| 0605 愛するとは | |
| 森を愛する、山を愛する お釈迦さん第一の弟子のサーリプッタ(舎利子)さんは語る。 「人のいない森は楽しい。娑婆の人々が楽しまない処において貪りを離れた人々は楽しむ。快楽を離れて」と。 また、お大師さんは「山に遊んで仙を慕う詩」「山に入る興」などを詠んで、山に入る楽しみを書かれている。 深山に人知れず、自身の境地を楽しむというのであろうか。お遍路でお四国の山河を辿る旅もまた然りであろうか。巷に人の造ったあれこれに気を取られつつ、精気を奪われていくのとは少々妙が異なる。 昨今、マクドナルドとかマックとか、ちゃちな板張りの類似の建造物に世間は覆われている。なぜ人間は、ひとつひとつ手作りをせずに、同じものをコピーするのか。世間は、ますます喧騒と快楽の釣り餌でごった返してきた。 ある人によると、人間は買い物ごっこが好きならしいが、そして確かに私も精力の落ちた時には、陳列棚の物色に身を委ねるのが手っとり早い日の過ごしかたと思われるが、そのやり方はお釈迦さんの最も嫌う仕方である。 「時を虚しく過ごす泣かれ、時は過ぎ行く。怠惰することなく自利利他に励め」との声がしそうである。 今や町は拡大し、大量生産は画一化を増し、テレビは大型化して、私たちは快楽のるつぼに窒息してる。 野を駆け、山野を遊歩するのは、サーリプッタさんやお大師さんが楽しんだだけではなく、私たちに必要である。 サーリプッタさんは、快楽の少ない森を愛した。お大師さんは、心が自由になる山を好んだ。 お大師さんによると、心は毘盧遮那である。毘盧遮那とは、仏さまである。この世そのものの仏さまである。お釈迦さんが仏さまであるのとは少々違う。 世界神である。創造主である。心が世界をつくり出すのである。心が世界の景色から存在から全てを用意するのである。 その詩から。 「烏の目は腐ちたものを看る 狗の心は穢わしき香りに耽る 人皆香水に溺れ 抱擁は虫の如くである 人を思いやることとは別世界に住み 迷うことは犬羊のようである ・・・ しかし 毘盧遮那とはだれか 本来それは我が心なり その良き思いと言葉と行いは遍満し この宇宙 空間がそのまま仏さまの道場となるのである ・・・ 」 山に入って、遊行し、自由な心地が広がり、涅槃が自分によってつくられるというのである。 |
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| 0606 子授け石 | |
| 石手寺大師堂の右手に訶梨帝母天堂があります。子授けの神様です。ここの石を持って帰れば、必ず子が授かるといいます。実際、多くの方が恵まれています。ただし、その後子を可愛がったかどうかは知りません。 訶梨帝母(鬼子母神)は五百人の子供の母でしたが、しばしば人の子をとって食っていました。困り果てた村人がお釈迦さんに相談すると、お釈迦さんは彼女が一番可愛がっていた末の子の愛奴を隠してしまいます。ハーリーティは気も狂わんばかりにその子を探し回るが見つかりません。そこにお釈迦さまが現れて言いました。 「何をそんなに悲しむのでしょう。あなたは今まで何百の子を害してきたではないでしょうか。この苦しみ、母の苦しみはだれにとっても同じでしょう。殺すものは殺されることを耐えるべきものです」と。 ハーリーティは言います。「何でもします。わが子を返してください」。お釈迦さんは言います。 「ならば、今まで殺した命をもとに戻し、その母たちの悲しみをもとに戻すが良いでしょう」。 「ああ、私は取り返しのつかないことをしてしまいました。いま、私には他人の子が自分の子に見え、他人が自分と同じ母であると知りました。私はその尊い心がやっと分かりました。その心で子供を大事にします。」 その後、ハーリーティは改心し子を守る母仏となったといわれます。 子を持つということは、かわいいものを持つこと、それは大事なものを感じるということです。命を大事にするということであります。その心を持つ時、必ず誰にでも子は授けられるとは意味の深いことです。 真言はオン・ドドマリ・ギャキティ・ソワカ。種子はウーンです。 |
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| 0606 お山四国 八十八箇所 | |
