衛門三郎 再生の石  四国遍路  









派遣切り弱者切り捨ての時代に

衛門三郎再生の石 別名七転八起・不屈の精神・意思力の石

 衛門三郎は言わずと知れた最初の四国遍路者である。その話は代々石手寺に巻物として伝えられ次のくだりで始まる。
「昔、荏原の郷に衛門三郎というものありけり。その人の性たらく強欲非道・・・仏を嫌う悪人なり・・・」
 その強欲非道の彼が子を失う悲しみから四国を遍路し、遂には弘法大師の許しを得て『人を助けたい』と願うに至るのである。そして彼が握っていた石は石手寺の宝物とされ「再生の石」とし宝物殿に祀られている。
 今日、この再生の石を世に問いたい。というのは、昨今耳にするのは国家や大企業の横暴である。横暴といってもそれなりに「生き残りを懸けて」なりふりかまわず金儲けに走っているということである。そして、派遣社員やパートやアルバイトという使い捨ての仕組みをつくって人々を窮地に追い込んでいる。
 同じ労働をしても派遣社員はいつでも首切りができる。同じ人間に片方は「正社員」と名付け片方は「派遣」と名付け、派遣は始めからいつでも首切りできる仕組みである。
 要するに、こんなことで多くの人々が疲弊して自殺したり家庭崩壊したり、野宿生活者になっている。
 眼を開いて街を歩くものであるならば、困窮者がこの寒空に凍えながら聞く世間の声が冷たいのを感じる。
 当山石手寺にも、「何年も屋根の下で続けて寝たことがない」という人々が少なからず泊まっている。年末年始のお正月を物心両面で暖を取れなかった人々である。
 悩み相談に来る若者も「仕事はどうしている」と聞くと「アルバイト」とか「非正規雇用」と答え、「今後どうするの」と心配すると「別に考えていない」と答える。一昔前なら、「どこか紹介してください」と頼まれたものだが、今は彼らはあきらめているのである。
 今の若者は「職」も「結婚」も「並の生活」もあきらめている。
 こんなことで良いはずはない。政治も、社会も、考え方も変わらなければならない。
 そこで、衛門三郎再生石にあやかって
「七転び八起き再生石」
をつくった。そして本堂の左の韋駄天健脚天の処に置いた。この石を持って帰れば、再生するというのである。石手寺には古来、子宝石がある。子宝石を持って帰ると不思議と子供が授かると言い伝えられてきた。同様に「再生石」を持って帰ると、仏心共に生き返るというのである。やはり政治が良くなり世の中の仕組みが良くならないと個人の努力だけではどうしようもないだろう。しかし、七転び八起きである。心が負けていてはどうしようもない。取り敢えず石を持ち帰り、意思を堅固にして欲しい。
 石の隣には「短冊」を置いた。
「七転八起」



「意思力」

である。石といっしょにこの負けない不屈の七転八起と、強い意思を持って帰ってほしい。そして生き返る日をあきらめずに見つめて窮地を凌ぎ再生して頂きたい。
 そしてうまく行ったら石を七つ足して八つにして御礼参りしてほしい。つまり七転八起した証である。その石はまた遺志を継いで意思力となって人々に引き継がれ人を助けていくに違いないと思う。
 それこそ、強欲な衛門三郎が努力して得た「人助け」の再生の心であろう。

 今年の短冊は世直し平等心である。
 この心は、先ず、平等の心を持とうということ。みんな同じ人間だということを思うことである。先述した通り、今の企業や政治家にはこの心がない。この意味では再生すべきは彼らである。
 衛門三郎の家は富み栄えていたという。確かに企業家や世間で成功している人々は努力家が多いかもしれない。そして彼らは自業自得を楯にして寒空に凍える人々を無視する。それどころか努力が足りないと見下して派遣切りする。
 まさに、千二百年前、ひとりのみすぼらしい汚き乞食が衛門三郎の家の前を通りかかった。乞食は「今晩一夜で良いから泊めてくれ」と乞うた。しかし、衛門三郎は追い返した。彼は働き者で連日の労働に疲れていたかもしれない。子煩悩で見ず知らずの異邦人を家に泊めるのが恐かったかもしれない。あるいは以前泊めて泥棒にあったかもしれない。
 理由は何であれ、彼は乞食を追い払った。これは現代の富む者たちに幾分かでも共通しないだろうか。その追い払う心が私達にないといったら嘘になるのではないか。
 先ず私達は、

