが、このたびウェザーヘッド政策フォーラムより要請があり、委員会の活動についてご紹介できることは、,委員会が活動を進めていく上でたいへん有意義な機会であると感じている。この場をお借りして、この素晴らしい機会を与えてくれた方々に感謝の意を表明するとともに、以下に委員会の活動の中で特に重要ないくつかの点をご紹介することとしたい。
まず、委員会は「人間を中心とした」人々の安全保障に焦点をあてている。委員会は、そうして焦点を絞ることにより、すべての人々あるいはすべての地域社会に関する人間の安全保障の問題を検証することはできないかもしれない。しかし、委員会は、その活動対象を人間にとって死活的かつ広範に存在する脅威に絞り込み、紛争の犠牲者、難民や国内避難民、絶対的な貧困におかれ、飢えや病気に直面する人々に焦点を当てつつある。一人ひとりの人間の安全保障という視点に加え、委員会は民族、信念、慣習などによって社会的に疎外されている人々の問題にも取り組んでいる。異なる集団の間での長期的な不平等という問題は、暴力を招き、最終的には人道的、政治的危機へとつながる中心的要因と考えられるからである。
次に、人間の安全保障への脅威に取り組む上で、委員会は2つのアプローチを想定している。それは、「保護」と「エンパワーメント」である。保護は、早期警戒から基本的な人間のニーズへのアクセス、司法制度や国家機関の構築に至るまで、幅広い介入行為を必要とする。一般的に、初期の行動は犠牲者である人々の側のみならず地域社会全体とってもコストが小さいと考えられているが、近年生じた危機について私が感じるのは、早期警戒の欠如というよりもむしろそれを受けて適切な行動をとる能力がなかったことにより、人々の間の緊張が武力紛争や内戦に発展したのではないかということである。人々は、ある脅威が自らの生き方を全く変えなければならないほど切迫したものでない限り、ベストではないにしても他人より有利な政治的、経済、社会的な秩序を変えたいとは思わない。コンゴであれコソボであれアフガニスタンであれ、警告は十分だったにもかかわらず十分な対応は得られなかった。予防の側面に近年焦点が当たっているのは喜ばしいことではあるが、予防の側面が政策を実施する上での常識となるまでには相当時間がかかろう。この点、委員会はその活動の中でこれらの概念を突き詰め、具体的な行動規範として国際社会に示す使命を帯びているといえる
エンパワーメントはより大きな可能性を秘めている。エンパワーメントは、開発援助が長い間目指してきたボトム・アップの考え方にも通じる。アフガン復興計画においても、地域社会構築を優先的に行うことはエンパワーメントにより焦点を当てることにつながることとなろう。人々が保健、教育、その他の社会サービスを受けることがほとんどできず、20年にも及ぶ殺害や暴力、強制的な人の移動などにより苦しめられたアフガニスタンでは、国家再建のための優先事項として、エンパワーメント以外に選択肢はない。人々が力をつけ将来の安全が保障されることと、国家を安定させることとの明確な因果関係が明らかとなれば、人間の安全保障アプローチが正しいことの証ともなろう。
委員会の最大の課題は、幅広い人間の安全保障問題に取り組むための包括的なアプローチを示すことである。概して、国際社会によって採られているアプローチは、人道支援と開発支援に代表されるいくつかのカテゴリーに分けることができるが、委員会の使命は、貧困と紛争という二つの分野を結びつける概念的連関を示すことである。これらの分野がいかなる相乗作用を持ちうるのか、あるいは持ち得ないのか。人々を苦しみから救う上で、人道中心のアプローチと開発中心のアプローチはあまりにも切り離されて議論されることが多く、それぞれのアプローチは、異なる学者、専門家や組織により開発されてきた。「欠乏からの自由」、「恐怖からの自由」は人々の苦しみや危険をなくすために、国際社会が包括的に取り組むべき問題である。セン教授と私は、人間の安全保障に対する挑戦の異なる側面にそれぞれ直面してきた経験から、長い間概念と行動を隔てていた壁を取り払うために手を取り合った。既に、私達はお互いの理解が近づいてきていると感じている。
最後に、私が繰り返し強調したいのは、委員会の使命が人々の安全保障に焦点を当てることであり、人々を通じて国家の安全保障を補強することだということである。委員会の目的は人間の安全保障により国家の安全保障を置きかえることではない。それらはいずれも必要な概念であり、互いに補完しあっている。一方で人間の安全保障委員会が示すべきは、安全保障の提供主体として専ら国家を想定する伝統的な考え方からのパラダイム・シフトである。人間の安全保障委員会は人々と直接に向き合い、人々の生命を死活的かつ広範な脅威から守り、人々がその尊厳を全うすることを目的としているのである。
