2008-06-11 ビルマ難民キャンプスマトラ救援
_ 弘法大師お大師さんは偉大な人と言われます。その偉大さは人を見捨てない所ではないでしょうか。先日も悩み相談に電話が入いりました。そして今晩泊まる所がないというのです。六百円しか所持していないというし、こちらも困ってしまいます。お遍路さんならお泊めするのですが、見ず知らずの人に突然このように言われても途方に暮れるばかりです。
結局は追い返してはならないというお大師さんの教えにしたがって一宿一飯を用意しました。お四国遍路はこのようにして綿々と続いてきたのですからと想いながらいたしました。
お大師さんが今も四国の山野を歩き続け、人々の救済をしているということはこのようなことを言うのでしょう。
さて、六月十五日はお大師さんの誕生日。もしもお大師さんが今日の世界を観るならどのようにされるだろうかとの想いもあって東南アジアの地震災害の救援を始めて四年目になります。_ スラムの体験
_ 二十数万人が亡くなったというスマトラ大地震の救援を始めたのは、私としては戦争の反省とスラム街の経験が基底にありました。大学の時、東九条という京都のスラム街で子どもたちと遊んだ経験があります。その経験はスラムという過酷な現実を身近なものに感じ、自分の育った環境がいかに恵まれたものであったのかということを深く思い知りました。自分が当たり前と思っていたことは実は当たり前ではなく、大変恵まれた状況だったということです。
家がある。子どもの部屋がある。夕飯がある。親が落ち着いている。お小遣いがもらえる。そんなことは世界的には当たり前ではありません。
自分の部屋があって、食事に困らなくて、エアコンがあったり、塾に行けたり、親が暴力を振るわなかったりということは、当たり前のことではないのです。
環境がよければ良いという言うわけではありません。しかし、決定的に悪い時には、体も心も歪むことが多いでしょう。お大師さんもそのことに言い及んでいます。環境を整え、勉学の機会を平等にし、そして心を修練しなさいと説いています。
_ 戦後六十年
_ 貧困やスラムの問題だけでなく、戦争や国家の抑圧の問題もあります。四年前は折しも戦後六十年でした。石手寺にはビルマ戦没者の慰霊塔であるパゴダもあり、硫黄島の戦死者追悼碑もあります。
アジア太平洋戦争では二千万人以上の人が死んだといいます。人間が人間を殺すのが戦争です。平和であれば死ななくて良かった人々です。
私たちはアジアで友だちをつくり合い、お互いに親しくなれば戦争はしないと確信します。親しくなく敵意を持つから戦争が起こるのです。日頃から行き来をして、助け合いをして、親しい友だちを想像できるならば、爆弾を投下することなどできないはずです。
アジア太平洋戦争は防衛の面もありますが侵略の戦争でした。深く反省し、武器を用いない新しい世界平和の営みをする必要があります。そんな想いで、多くの僧侶方にも参加して頂き震災の救援活動を始めたのでした。
二〇〇五年四月に始めてタイの南部のナムケンという街に行きました。漁港であり鈴の積出し港で津波では四〇〇〇人が亡くなりました。近くのパクウィーブでは少数民族のモーケン族が村ごと壊滅していました。私たちは両親を亡くした子どもたちの学資支援と学校の支援を始めました。また、ナムケンには多くのビルマの出稼ぎ者や難民が暮しており、彼らの子どもは学校に行く機会がありませんでしたので学校の支援をしました。校舎となる家の家賃と備品の提供です。
そして今回、五度目の訪問と支援をしました。今回は、ナムケンのビルマ人子ども学校のリーダーの移動にともないメーソットにも行くことになりました。メーソットはバンコクの北、六〇〇キロにあるビルマとの国境の街です。リーダーはその近くのビルマ人難民キャンプに居るということでした。
_ ビルマの難民キャンプ救援
ナムケンで約百人のビルマ人の子どもたちの学校(食事の支給と語学の教育)を始めた女性リーダーは少数民族の援助をしたということでパスポートの延長がならず、難民キャンプに入っていました。友人の仲介で彼女と会えるというので、私たちはバンコクから六〇〇キロのメーソットに行きました。
電話をすると今から私たちのいるゲストハウス(安宿)に来るといいます。二十分後私たちは再会しました。「ハロー」「サワッディーカー」本当はカレン人ですから「ニレゲ」と挨拶します。
難民キャンプに収容されたと聞いていましたから二度と会えないかと思っていましたので、感動的でした。そして私たちは彼女のまた友人のはからいで難民キャンプにも行きました。
このキャンプには約二万人が住んでいます。彼女は言います。「ナムケンの子どもたちはまだましです。ベターです。ここの子どもたちはキャンプから出ることもできないのです。もう三十年間もここに住んでいる人もいます」。
私たちは案内されてずっと奥の集落へも入りました。驚いたことにインド人もいます。彼らの集落はみすぼらしいものでした。ほこりっぽく、家は崩れかけていて小さなものが多く、衛生的にも良くない状況でした。
家々は所狭しと林立し、遊び場もなく、住むのが精一杯という環境です。家は山の急斜面へとへばりつきながら頂上へと伸びていき、遠い所は何百メートルも急斜面を歩かねばなりません。
当然、検問所があり村人は自由に出入りできるわけではなく、許可が要りますし、一般のものは許可されないということでした。
名前をまさとしと名乗る日本語のできる青年が言いました。「本国ビルマへ帰った人もいる。一家は軍隊に殺された」と。
少数民族のカレン人やインド人やムスリムの人もいます。彼らは帰る所がないのです。国が彼らを守るのではなく追い出し、帰れば迫害するということです。
彼女は言います。「二年以内にはアメリカかどこかに亡命して、国籍を得て、そしてまた戻ってきて人々を助けたいと思っている」と。
彼女は子どもたちの遊び場をつくりたいといいました。私たちは、そのための資金援助しました。また、メーソットの学校の援助をしました。
_ ビルマで戦争反省し平和を祈る
まさとしが言います。「日本の兵隊は多くのビルマ人を殺したが、その後日本に帰った。そしてまたビルマにやって来て学校を建てたりいろいろな援助をしている人がいる」と。「彼らは戦争を後悔して来ているのだろうか」と問うと「そうだ」と答えました。またメータオ・クリニックという病院に行きましたが、「ここは無料なのか」と聞くと「フリー(無料だ)」と答える老人がいました。彼も「もと日本兵がやって来ていろいろな援助をする」と話しました。
メーソットの街には今も当時の日本兵が住んでいると聞きました。戦争の記憶や傷跡は今も残っていました。
私たちはタイとビルマの国境の橋の上で戦死した人々を悼み、またビルマの軍政で殺された人々を悼み、ヤンゴン地域でのサイクロンで死んだ人々を悼み、世界平和を祈りました。
_ スマトラ大地震救援
次に私たちはナムケンの街に向かいました。ここは私たちのグループは五度目の訪問です。
約二十人の親を亡くした子どもさんの援助に回ります。行く先々で子どもたちは私たちを覚えていて笑顔で迎えてくれました。
娘といっしょにバトミントンをして楽しんだ子。当時は小さかったのに四年間でお父さんより背が高くなった子。当時は船の手伝いをしていたが今はホテルに勤めバイクを買った子。彼には就職祝いを渡すと彼は涙していました。
しかし、両親を亡くした女の子は祖母さんと二人暮らしで収入が全くなく、家は空っぽで服も汚れ、文房具と学費を渡しましたが祖母さんは字が書けず彼女が書きました。日本でも貧困が問題ですが底の知れない貧困の淵を垣間見たようでした。
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