宗教者九条の和にご賛同ください 
拝啓
お便り申し上げます。
 秋冷肌を涼し、澄月満ちて闇を照らす積学積徳順風の候。
 自問反芻熟考のうえ、留め難い念が在り、雑文を添えてお願い申し上げます。
 2001年の9月11日の事件より、俄に世界はせめぎ合いの世界に様相を変え、心も騒ぎ、世界は暴力を拡大しています。此世、貧困と圧政を根底として、テロなどの暴力を生み出し、暴力は怨恨と復讐の連鎖を生み、世界は闘争無慈悲の世界へと転がり堕ちているように思います。
 お釈迦さんは、自身の煩悩の矢を抜き、名利を離れ、自己に安穏を確立せよと教えられました。我が師であるお大師さんは、闘争なく生きるものがお互いに輝き合う為に我が一歩を印せと教えられました。
 まず、自身の利欲に囚われるなと諭し、次には、他の生き物を見る時、自分に当てはめ自分の如く観よと説かれ、母が一人子を大事に思うように他人の事を考えよと説かれました。どう考えてみても、現在、この世で起こっている事は悲惨が多く堪え難く、悲痛に堪えません。
 弱肉強食優勝劣敗の世界は過去のものと思います。世界において国において、利己の煩悩欲望を整え、不殺生の実践を説く時節が到来しているものと信じます。
 何より、得度者として釈尊の弟子として弘法大師の弟子として宝灯の弟子として、自ら刃を取ることは犯戒であります。不殺生の道を世界に対して訴え、不殺生の生きる道を自ら成し遂げなければ、自分自身の戒さえも守れない事は歴史が証明しています。
 今、国の方針が大きく転換しようとしている時、この時節に私は生を受けました。憲法九条は仏者の悲願と先師は言われました。そして私は、弘法大師はどのように言われるだろうかと再三問いました。今九条が無ければ、イラクにおいて自衛隊は、武力行使していたのではないのか。
 そのように問う時、九条は国にとっての不殺生戒なのです。不殺生の戒を誰にも犯させてはならないと思います。
 何卒、御勘案頂き、拙文顧慮頂きますように低頭お願い申し上げます。
敬具
石手寺加藤俊生