PMS(医療サービス)総院長 中村哲 2002年8月20日
アフガニスタンに帰還する難民が春から急増し、6月中旬で百万人を超えた。さらに帰還は続いているが、8月に入ってややペースが落ちている。少なくともペシャワール周辺では、出稼ぎ難民が殆どで、厳冬を過ぎ、国際援助を当てにして帰った者が多かった。特に、北部の非パシュトー住民は、政府関係の雇用を期待して帰還した。
しかし、激しい旱魃が収まる気配は見られない。もともと過去数年続きの大旱魃で、職を求めてパキスタンに逃れていた者が多かったので、せっかく帰還しても故郷に帰れず、大都市、特にカブールに人口があふれている。しかも、期待した各国の支援は、日本を除くと寥々たるもので、失望感が広がっている。
悪化する治安と追い詰められる帰還難民
一方、米軍の地上軍事活動は拡大しており、アフガン東部においても散発的な爆撃があり、「アルカイダ掃討」として地元民に発砲、死傷者を出す事件が相次いでいる。米軍はパキスタンの国境地帯の自治区にも展開し、部族民と衝突、戦火は拡大していると判断してよい。現在、米兵6000名、首都カブールの国際治安維持軍が4000名で、かろうじて点と線を確保している状態である。
アフガン側内部でも党派や部族間の抗争が至る所に現れはじめ、カブールでは欧米兵士による婦女暴行事件が伝えられ、売春が噂されるなど、モラルの退廃と混乱が現実のものとなってきている。市内では、不明の爆破事件が日に日に数を増している。
だが多くの人々にとっては、今冬を如何に乗り切るかが課題である。飢餓に瀕する膨大な人口が動き始めると、収拾のつかない事態となろう。既に、現状に失望した難民たちのユーターン現象が始まっている。実際、ペシャワールに残存する難民が帰還を拒否し始め、25万人が「再難民化」したと報ぜられている。悲観的な観測が国連関係者の間でもささやかれ、「(破局への)時限爆弾が既に時を刻み始めた」とのコメントもある。
ペシャワール会=PMS(ペシャワール会医療サービス)では、予想される今秋の大量の人の動きが、将来を占う大きな分かれ目になると見ている。
ペシャワール会=PMSとしては、援助ラッシュのカブールを撤退した後、東部の旱魃地帯に全力を投入している。ニングラハル州では、旧北部同盟軍とパシュトゥン系の軍民が抗争しており、米軍と三つ巴で対峙している。ロシアが旧北部同盟系の軍閥を支援して、事態はいっそう複雑怪奇である。
クナール州にもかなりの米兵が集結し、ヌーリスタンを伺っているとも伝えられ、住民が射殺されたり、小規模な米兵襲撃事件が増えてきている。特にジャララバードの米軍基地は最近ロケット弾が撃ち込まれるなど、標的になっている。だが、米軍が山岳地帯に展開すれば、ソ連軍侵攻時と同様の事態になり、泥沼化する。山岳地帯の軍事的制圧は不可能である。すでに「米兵百名が行方不明」との報も流れている。彼らの行くところ、奇妙な爆破事件や、住民との銃撃戦がつきまとっている。この中で、政治的距離を保つことは容易ではない。しかし、PMSの既存の診療所がある地域では、住民がきわめて協力的で身辺の安全が保障されている。当分はこれらの地域に限定した活動を続けながら、機を伺う以外にない。
1.飲料・灌漑用水事業
●作業地数が伸びないのは、保守保全に追われたことと、アチン郡の広大な地域に拡散したために能率が落ちたせい である。7月にジャララバード事務所の全面改組を実施した。現在、事実上の責任者は目黒とディダール技師、会計:長嶋、事務:クヤムディン技師の陣容である。
●ダラエ・ヌールをモデル地区として、1万人の帰還難民があふれるブディアライ村・ソレッジ村では、第2号の灌漑用井戸の完成が近い。第3・4・5号を小麦の蒔かれる十一月中旬までに完成させ、合計約100ヘクタールの田畑を潤す見通し(一基当たりの絶対灌漑面積=約20ヘクタール以上を確認)。これにより、一旦無人化していた両村全体が完全に自活できる。砂漠化していたブディアライ村では、タービンポンプを備えた第1号が7月から給水を開始、灌漑井戸周辺に豊かな緑が広がり始めている。
