宗教と平和
教義と慈愛と不殺生

 光文社新書「99.9%は仮説 思い込みで判断しないための考え方」の著者の竹内さんが、本書の中で「わたしは、『人殺しをしてはいけない』という戒律を破ってしまっている思想活動に対し、宗教という言葉は使いません」と書いている。
 人殺しをしたり、許容するものは宗教ではないというのである。この言葉は、地上に戦乱が絶えず、その上宗教の名において行われる戦争が多く、また、自国の戦争を黙認し止めようとしない宗教が多い現実の前で、非常に重たい。
 どの宗教も、愛や慈悲を説いている。神や仏は私たちを愛し、慈しみ、私たちの幸福を願っている。どの神仏も私たちの不幸を願いはしない。神仏は、私たちが幸福であるようにと愛と慈悲を注がれるのである。
 私の敬愛する高見三明大司教は
 −「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださり」(マタイ5:45)、「恩を知らない者にも悪人にも、情け深い」(ルカ6:35)方です。そしてこの愛の神は平和の源なのです(ローマ15:33、16:20、第二コリント13:11参照)。だから、あなたがたは、この父のように完全な者、憐れみ深い者になるよう努めなさい(マタイ5:48、ルカ6:36)。−
 このように書かれている(キリストの平和の心で−「戦後60年平和キャンペーン」に寄せて−)。
 これは大日如来の遍照や、親鸞聖人の悪人正機説を想わせる。
 また、高見さんは次のように書かれる。
 −イエス時代のユダヤ人社会にもさまざまな差別がありました。たとえば、異教徒を汚れた者とみなして排除し、サマリア人を異教徒のように軽蔑し、彼らと交際しませんでした(ヨハネ4:9)。イエスは、「サマリア人」(ヨハネ8:48)呼ばわりされましたが、たとえを用いて、目の前で苦しんでいる人が自分を軽蔑する人であっても愛を示したのはサマリア人であったと教え(ルカ10:30−37)、不治の病を癒されてイエスに感謝したのはサマリア人であると指摘しました(ルカ17:11−19)。また、近づくことさえタブーだった重い皮膚病の人々に「手で触れ」、清くしました(マタイ8:1)。さらに、徴税人や罪びとと呼ばれた人々と食事をともにし、ご自分が来たのは罪人を招いて救うためだ、ということを示されました。−
 異教徒であろうと、自分から見て排他すべき人々であろうと、キリスト様にとっては、幸福であるべき人々であったのである。
 釈尊(お釈迦さん)も同様であった。空海大師も同様であった。賢き先人たちは、人を選ぶということがない。誰それは幸福になるべきで、誰それは不幸になるべきということがない。
 釈尊は、人々が蔑む底辺の人々をサンガ(教団)に迎えた。元盗賊、娼婦、同じ夫に二人の妻として仕えることに苦悩した女性、国王に殺されようとした家臣、その他大勢の社会から排他された人々を迎え入れた。そしてだれでも涅槃が得られると説いた。
 最澄大師や空海大師も同様である。あらゆる人々が、戒壇を受ける資格のあることを認め、空海大師は、食事と教材を支給し、誰でも入学でき修行できる学校をつくった。その精神は、生きるもの全てが幸福になれるという信念で貫かれている。それは、太陽の光が選別することなく誰にも降り注ぐことに比喩される。
 このように、世の聖人は皆、人々を差別することなく分け隔てなく、幸福であることを良しとしている。
 現在の、「お遍路文化」はどうであろう。
 東洋人も、白人も、黒人も、裕福なものも、貧困のものも、弱者も強者も、だれでも遍路をする歩くのは同じ命である。生まれも、地位も身分も、環境も、出自も素質も、過去も何も問われない。あるのはただお遍路さんとお遍路さん、お遍路さんと接待者としての出会いである。。同行二人は人を選ばない。
 あらゆる人が、お遍路さんとして、お大師さんと天地から生きることの善を祝福されている。
 このようにして宗教とは、決して排他しない分け隔てのない愛し合う営みであるということが分かる。
 
 さて、仏教の中でも初期の釈尊の仏教、また、空海大師の仏教においては、教義と平和・慈悲の問題はどのようであったか。
 その前に、空の議論を少し考えたい。(空といっても、全てをゼロから考えるという意味での空である。存在的空や認識的空・意味的空は他で考えたい)

