ブッダ再来 pdfファイル
宝物館拝観にて見れます。入場料大人200円中学生まで50円
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ブッダ再来
選欲知足 戦争放棄
人の痛みを知り喜ばれる喜びに生きる
皆一緒の大安楽
スニータ長老 第620偈
わたしは、賤しい家に生まれ、貧しく財乏しく、わたしは、稼業が卑しくて、不浄物の清掃者であった。
人々に忌み嫌われ、軽蔑され、罵られたが、わたしは、心をひくくして、多くの人々を敬礼した。
ときに、わたしは、正しくさとった人にして偉大な雄者ブッダが、修行者の群れにとりまかれて、マガダ国の首都に入ったのを見た。
わたしは天秤棒を捨てて、ブッダを敬礼するために近づいた。人々の最上者は、わたしいつくしを慈んで、立ちどまっていた。
師の御足に敬礼して、一方の側に立ったとき、わたしは、あらゆる生きもののうちの最上者にたいして、出家したいと願った。
そこで、あわれみ深い師・あらゆる世間の慈愛者は、「来なさい、修行者よ」と、わたしに告げた。これが、・わたしの受戒であった。
アングリマーラ長老 第866偈
アングリマーラ望ロった「道の人よ、あなたは歩いでいるのに、自分は立っている』と言い、また、わたしが立っているのに、『立っていない』と言います。道の人よ、わたしは、あなたにつぎのことを問います。『いかなる理由で、あなたは立っているのに、わたしは立っていないのか?』と」
ブッダは答えた「アンダリマーラよ、わたしは、つねにあらゆる生類にたいして、苦心をすてて立っている。しかるに、そなたは、生類にたいして苦心を抑える心がない。それ故に、わたしは立ち、そなたは立っていないのである」
アングリマーラは言った「ああ、長い間、わたしの尊敬する大仙・道の人が、大林に入られた。真理にかなったあなたの詩句を聞いて、そのわたしは、千の罪悪を棄てよう」
このようにして、盗賊のわたしは、刀と武器を穴や崖や奈落に投げすてた。そして、盗賊のわたしは、幸福な人ブッダの御足を頂いて敬礼し、その場で、ブッダに出家を願った。
ウッビリー尼 第51偈
ブッダは語った「なんじは、『娘よ、ジーヴアよ』といって、林のなかで泣き叫ぶ。ウッビリーよ、なんじ自身を知れ。同じ名前のジーヴアーと呼ぶ者、すべて八万四千人のだび娘が、この葬場で茶毘に付されたが、それらのうちのだれを、そなたは悼むのか?」
ブッダに向かって答えた「ああ、あたは、わが胸にささっている見難い矢を抜きたもうた。あなたは、憂いに沈んでいるわたしのために、わが子の死を憂える矢を除いてくださいました。
いまや、わたしは、矢を抜きとられ、無欲のものとなり、円かな安らぎをえました。わたしは、聖者ブッダと真理の教えと修行者の郵い(サンガ)に帰依いたします」
もと遊女であったヴィマラー尼 第72偈
わが身の容色と幸運と名声を誇り、かてて加えて、年の若さをたのんだわたしは、他の女性たちを見下していた。
愚かな男たちに言いよられるこの身を美しく飾って、わたしは、網を張って獲物を待つ猟師のように、娼家の門に立っていた。
秘密に、あるいは露わに多くの飾りを見せ、多くの男どもを嘲笑いつつ、さまざまの妖じゆつ術を行なっていた。
そのわたしが、いまや、頭を剃り、重衣をまとって、托鉢のために出かけ、そして、なんらの省察作用もおこさぬ者として天界と人間界のすべての軛を断ち、樹の下に坐っている。
すべてのけがれを捨てて、わたしは清涼となり、安らぎを得ている。