●ダラエ・ヌールをモデル地区として、1万人の帰還難民があふれるブディアライ村・ソレッジ村では、第2号の灌漑用井戸の完成が近い。第3・4・5号を小麦の蒔かれる十一月中旬までに完成させ、合計約100ヘクタールの田畑を潤す見通し(一基当たりの絶対灌漑面積=約20ヘクタール以上を確認)。これにより、一旦無人化していた両村全体が完全に自活できる。砂漠化していたブディアライ村では、タービンポンプを備えた第1号が7月から給水を開始、灌漑井戸周辺に豊かな緑が広がり始めている。
●上流のパシャイ族の村々もかなりの難民帰還があり、人口が急激に増加している(渓谷全体で推定1万5千名以上)。これも年余をかけて、清潔な飲料水確保をめざしている。とりあえず、機材搬入のため住民を動員して、道路工事を間もなく始める(バンバコート−−間4キロメートル)。これにより、上流の渓谷住民(約5万人以上)が診療所に来やすくなると同時に、下痢症による子供の犠牲は激減できる。
●アチン郡は広大で干ばつ被害が激しいところであるが、全力を注げば、全体のプロジェクトの妨げになるという判断で、治安も悪い。現在手をつけた場所(174ヵ所)をとりあえず完成させた後、ジャララバード事務所の態勢を立て直し、年余をかけて本格的に着手する。
●トルハム国境では、地域住民自治会との折衝が終わり、昨年6月に着工した2基のボーリング井戸が十月中に給水を始める。すでに給水塔の建設が始まった。同町はアフガニスタン最大の内陸貿易拠点で、多くの商店や食堂があるにもかかわらず、この2年間、渇水に悩んでいた。復興に貢献する意義は小さくない。給水能力を見て、不足であれば更に増設する予定。
写真上から
(1)ブディアライ村の乾いた大地2001年2月
(2)ブディアライ村で灌漑用井戸の作業中の現地スタッフ2002年2月
(3)同じく作業中の現地スタッフと目黒さん2002年3月
資料1 水源確保・作業地の推移
2.農業・畜産計画
●小規模ながら、カラヒシャイ村、ブディアライ村で8000u(約8反)の実験農場で、努力が懸命に続けられている。乾燥に強いトウモロコシの二期作の試み、優れた乳牛の導入と飼料生産、ブドウ畑、大豆生産、アフガン初の茶畑など、希望が持てるものである。現在、ベテランの高橋・稲田氏の指導で、日本人ワーカー(橋本・目黒)が半ば現地に定住して住民に溶け込み、仕事に当たっている。
●年内に飼料(サイレージに使うソルゴー(注1)作付け)見通しをつけ、数十頭を入れる。稲田氏によれば、年月をかけて渓谷全体に「酪農王国」を築き、最終的に7000頭の乳牛・耕作用牛を予定。実現すれば、栄養失調を一掃し、清潔な飲料水と相俟って、理想的な予防医療対策そのものとなる。
写真:カラヒシャイ村の実験農場。2002年6月
3.医療計画
●ダラエ・ヌール診療所は、農業・牧畜・灌漑計画を10年がかりで実施するため、宿舎と事務所が併設され、渓谷全体の復興の中心的存在となっている。建築は年内に完成する。また、ダラエ・ピーチ診療所(沖縄ピース・クリニック)、ヌーリスタン診療所も、現在新建設が急がれている。ダラエ・ピーチは12月までに完成予定。ヌーリスタン(ワマ)診療所は急峻な地形、輸送の困難と積雪のため、年内は基礎工事で終え、来夏に完成予定。診療所付近の米軍の活動には戸惑うが、安全には最大の努力を払っている。
●なお、大量の人口移動に伴う悪性マラリアの大流行は、92年の自主帰還時と同じく、可能性が高い。ふつうアフガン東部では9月から爆発的に広まるので、各診療所は薬品を備えて警戒している。無視できぬ流行が始まれば、各診療所を拠点にする大規模なフィールドワークを予定、万全の備えをして待機している。
●診療は、帰還難民の増加と共に機能充実が急がれている。コレラと見られる下痢症流行が散発的にあり、相当が死亡した。特筆すべきは、従来農村では殆どなかったリーシュマニア症、未登録の結核も増えている。これについては、WHO、ユニセフなどの各機関と協力、リーシュマニア症についてはPMSが薬品を十分量置き、治療が行われている。
●ペシャワールのPMS基地病院では、非パシュトゥン系の職員約30名が大挙して辞職、他のNGOらに雇用されている。今後さらに病院人事は影響を受けると見られるが、今冬まで静観して、来春から態勢を立て直す。
写真:ダラエヌールクリニックの建築現場。2002年6月
教育を支援することは平和を構築する上で重要です。これまで長い間、アフガニスタンでは教育がなく、そして、平和がありませんでした。23年の戦争を経てようやく平和のためには教育が不可欠だということが理解されたのです。