「みんな同じ人間」

の心を持ちたい。これは簡単なことではない。みんな生活が苦しい方向に向かっている。生き残りを懸けねばならないと思い始めている。しかし、その努力は弱者を排除する方向に向かってはいないか。
 衛門三郎は改心して「人助け」したいと思い始めるのである。このままでは私達の子孫が傷つくことは目に見えている。子供の内の誰かは路頭に迷うだろう。
 傷ついた衛門三郎は、自分の子の痛みを通して他人の痛みを知ったに違いない。みんな同じ痛みを持った人間。みんな同じ心を持った人間。人に役立ちたいし、人の幸福を願いたいと思っている。その心に立ち戻りたい。

 そして、次には、努力が報われる世の中を回復しよう。今の世間は人間不信、不信頼の世間である。人が人を信頼していない。だから取って摂って取り逃げなのである。与えれば戻ってくるという布施の心は枯渇している。特に真面目な人間、努力する人間、上に立つ人間、権力を持つ人間には信頼の心、布施の心がなくなっている。
私の好きな言葉

不屈の精神

 高校生の時に好きだった言葉。ローマ帝国は不屈の精神によって成立したという先生の言葉に触発された。ちょうど何かに挫けそうだったからである。
 たぶん友人ができない寂しさであったろうか。人間関係は難しい。先日も障害を持つ女性が悩み相談に電話をかけてこられた。
 「自分から声をかけているのですが、話を聞いてくれません」というのである。親もいつも愚痴ばかり聞くのは嫌だといって聞いてくれないという。
 話を続けていると、自分をしっかりと受け止めてくれる人が欲しいということのようであった。私を常に注目している人が居てほしいというのだろうか。親の愛をしっかりと受けて育ったなら、どんな時も見捨てられないという安心感の上に生きていけるという。そして生涯一人で生きるなどというのは誰にもできないだろう。誰かに好きになってもらったり、注目されたりして自分を安定させながら生きるというのが誰しもの生きかたであろう。
 そして、愛だとか家庭だとか言うよりも、私のことを心配してくれる人が居るのか居ないのかということが重要なように感じた。私達人間は、人から視線を受けて生きる生き物である。誰かに心配してもらったり、誰かに大事に思われて生きるのであろう。
 そんな寂しさの中で、寂しさのエネルギーを勉学に傾けた時代が有ったように高校時代をふり返る。そして、そんな時、「不屈の精神」という言葉に助けられたのであったろうか。

人事を尽くして天命を待つ

 『為せば成る為さねば成らぬ何事も、
成らぬは人の為さぬなりけり』
 これは上杉鷹山の言葉である。
やればできる。やらなければできない。「できない」というのは、やらないだけだ。というのだ。
 私も、これぐらいバシッと言い切りたいものであるが、ちょっと気が引ける。私は弘法大師は「可能性の人」と呼ばせてもらっている。弘法大師、お大師さんは常に可能性を見つめた人である。光明真言というのがあるが、その光明を見続けた人である。
 「もうダメだ」とか「私はできない」という前に「何ができるか」を問い、できることがある限りそのことを追求する態度である。ならば、必ず私達には何かできることが在るはずである。それを希望にして光明を信じる限り、私達の心身が共鳴して幸福がやって来るというのが弘法大師のお考えであり生涯を通しての行動であった。
 その考え方は、やればできるというのとは一味違う。確かに自分に対してやればできると言い聞かせて頑張ることは有意義である。しかし、他者に対してやれば何事もできるというのは勝者の驕りとなり、弱者を見下し排除することとなる。同様に、自分を追いつめ、完璧を期するばかりに少しの失敗や成果の多寡に一喜一憂して頑張る力を削ぐのである。
 私は大いに努力して、その後は運に任せるというのが好きだったし、今も好きだ。言うからにはそれ相応の自分を誉められる努力が求められるのは当然である。しかし、そのことで自分の首を絞めてはならない。努力した自分を誉めて、そして結果は天に任せるのである。
 力の不相応は仕方ないことである。そうすれば一所懸命に行う努力を認め、失敗にめげず努力を継続できることとなる。そして互いの努力を誉め、結果を許し合い、先へと進む力となる。その先とは「みんなの幸福」であることは言を待たない。