自主避難の会
B自主避難の会文集と
要求したいこと
被災者による被災者のための
被災者の会
11月に東日本大震災被災者連絡会とは別に「自主避難の会」が発足しました。
理由は今回の震災と原発事件では生活や心の困難がそれぞれの立場において異なり、その解決が多様に複雑に絡まりつつ難しいということが分かったからです。
特に自主避難された方は「原発さえなかったらこのようにはならなかった」のに「命を守るために避難したことが正しいと認めてほしい」という気持ちで生きておられる。というのは「認められていない」状況を生きておられるということがあります。
何人かの方は率直に今の気持ちを表現すると
「賠償しなさい」ということだと真剣な面持ちで語られます。
その前提として、今フクシマやその周辺におけるチェルノブイリ以上といわれる被曝のなかで、避難することは許されるどころか、正しい行動であり、真には避難を国が指導するべき事態だという現実があると思います。少なくとももし私がその立場だったら、避難します。少なくとも家族を避難させます。
少なくない方が、稼ぎ手を現地に残し、あるいは家族で避難しています。
国や国民や東電は、当然、この避難処置を共に考え協力すべきなのです。
しかしながら現実は、その逆に、「安全だ」ということが過剰に宣伝され、マスコミはその雰囲気をつくり、その問題から逃げ、そして少ない美談や復興を全面に立てて、真の弱者の問題を糊塗しているではないでしょうか。一つの報道をすることは一つの事実を隠蔽することにもなりかねません。
その結果、最も生命に危険を迫られている人々が見えてこない構造があるのではないでしょうか。
そこにはもう一つの苦しみが起こっています。「私達は世の中から見捨てられている」という諦観と不信です。共同体の一員ではないという非常に苦しい心境になりかねないことです。このような事態を看過して良いのか、座視して良いのか。
このように感じて自主避難の会を今後も穏やかなみんなが集える会として提供していきたいと思います。
石手寺加藤俊生
毎日新聞より
毎日新聞
ニュースUP:福島から「自主」、声上げられぬ苦しみ=松山支局・中村敦茂

 <おおさか発・プラスアルファ>
 ◇避難する権利認めよ

 東京電力福島第1原発事故では、多くの人が全国各地に自主的に避難している。健康に対する放射能の影響に、絶対的な基準はない。政府が避難を指示した「警戒区域」などの外で感じる不安は、家族の間でさえまちまちだ。見えない恐怖は、時に夫婦の絆さえきしませる。自主避難者の会が生まれた愛媛から、その姿を報告する。

 ■子への影響恐れ

 福島県境に接する茨城県北茨城市の鳥居塚愛子さん(33)は、幼稚園児の子供2人と昨年3月から松山市で暮らしている。北茨城に残る夫とは離れ離れだ。

 8月、一時帰宅した。子供たちの健康を考え、スーパーで地元産以外の食材を探したが、見つけられたのは北海道産のネギだけ。家の近くの清掃センターでは、作業員が防護服姿だった。「ここで育てて大丈夫か。子供に影響が出れば取り返しがつかない」。不安はむしろ強まった。父と離れるのを寂しがる子供や二重生活の負担を考えてもなお、松山に戻るしかなかった。

 北茨城では、学校給食に地元食材が使われ、公園で子供たちが遊ぶ。放射能を恐れて避難する人は少数派で、幼稚園からは「なぜ戻って来ないの」と問い詰められた。

 夫とも意見が食い違う。何回言っても、夫は「大丈夫」と繰り返す。逆に「子供に寂しい思いをさせているのはお前だ」と責められ、絆もきしむ。子供を思う心に変わりはないのに、安全と危険のはざまで、夫婦は揺さぶられている。

 鳥居塚さんは言う。「地元に残った人が普通で、私は“おかしい”んです」

 ■経済的負担も重荷

 「姉妹、親戚、知人。全て捨てて自分だけ逃げてきた」。昨年11月、松山市の石手寺に愛媛県内の自主避難者が集まった交流会で、女性(62)が訴えた。3月、一人で暮らしていた福島市から一人息子が住む松山市へ移ってきていた。

 これまでの交流会は避難指示区域の人たちが中心で、「自分に参加資格があるのか」と遠慮があった。自主避難者だけが集まると聞いて初めて参加した。「知らない所に来て話し相手も少なく、うつになりかかっていた。皆さんと話せて良かった」と打ち明けた。

 「(放射能被害は)お母さんが考えているような(小さな)ものではない。心配している俺の気持ちも考えてみろ」。息子に半ば怒鳴られて避難し、残りの人生は愛媛で過ごすと決めているが、「友人も『孫をおいて行けない』などと言って福島にとどまっている。不義理をして申し訳ない」との思いは消えない。

 福島県いわき市で暮らしていた会川奈緒子さん(36)は、小4と幼稚園児の娘2人と、愛媛県松前町に避難した。「女の子なので影響が心配」と言う。

 震災前は、大手自動車工場でパート勤務し、収入も安定していた。しかし、愛媛で何とか見つけた働き口は1年契約の派遣で収入は以前より少ない。自主避難のため東京電力の仮払いは受けておらず、引っ越し費用約40万円や借りたアパートの保証金なども自前だ。愛媛県には、他県の多くが導入している民間賃貸住宅の借り上げ制度もないため、家賃5万8000円も全額工面する必要がある。

 昨年2月に離婚した元夫は、津波で亡くなった。負担の重さに、「母子手当をもらってやっとこさ」とこぼす。

 ■「安全」の線引き

 補償問題は、政府指示を受けた避難者でさえ遅れが指摘されているが、自主避難はさらに遅い。原発事故から約9カ月たった昨年12月、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は、ようやく子供1人40万円など自主避難者らへの補償指針を示した。「今は最低限の生活をしているので、将来に向けての貯金に回したい」。そう期待した会川さんだが、その後、東電の補償指針策定など動きは遅く、賠償はまだ始まっていない。

 警戒区域内とは汚染の度合いが違うとはいえ、誰も避難したくてしているわけではない。低線量の放射線の被害が明確でないうえ、半径30キロなどのラインや自治体の境界線で放射線が消滅したり不安が軽減されたりするわけではなく、避難する人がいるのは当然だろう。なのに自主避難者は、避難の必要性を政府が明確に認めていないため、「逃げなくてもいいのに逃げた」と、周囲の理解からも補償からも取り残されている。

 昨年11月に石手寺であった交流会の場で結成された「自主避難の会」は、避難を正当と認め、移転費用などの支援を受けられる「避難権利区域」を、広く設定するよう求めている。国が「避難は妥当」とはっきりと認めることで、精神的にも経済的にも救われるという主張だ。同会副代表で小6の長男と松山市へ避難している二葉美智子さん(55)は「私たちは過敏と思われ、避難が正しいのか迷いもある。低い線量でも避難する権利を明確に示し、正当性を認めてほしい」と訴えている。

 福島県の推計では、同県からの自主避難者だけで5万人以上いる。これらの人たちを、「自主的」という状態に留め置いていていいのだろうか。
 ◇避難権利区域

 86年のチェルノブイリ原発事故後、旧ソ連の各国が、強制避難対象の「移住の義務ゾーン」の他に、年間1ミリシーベルトを超える被ばくの恐れがある区域を「移住の権利ゾーン」として指定。公的補償や移転先提供の対象となった。日本でも避難希望者に政府が移転費用などを支援する「特定避難勧奨地点」があるが、対象は年間20ミリシーベルトの「ホットスポット」のみ。