そして、この素晴らしい「バック・トゥ・スクール」キャンペーンの資金の60%は日本のみなさんが支えています。
◇命と生活を支えるために…予防接種、妊産婦ケア、栄養不良対策、水の確保
戦争が終わって、私たちは、はしかに対する予防接種もはじめました。栄養不良の子どもが50%の社会です。はしかにかかると子どもたちはかなりの割合で亡くなってしまいます。私たちは、1000万人の子どもにポリオとはしかの予防接種をすることを目標としており、現在のところ600万人の子どもにはしかの予防接種を、500万人の子どもに2回にわたるポリオの予防接種を実施しています。
また、20地域で、緊急産婦人科の設置をすすめています。アフガニスタンで女性が亡くなる一番の原因は、マラリアでも肺炎でもなく、妊娠や出産です。妊娠可能年齢の女性の死亡のうち、実に42%が妊産時に亡くなっています。これは世界でももっとも高い数値です。
栄養不良に対処するため、たくさんのNGOと協力し高たんぱく・高エネルギーのビスケットを配っています。非常に栄養価の高い補助食は、栄養不良に対してよい効果がありますが、使い方を間違れば毒にもなり、子どもの命を奪うことさえあります。現在、30万人の子どもたちにこれを配布していますが、現場で活動しているNGOのスタッフが適切にこうしたビスケットを使えるようにする、トレーニングを行う、これも私たちの仕事です。
アフガニスタンの栄養不良は慢性的なものです。がりがりにやせ細るというものでなく、身長が伸びないというようなものです。また、微少栄養素の欠乏も課題です。栄養不良は子どもの死亡に深く関係しており、あるキャンプでは、栄養不良が子どもの死亡率を6倍以上高めていました。
ユニセフはビタミンAを500万人の子どもたちに提供し、26万人のビタミンC欠乏症の子どもたちをケアするなどの活動も行っています。
パキスタンからの多くの難民が帰還していて、今100万人を超え、これから200万人以上にもなるといわれています。彼らが帰ってきたときの生活基盤の整備も重要で、特に水を手に入れられるようにすることが欠かせません。私たちは、カブール市内だけで3000の家族に水を供給し、また、学校において水を供給できるようにすることを計画しています。今年末までに1000校において水へのアクセスを確保する予定です。
また、カブールで、水と衛生に関する国際会議が3日間にわたって開かれ、ここで水や衛生に関する今後の新しい政策が立てられました。
◇立ち向かうべき課題
アフガニスタン全土で治安はまだ回復されていません。ブルズガンというところでは10日前に爆撃があり、カディール副大統領もカブールで殺害され、国連施設の近くにロケット弾が落ちたりもしています。マザール州の近辺では多くの国際スタッフがレイプや略奪や攻撃などに遭っています。
状況は不安定ではありますが、それが私たちが活動をやめる理由にはなりません。支援をやめたからといって、治安がよくなるでしょうか? そうはなりません。給料が払われない、十分な食糧が手に入らない、アフガニスタンの人びとはそういった状況の中に置かれています。こうした状況が続けば治安はますます悪化します。治安が悪い今こそ支援が必要なのです。
また、350万人の帰還すべき難民への支援も必要です。帰ってきても、家も、学校も、医療施設もないのです。学校さえないところに彼らは帰ってはこないでしょう。
また、主な課題は食料の安全な確保です。最近の調査によると、アフガニスタン全土で食料の確保が十分なされていません。アフガニスタン南部ではいつも干ばつの被害を受けてきました。彼らへの支援も重要です。
AI Index: MDE 15/121/2002
イスラエルによるヨルダン川西岸の村や街の再占領から1ヵ月が過ぎたが、80万人以上のパレスチナ人が長引く外出禁止令と地域封鎖によって未だに苦しみ続けている。イスラエル兵士は罪を問われることなく国際基準に反する殺人行為を繰り返している。起訴や裁判なしの行政拘禁を含め、何百人というパレスチナ人が拘禁され、家屋や財産などの破壊行為が続いている。
アムネスティ・インターナショナルは、イスラエル当局に対し、外出禁止令、検問所の封鎖をはじめ、イスラエルの治安を効果的に改善するためというより、むしろ無差別的な懲罰のために採られているその他の措置を止めるよう呼びかける。これらの懲罰によるパレスチナ人の日常生活への影響は破滅的である。