静寂大安楽



成道


戦争放棄
選欲知足
皆一緒
マイク・ロビンソン(イラク戦争の帰還兵)
イラク喧騒アメリカ軍帰還兵の話
 アメリカ軍は、女性や子供までも相手に戦争をしています。
 ファルージャ市の武装勢力の活動を描いたとしてイラクで配布されているCDには機関銃らしいものを持つ子供の映像がありました。
 マイク・ロビンソンさんは、子供が攻撃してきた事件があったと話してくれました。
 マイク・ロビンソン
 「バラド基地の正面入り口で警備をしていた時です、幼い少女が門に向かって歩いてきた、7歳の少女です、通訳が、止まれ、とイラクの言葉でいった、少女は止まらない、どうしたら良いのか?「止まれ」と言って止まらない子供は、射殺するしかないのでしょうか?命令が下り、彼らは7歳の少女を射殺した、調べると彼女の胸に爆弾がつけられていて、服で隠されていた。お父さんが娘に自殺攻撃をさせた。5人の兵隊がそこにいた。お父さんが娘の命よりも米兵の死を望んだ…。射殺してしまった…。命令されたのが私でなくて良かった。」
 ジェイソン
 「戦場に行ったことのない人は、正当防衛だ、と言うと思うよ、しかし、殺さなければ殺されていた、と言われてもどうにもならない」
 マイク「イラクでは人間性が踏みにじられてしまった」
 ジェイソン「子供を殺した事実は忘れられない、爆弾がつけられていたとしても忘れられない」
 マイク「5人のためだとしても辛い」
 ジェイソン「それで罪の意識を持っている」
 マイク「どうしたら良いだろう、頭を離れないことがある、気になってしかたがないのは、なぜ少女にそんなことをさせたのか、私にはサラがいるから親の気持ちがわからない、その少女もかわいかった」
仏に帰依したひとびと



F転法輪 同行を歩む
苦の存在の解決〈非闘争〉ブッダのいう悪とは苦しみを起こすもろもろの欲望に従うことである。善とは楽を増大するもろもろの行いである。
欲望の矢を抜く〈絶対自由〉縁起・空を体感し突き上げる欲望を制御する。
平安を楽しむ〈知足と親和の楽〉ブッダの目指す所は、闘争・反目・その原因としての自己保存の欲求を乗り越えての、「皆一緒」に生きる自己充足の安穏であった。(石手寺発行仏教参考)


Gサンガ 皆一緒
ブッダの所へ多くの悩み持つものが来た。以下修行僧の言葉
H寂滅 永遠に一緒
製作中
製作中
Iアショーカの帰依
生きるもの全ての幸福へ
製作中
@誕生 生まれる
紀元前5世紀のインド。16の国が、二大強国のコーサラとマガダに征服され、滅亡あるいは奴隷となってカースト差別が進み人が人を虐げる時代である。その中にコーサラ国の勢力内にシャカ族があった。ブッダはシャカ族の王子として生誕した。名はゴータマ。
伝説では白像が運びマーヤー婦人はルンビニーで産んだ。その後、アシタ仙人はゴータマの将来を予言する。「この子はやがて力によって世界を制圧するか、あるいは理法によって世界を平和にする」と。

A欲望と快楽 食う寝る遊び浮かれ沈む
伝説ではゴータマは春夏秋冬の宮殿を与えられ、夏は涼しく、冬は暖かな部屋に住み、飢えることなく御馳走に満たされ、美女に囲まれ、心地好い音楽、芳香、快楽に包まれていたという。
ブッダは言う。「欲望をかなえたいと望んでいる人が、もしうまくいくならば、かれは実に人間の欲するものを得て、心に喜ぶ。しかしもしも欲望をはたすことができなければ、彼は矢に射られたように、悩み苦しむ」