 最古の経典スッタニパータの中でも、古いといわれる第四章には、十六の話があるが、その内の六は見解の不用を説き、二は論争と闘争の不毛を説く。
 特に、第九話の、マーガンディアでは、彼が釈尊に問う。
 「あなたは、諸々の勝者が求めた女や宝を求めないのであれば、どのような戒律、道徳、生活法を、またどのような生存状態に生まれることを説くのか」と。それに答えて、釈尊は「私はこのように説くということがない(837)」、「教義や学問や知識や戒律や道徳によって清らかになるとは説かない(839)」と説く。
 これは一見奇妙なことであるがその深意は何か。
 釈尊は、懐疑論から出発したという議論がある。そして、この偈の内容と、何度も何度も「見解(ditti)」を否定する説教は、何を意味するのか。確かに釈尊は、解脱を説くが、その方法は、「高邁(特別)な思想(見解)に没頭することではなく、自分の欲望に事物が汚れていくことを止め、欲望に塗れたものに執着しないことによって平安を得ること」である。「自分を走らせる(欲望の)矢を抜き去ること(第十五話)」である。
 逆に言うと「平安であること(涅槃nibbaana)以外は問題でない」のではないか。そして「論議は却って論争・戦争の元となる」のではないか。
 マーガンディアが釈尊に対して「教義、学問、知識、戒律や道徳のどれによっても清らかになることがなく、それらが無くても清らかになれるというのであれば、それは愚かな教えである」と釈尊を問いただすと、釈尊はこのように言う。
 「あなたは、見解に頼って尋ねるから、あなた(の考えや欲望)に捕らわれるがままに迷妄に落ちるのです。あなたは私が得ているこの平安の想いを観る(窺い知る)ことがない」と。(正しいと思っている見解の延長線でしか思考できないということと、欲望に捕らわれているということと、あらゆる見解を仮説として、全てを仮説だと白紙に戻した上で、私の平安の境地を観るならば、転倒夢想であることが分かるだろうというのか。)
 ここで、分かる人にはすでに何かが到来し、分からないものには何も到来しない。それはやはり、他の意見を分かろうとする柔軟性であり、見解と価値観の解体と構築の融通無碍性だろうか。
 他所において、釈尊は見解には必ず高慢が伴われるという。「あなたの方が『優れている』『劣っている』『同じである』という想い」によって迷うと。また、名称には必ず好みと嫌いと、貴賤、上下、善し悪しが伴う。また、所有には支配欲が伴う。それによって迷妄があると。
 釈尊は「気をつけて」それらを回避せよという。欲望が諸物を覆い、欲望に覆われた諸物が私たちを苦悩へと引き連れて行くというのである。それらを離れて、平安(涅槃)をこそ保てという。

 最初に「殺人を説く宗教は宗教ではない」と断言した竹内さんは、「世の中ぜんぶ仮説だ」という。私たちは何かを正しいとしながら生きなければ一歩も踏み出すことはできないが、右足を前に出せば歩けるというのも仮説であるとの意味のことをいう。私たちの脳の中は仮説だらけだ、「常識、前例、先入観、固定観念・・・などなど正しいと思っているものは疑え」「実は仮説だ」という。特に他者を観る時、話が通じないのは自分も他人もそれぞれが自分の仮説でものを考えているからだという。そういえば、議論は止めて、いっしょに握手したり、いっしょに物を運んだり、いっしょに遊んだりすると、分かり合えたような気がする。仮説ではなくて事実が人と人を結びつけるのだろうか。逆に議論すればするほど遠ざかることがある。
 
 釈尊の、見解や見識、教義や戒律に頼らない態度は、分からないものに頼らず、明らかなものに依拠してより大事な「平安」「お互いの平安」を求めているように思われる。

 弘法大師は、「他人の腸を見ず」つまり、他人の考えていることは分からないと言った。そして、戒律を三聚浄戒と十善戒(三摩耶戒)に絞り簡単化し、その理由はというと、ただひとつ、
「一切衆生を観ること猶し己身の如し(観一切衆生猶如己身)」とした。
 他人を観る時、自分の身に当てはめてみなさい。ならば、他人を傷つけることなどできないでしょうというのである。簡単明瞭、問答無用である。ここにも何か見解不用の世界がある。
 見解に見解を重ね、どこまでも是非をつきつめていくことは、世界を白と黒に決定していく作業に似ている。世界を分かりきろうとすることは、世界を白黒で固め、善悪で決めつけ、遂には他人を善悪で色分けし、他人の住む場所を奪っていくことかもしれない。突き詰めつつも、仮定の世界であることを謙虚に想い、仮説を常に疑い書き換える活動こそ、平和の人(涅槃の人)には相応しいのではないのか。
 対立ではなく、分かり合えること。弘法大師が戒律の根底に「他を自と思うこと=他者理解=思いやり」を据えたのは偶然ではなく、釈尊からの仮説の伝統であったろうか。その懐疑と、見解の不用と、仮説の伝統こそ、可塑性であり、縁起であり、無自性空、成長変化可能性ではなかったか。