2002年6月19日以後、イスラエル国防軍は「断固たる道作戦(Operation Determined Path)」を開始し、ヨルダン川西岸を再占領した。政府発表によれば、同作戦は、イスラエル人26人の死者を出した6月18、19日のエルサレムにおける2回の自爆攻撃後、これ以上の攻撃を防ぐ目的で開始されたとしている。
アムネスティは、状況が悪化していることとパレスチナ人の基本的人権が侵害されていることに対し、大きな懸念を抱いている。現在、パレスチナに住むすべての人々が懲罰を受けている状況にある。軍事占領下で暮らす人びととして、パレスチナ人たちは、戦時下における民間人の保護に関する1949年のジュネーブ条約(第4条約)にもとづく「保護を受ける者」である。ジュネーブ第4条約への重大な違反は、「故意の殺人」だけでなく、「故意に甚大な苦痛を引き起こす」ことも含まれている、イスラエル国防軍によってとられている措置には、以下が含まれている。
6月21日以来、ほとんどのヨルダン川西岸におけるパレスチナの街(ジェリコを除く)と多くの村は、1日24時間の外出禁止令が敷かれており、パレスチナ人は事実上の自宅軟禁状態を強いられている。ナブルスでは、24時間外出禁止令が解除されるのは1週間に1度のみで、しかも6時間に限られている。トゥルカレムでは、外出禁止令は6月20日に敷かれ、解除されたのはわずか8回で、1日に4時間しか認められない。外出禁止令が公式に緩和された地域でさえ、住民は日の出から日没まで自宅にいるよう制限されている。
ヨルダン川西岸とガザ地区の300万人以上のパレスチナ人が、封鎖された状況下で生活している。ほとんどすべての道路がイスラエル兵士やコンクリート・ブロック、土嚢、塹壕などによって遮断されている。40キロの道のりに数時間もかけなくてはならない。パレスチナ人は主要な道路から締め出され、移動のためには、普段は使わないような特別な道を使わなければならない。
占領地区に居住するパレスチナ人たちの移動の自由を拒むことは、普通のパレスチナ人たちから労働や教育、医療を受けるの機会などを奪っている。仕事をすることも、旅行や家族との連絡をとることもできない。パレスチナの経済に対する影響は深刻である。再占領が起きたのはちょうど学校の最終試験の頃であったが、教師や学生、監督などは学校にいくことができなかった。
生きる権利と医療を受ける権利への侵害も続いている。イスラエルの兵士たちは、外出禁止令を出した以上は、路上に誰でも射撃してよいということだと思っているふしがある。さらに兵士たちは、外出禁止令が解除されてから後も、路上の人を撃っている。ジェニンでは子どもたち三人がイスラエルの戦車の砲撃で死亡した。21日と26日に、外出禁止令が一時的に解除された際中であった。また、ジェニンではさらに、7月11日、戦車に乗ったイスラエル兵士が、明らかに「報道関係者」と書かれたジャケットを着ていたパレスチナ人ジャーナリスト二人を撃ち、一人はその負傷がもとで死亡した。
現在、600人のパレスチナ人が行政拘禁下にある。ほとんどは、オフェルとケジョト(アンサル第三)の拘禁施設のテントに収容されている。他にも、多くが過去三ヵ月間、恣意的に拘禁されてきた100人ほどのパレスチナ人たちが、イスラエル国内や占領地域にある、起訴前拘禁施設に拘禁されている。
西岸地区の再占領に際して、イスラエル国防軍は引き続き、絶対的な軍事的必要性がないにもかかわらず、パレスチナ人の住居や財産を破壊したり被害を与えたりしている。2002年6月22日のジェニンでは、イスラエル国防軍は5人の子どもを抱えた家族の家を頭から破壊している。その結果、12歳のファレス・アル・サーディ君が殺害された。ナブルス地区では、イスラエル人に対する攻撃を組織したかどで手配されていた男性の家族が有する二つの家が、7月19日、集団懲罰の一環として破壊された。それに隣接していた他の家屋もイスラエル国防軍が仕掛けた爆薬の爆発によって、重大な損傷を受けた。
イスラエル政府と世界各国の指導者たちは、今こそ次のことを認識するべきである。基本的人権を尊重することは、治安と引き換えになるものではない。人権が無ければ、治安も平和も実現できないのだ。
アムネスティ日本が外務大臣に要請書を送付
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アムネスティ・インターナショナル日本は、8月30日付けで川口順子外務大臣宛てに要請書を提出し、米政府が要請している、米国人に重大な犯罪の免責を与える2国間協定を明確に拒否するよう求めた。
