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宗派声明

不殺生とは「他者を自分の身に引き当てて、殺さない殺させない殺されない」こと
他者の痛みを感じて共感し共生すること
戦争はいらない・戦争する国家もいらない・専守防衛?と戦争のないところでの貢献を
平和憲法の内容は、深い意味がある、首相の様に「状況に応じて」一朝一夕に変えられるものではない
平和生存権

武力非保有主義

国の交戦権否定
を学習し守ろう

平和生存権

国家が起こす戦争よって多くの人が死んだ。そして死んでいく。

武力保持しない

国の交戦権

仏教の祈りは平和憲法の祈り 不殺生 殺す側の立場に立たない 平和生存権を守ろう
教科書が危ない
 憲法前文の旗 一旗千円です ご購入下さい
  不殺生 殺す側の立場に立たない 平和生存権を守ろう   「日本は天皇を中心とした神の国」発言する首相は退陣を! その結果が日本で三百万人、アジアで二千万人の死になった
神を愛する者も仏を信じる者もイスラムもヒンズーもキリストも その他の神仏無神の信者もいかなる人も共存するのが憲法の願いである 人を上下するものはなく中心も周辺もない あるのはあらゆる人の平等な尊厳である  
 
平和生存権
簡単に言うと戦争せずに文化的健康的にみんなが生きる権利を言う。
みんなうまれながらに幸せになろうねと語る憲法である
国家の戦争は殆どが、国益という特定の権益者の利益のために行われている。自衛の戦争と言いながらも戦争遂行は弱者と弱者によって戦わされ、後方に居るものがその受益をするということを歴史は示している。そこから導き出されたのが徴兵を否定し、国に戦争の権利を与えない平和生存権である。自衛権は認められるが、他国の安定?となると、国連等で調整された地球軍の創設を待つしかない。今のところ私達が不殺生を貫くには、戦争に参加しない権利の確立が必要であり、その事は日本国憲法に規定されていると考える。逆上って不殺生は仏教徒のみの義務ではなく、人類共通の義務と考える。理由は、いかなる場合においても、戦争は弱者を傷つけるからである。あらゆる人が武器を持たないようにと運動していくことこそが平和への早道と考える。
そして、その平和権と第二十五条の生存権を合わせたものが平和生存権である。
日本国憲法  第九条 戦争の放棄・軍備及び交戦権の否認
第十一条 「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」基本的人権の享有
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する