B生存闘争 生きにくさと争い
ゴータマは、シャカ族を率いる弓の名手であったという。そしていつかゴータマは戦場に行く運命だった。
ブッダは言う。
「武器を手にして人を殺そうとした時、私は恐怖でふるえた。人々は生きるために互いに反目しぶつかり合い闘争している。その時である。私は人々の胸を貫き人々を欲望へと駆り立てる見えない矢を発見した。その矢を抜いたなら、人々は走り回ることもないし、悲嘆に沈むこともない」
C勧誘と選択決断 進路を選ぶ
マガダ国王のビンビサーラは、ゴータマに言う。「私の精鋭の軍隊と財宝をおまえにやろう。私の先陣となり世界を手に入れよ」と。
ゴータマは答える。「私は出家をしました。欲望をかなえるためではありません。もろもろの欲望には患いのあることを見て、欲望を離れることこそ安穏であると見て修行します。私の心はそのことを楽しんでいるのです」
製作中
D苦行
ゴータマは人間の苦るしみ、闘争、はかなさ、について考えた。ゴータマは修行者の群れに飛び込み、転々と諸賢人の許で修練する。またもろもろの人々と出会い人生経験を積んで行った。
人間がなぜもろもろの苦しみを受けるのか。人間はなぜ戦争をするのか。他人を恨み痛めつけるのか。飢え苦しみ生存闘争に明け暮れ他人を踏みつけるのか。満足しない貪欲。対立し闘争する恨み怒り。無知と他人の痛みへの無関心。傲慢と不信。
その根底には人間の欲望があることをつきとめる。心の深奥に潜む見難い矢を発見する。
そんな時、6年の苦行の末に菩提樹の下でスジャータにもらうお粥は、ゴータマに人々とともに親和する敵対のない安穏な境地をもたらした。それは言いようのない至福の境地であった。闘争なく他者と一緒になって生きる。

製作中
E克己覚悟
しかし、また魔物が襲ってきた。
快楽をむさぼれ。財宝をためよ。自分をまもれ。わが一族の為に戦え。敵を滅ぼせ。
そして、欲望と恨みと敵対を乗り越えた時、次の魔が来た。
私こそがすぐれている。皆のもの、我を尊敬せよ。
ゴータマは傲慢を乗り越えた。そして次の魔が来た。
私はこの覚りを独り占めしようか、それとも人々と分かち合おうか。

鍛冶工の娘スパー尼338
銀あるいは金は、さとりに役立つためでもなく、寂静をうるためでもない。これは、道の人にとってふさわしいものではない。これは、聖なる財ではない。
これは、食欲、酔狂、迷妄の根元であり、塵を増すものであり、疑惑と多くのわずらいをうむものである。そこには、なんらの堅固さも、安定さも存在しない。
人々はこれを楽しみ、これに憑かれ、心がけがれて、互いに反抗し合い、罵倒し合う。
殺害、捕縛、困窮、損失と悲憂・もろもろの欲望に溺れた人々には、そのような多くの災難が見られる。
わたしが出家して、もろもろの欲望にたいして、恐れを見ている者であることを知れ。
もろもろのけがれは、黄金によって断じつくされない。もろもろの欲望は、敵・殺害者・仇敵・矢・牢獄である。
武器を手にした時、私は恐怖でふるえた。人々は互いに反目しぶつかり合い闘争している。

その時である。私は人々の胸を貫き人々を欲望へと駆り立てる見えない矢を発見した。

その矢を抜いたなら、人々は走り回ることもないし、悲嘆に沈むこともない

最古のお経
ブッダとは人間ゴータマが覚って後の呼称である
ブッダとはインド語で「悟った、分かった」の意味である
では、何が分かったのか。一言でいうなら生きる意味である
人間にとって生きる意味が分かるとは、生まれてきて良かった、死んで悔いはないということではないか
私たちが、栄光の人生を目指すにせよ、隠遁の安穏な人生を目指すにせよ、ブッダの生きざまと思索は、私たちに生きることの根底を明示する
この要を押さえるなら、私たちは他人を傷つけることなく、最大の幸福を得られるのである