米政府は各国政府に対し、国際刑事裁判所(ICC)に米国の将兵を引き渡さないことを定めた2国間協定を要請しており、日本政府に対しても同様の協定を求めている。日本政府は現在、国際刑事裁判所のローマ規程に署名も批准もしていないが、報道によれば、日本の外務省は協議を続けることで合意したと伝えられている。こうした動きに対し、アムネスティ日本は「米国によるこのような働きかけが、国際的な刑事司法ないし正義の実現をないがしろにするもの」であり、「米国からの2国間条約凍結の要請を拒否し、一国も早く国際刑事裁判所規程に加入するよう」要請した。
アムネスティ・インターナショナルは本日、『国際刑事裁判所:ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪の免責のための米国のキャンペーン(原題: International Criminal Court: The US campaign to obtain impunity for genocide, crime against humanity and war crimes)』と題する報告書を発表し、「米国の求める協定は、人道に対する最悪の犯罪の免責に終止符を打つために国際社会が築いた国際システムを阻害し弱めるものだ」と批判した。
米政府は免責に関する2国間協定はローマ規程98条に基づいたものだと主張している。しかしアムネスティはこの主張について「米国はローマ規程を歪曲して解釈している」と厳しく批判し、米政府との免責協定に署名する国は国際法上の義務に反していると報告書で結んでいる。
【ローマ規程98条】免責の放棄および引渡しへの同意に関する協定
98条の(2):「本裁判所は、要請を受けた国に対し、引渡国の人を本裁判所に引き渡すためにその国の同意を必要とする国際条約がある場合、これに基づくその国の義務と両立しない行為を求めることになる引渡しの要請を行うことができない。ただし、本裁判所が引き渡しについてその引渡国の協力をあらかじめ得ることができる場合にはその限りでない」
98条(2)の本来意図するところは、既存のSOFA(Status of Forces Agreement:軍事地位協定)で犯罪を裁くという2国間協定が存在していれば、国際刑事裁判所は裁く必要はないというもので、米国が主張するような免責を認めるものではないと、アムネスティ・インターナショナルは主張している。
●「人権より安全」支持広がる
米国中西部オハイオ州の田舎町の裁判所で、8月28日、1人の黒人女性(38)に有罪判決が言い渡された。
ジャミラ・アリさんは米国生まれのイスラム教徒。昨年9月のテロ発生から間もなく、イスラム風の服装で歩いていると路上で警察官に取り囲まれた。叫び声を上げて抵抗したが、一緒にいた14歳の息子らとともに逮捕された。テロ組織との関連を示す証拠はなく、8日後に釈放されたが、起訴された。激しい抵抗で「警察官に脅威を与えた」という罪だった。
「服装ゆえに罪に問われることになった戯画的な裁判だ」と支援団体は抗議したが、法廷は禁固半年、保護観察2年の判決を下した。
●「推定有罪」
「尊厳を踏みにじられました。私たちはキリスト教の修道女と少しも違わず、穏やかでつつましいのです」。判決後、彼女は談話を発表した。
人権監視団体「ヒューマンライツ・ウオッチ」によれば、この1年、宗教や出身国を理由に米当局に身柄を拘束された人は、中東や南アジア出身者を中心に約1200人にのぼる。
最近公表された同団体の報告書は「推定有罪」と題された。うわさを根拠にした拘束など、権力乱用の実態をまとめている。乗っ取り犯と名前が似ているというだけでサウジアラビア人の医師が13日間にわたって拘束されたケースもあった。
太平洋岸のオレゴン州のポートランド市に住むデザイナー、スコット・サカモト氏(48)ら日系人グループは、太平洋戦争中の日系人約11万人の強制収容所送りを思い出している。
●苦難を語る
大戦中の枢軸国側でもドイツ系、イタリア系は対象にならず、顔かたちで見分けのつく日系人が狙い撃ちにされた。
「アラブ系やイスラム教徒の米国人に、あの差別を経験させてはならないという声が、日系人社会でわき起こった」とサカモト氏は言う。アラブ系との対話集会が開かれ、収容所体験者が当時の苦難を語った。ラジオのトークショーで「イスラム教徒は強制収容してしまえ」という発言があると、日系人が率先してラジオ局に抗議する。
テロ後の米社会では、安全のためには人権の制約はやむを得ないとの考えと、自由は犠牲にすべきではないという主張がぶつかっている。一部の自治体では、アラブ系外国人だけを対象にした事情聴取について協力を求める連邦捜査局(FBI)の要請を、「特定の人種や民族への偏見に基づく」として拒否している。保守派からも「捜査当局が求める権限を全部与えてしまった」(全米税制改革協議会のグローバー・ノーキスト代表)など連邦権力肥大への懸念が上がった。だが政権がテロとの戦争を強調するため、不安を覚える国民の間では人権より安全を重んじる声が押し気味だ。
●米国の価値
米憲法修正1条は、言論・出版・集会の自由を保障し、米憲法の最も重要な条項と言われる。米国の価値を体現するようなこの条項が、いま米国民の支持を失いつつある。3日発表の全米世論調査では、「修正1条は権利保護の行き過ぎ」と批判する声が、2年前の22%から49%に上がった。
「『戦時だから人権が制約されている。平時には元に戻る』というが、テロとの戦争は、貧困や麻薬との戦いと同様、終わりがない」。米市民自由連合活動家のアンドレア・マイヤーさん(37)はそう警告する。(ニューヨーク=福島申二、ワシントン=三浦俊章) (2002/09/06)
東アフリカのウガンダ南西の地方を歩くと、砂利道沿いのござに、赤い小さな実が干してあるのに出会う。この国を支えるコーヒーだ。その価格下落が人々を苦しめる。
重債務を抱え、貧困にあえいでいたウガンダは80年代後半から、世界銀行と国際通貨基金(IMF)の指導に従って構造調整を進めた。約20億ドルにのぼる債務の軽減措置を受けて教育予算を増額するなど「アフリカの優等生」と呼ばれた。
ところがいま、再び重債務にあえいでいる。コーヒーの価格が過去2年で60%近く下落した結果だ。先進国の輸入側は情報を駆使し、安い所へと買い先を変える。先進国の指導に従っても結局は先進国の思惑で貧困から抜け出せない。
●自由の欠如
貧困や病気、戦乱が渦巻くなかで、ウガンダを含めた東アフリカではイスラム教が勢力を拡大している。そのイスラム社会が、同時多発テロの容疑者たちを生んだ。 グローバル化に乗り切れないイスラムの本家アラブ諸国の問題点を、アラブ経済社会開発基金などが「アラブ人間開発報告」にまとめ、この7月に発表した。
「急速な技術進歩で世界が大きな転換期を迎えた今、開発を促す公開性や自由化がいっそう求められる」。アブドル・アルハマド同基金総裁は報告書でそう述べた。社会の発展に必要な個々人の基本的な権利や能力・知識の開発に欠かせない自由の欠如を、報告書は特に指摘する。
例えばアラブ諸国の自由度指数はサブサハラ(サハラ以南のアフリカ)よりも低く、世界最低だとしている。中でも言論の独立性・政府の説明責任という指標では、群を抜いたマイナス評価だ。
複数政党制のエジプトでも、選挙で民意が十分に反映されてはいない。アレクサンドリアで6月に投票された国会議員やり直し選挙で、ムスリム同胞団系の候補者が運動員の大量逮捕など露骨な妨害を受け、敗れたのはほんの一例だ。同胞団は暴力排除を掲げるが、政府は政治活動を禁じ、弾圧している。
●被害者意識
同時多発テロの首謀者や実行犯がアラブのイスラム教徒だとされ、アラブ人、イスラム教徒には「偏見を持たれている」という被害者の意識が強まった。この夏、いつもは避暑シーズンを米国で過ごしてきたサウジアラビアの金持ちたちの約9割が、行く先を主に中東諸国に変えた。米国の空港でのチェック時や滞在先で感じる警戒や差別の視線を、嫌ったからだ。
しかし、逆に身内からテロ実行犯を出した「責任」を論じようとする空気は、アラブ社会には薄い。エジプトの大衆紙アクバルのコラムニスト、ハサン・ラガブ氏は「民主主義の欠如や強権支配がこの地域の障害なのは確かだ」と認めつつ、「だが、どれも米国がもたらしたもの。独裁であろうと、米国に忠実な体制なら支えてきた中東政策のつけだ」ともいう。
そうした社会にあって「人間開発報告」はアラブ人が自分たちの地域の「貧困」や「自由」を自省を込めて指摘した珍しい例として注目された。
テロと貧困を結びつける見方には「途上国に責任を負わせようとする先進国の高慢」(ラガブ氏)という反発もある。しかし、9・11をきっかけに、持てる者と持たざる者の格差に世界の関心が向き始めたのは確かだ。(ナイロビ=江木慎吾、カイロ=村上宏一) (2002/09/07)
アフガニスタンとパキスタンで18年間活動する医療NGO「ペシャワール会」の医師中村哲さん(55)の講演は、昨年9月のテロ以降140回近くに上る。
毎年7000万〜8000万円の会への寄付が、この1年は約8億円。国連児童基金(ユニセフ)によるアフガン支援の民間募金でも、日本の「約15億円」は世界全体の3分の1を占めた。一方、テロに襲われた米国への日本赤十字社の救援金も、6万件、22億5000万円(3月末)に達した。
「市民の浄財」をみる限り、アフガンと米国にはほぼ同等のまなざしが向けられている。
「インターナショナル・ムスリムセンター・ジャパン」(東京都町田市)の代表でパキスタン出身のシディキさん(64)は「日本はキリスト教対イスラムと考える欧米とは違う。むしろテロでイスラムへの関心や興味が高まった」と話す。
一方で、朝日新聞の最新の世論調査では、自衛隊の派遣などテロ後の政府の対応について50%が「評価する」と答えた。
「大半の人は『あんな悪いことをするところはやっつけてもいい』という論調に引きずられた」と中村医師は見る。その根幹には「親米的でないと日本は食っていけない、という心情があるのではないか」と言う。
●米に気兼ね
アラビア海で海上自衛隊の補給艦が、米海軍の艦に洋上給油をしている写真が、防衛庁のホームページを飾っている。
米軍に対する給油はテロ対策特措法に基づく「協力支援活動」の一環だ。「テロとの戦い」に対する日本の貢献の象徴として、盛んに宣伝に使われた。だが、実は日の目をみない「幻の給油」もたくさんある。
オーストラリア政府が昨年12月、インド洋での給油を要請したが、日本は今年3月「できない」と回答した。理由は「オーストラリアの艦船はイラクに対する海上阻止行動にも携わっており、特措法の範囲外」。結論を下した首相官邸には、米国に気兼ねする空気が強かったという。その後、フランス、カナダからも打診があったが、正式に要請しないよう逆に頼んで表面化を避けた。
唯一の例外はインド洋・ディエゴガルシアへの自衛艦寄港を許可した英国だが、首相官邸からは給油量を「対米10%」に抑えるよう指示が出た。 オーストラリア政府関係者は「別に燃料がどうしても必要だったわけではない」と語る。「日本がこうした場面で活躍する前例づくりが狙いだった。米国からも促された」と明かす。自衛隊の役割拡大を後押ししたい米国の意図が明らかで、首相官邸の「対米配慮」とのすれ違いが鮮明だ。
●「対岸の火事」
テロ特措法では「協力支援」の提供先をわざわざ「諸外国の軍隊」と規定したが、実態は「対米支援法」の域を出ない。
テロ直後の昨年9月19日、小泉首相が発表した7項目の「我が国の措置」を作った時も、政府内の発想は「対米支援」が支配的だった。最終的に「我が国自らの安全確保の問題と認識して」と、自主的判断を強調する一文が入ったが、背景に同時多発テロを間近に見たワシントンの日本大使館からの強い要請があったという。
洋上給油をホームページで宣伝する防衛庁・自衛隊にしても、日本の安全への切実な危機感はない。関心はむしろ自衛隊の将来の役割拡大に向けた実績作りのようだ。 「9・11」から1年。日本にとってテロはなお「対岸の火事」だ。「裸の一極支配」を強め、最近ではイラクへの「先制攻撃」も語るなど先鋭化が目立つ米国と、どうつきあうか。先延ばしできる時間はあまりない。(社会部・大塚晶、政治部・加藤洋一)=おわり (2002/09/08)
アフガン:米治安部隊が地方展開を検討 治安悪化に対応
【ニューヨーク上村幸治】国連外交筋は30日、米国政府がアフガニスタンの首都カブールに展開している国際治安支援部隊(ISAF)の地方展開を検討していると述べた。米国が同部隊の地方展開に前向きの姿勢を示したのは初めて。アフガンがこれ以上、不安定化すると、対テロ戦争全体に影響を与えかねないと判断した模様だ。
この問題では、アフガン当局だけでなく、アナン国連事務総長や緒方貞子・アフガン復興支援日本政府代表も「地方の治安悪化が深刻な問題になっている」と指摘し、地方展開を強く要請していた。しかし米国は「自国兵士を危険な地域に派遣しようという国はない」と述べ、要請を頭から拒否してきた。
同筋によると、米国は今週初めから同問題の再検討を始めており、機動部隊を作って地方に迅速に展開できるようにする案や、マザリシャリフなど一部の拠点都市だけに部隊を派遣する案などを考えているという。
ISAFは安保理決議に従って首都カブールに限って派遣されている多国籍部隊。部隊を地方に拡大する際には、新たに安保理決議を採択する必要がある。
[毎日新聞8月31日] ( 2002-08-31-13:35 )