| 親族が亡くなって四十九日までにお山四国をお参りするとあの世で安穏といいます。 白木のお位牌を背負い、納め札に戒名を書いて家族親戚でいっしょに八十八箇所をひとつひとつお参りするのです。または、お戒名を紙に書いて大事に持って歩きます。 故人といっしょにお参りするという気持ちが大切です。歩きながら八十八をひとつひとつ手を合わせて進みます。約二時間ほどですが、時間をかけて行く所に良さがあるでしょうか。「あんなことがあったねー」「あの時こんなこと言われたなー」と思い出し、対話し、感謝したり泣いたり笑ったりしながらお参りするうちに、感謝や、報恩や、有り難さや、無念やらいろいろなことと出会います。 一人でお参りするのも、家族親戚といっしょにお参りするのもそれぞれ良いでしょう。 私と故人と同行二人でもいいし、ほかの方の故人像をもらいながら行くのも良いです。 供養とは、故人を誉めて愛でること。良い所を思い出し誉めるのが大事です。そしてその心を少し頂いて、自分がこの世で発揮していくのです。そうすれば故人も喜ばれるでしょう。 良い心をいただくとともに、この世は私たちに任せてください、安心してくださいと手を合わせるのです。 その為には故人を理解することが大事です。生前のいろいろな出来事を思い出し、理解し納得することが大事です。御供養をしてあげてください。 納経所にて、「お山四国参りの証」をお渡しします。それを持っておまいりしてください。 |
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| 0610 煩悩 | |
煩悩というやつは思ったより手ごわい。歳でもとって心が穏やかになればいずれ煩悩も弱るだろうとタカをくくっていたがいっこうに煩悩は減退しないようだ。飯を食う、異性を追う、地位にしがみつく、ひとを選ぶ、好ききらいする、怠慢する、煩悩は数限りない。だから八十八ヶ所はお寺を数多く並べて、結末を曖昧にしたのだろうか。 煩悩とは、人生の障害物なのか、それとも目的そのものか。えらく神妙な議論である。動物を食らい快楽を恣にするのが人生の目的かもしれないというのである。 いや、そんなことはないはずだ。人生は人助けや、真理の探究や、神との合一や、永遠の命にあるはずだ。そのように反論しようか。 それとも、人生は煩悩と仏さまとの中間に有って、巧く煩悩を制御しながら、自他ともに安穏に楽しく生きていくことだと言うべきだろうか。 ここに、選欲知足という考えかたがある。欲にもいろいろあって良い欲、悪い欲、活かすべき欲、抑えるべき欲、その他欲も使いようというのである。 例えば、ひとが困るようなことをする欲は御法度である。そして慈悲というのも欲望だとする。慈悲というのは他人と心が分かり合うことを喜ぶ欲だとする。例えば、分かり合いたい。他人が喜んでいる時にいっしょに喜びたい。他人が困っている時に役に立ちたい。あるいは逆に自分がつらい時に分かってほしい。嬉しい気持を分かってほしい。などなどである。 慈悲とは仏さまが私たちを救うことに限ってはいけない。仏さまの特許ではなくて、私たちの心に内在する優れた可能性なのだ。他人とコミュニケーションするという新しい希望なのである。 とはいえ、心がまるく円満で満ち足りて愛されていないとコミュニケーションは逆に邪になるかもしれない。 愛されたことがなく、いじめられてばかりいる魂は、人の喜びを喜ぶのではなく、悲しみを喜ぶようになるかもしれない。ひとの悲しみを喜び、喜びを妬む。それは他人事ではなく、自分自身がつらい時、また他人から阻害されている時、そして自分自身に痛みが走る時、往々にして起こることである。 心を円満に保って、十全な慈悲の心を発揮することは簡単ではない。それでもやってみる価値があると思うのだがどうであろうか。 |
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| 0610 随求堂 | |
石手寺の本堂の左手の階段は急である。その急な階段を息を切らせながら登っていくと中腹にひとつのお堂がある。随求堂である。その名の通り、求めに従って願いが叶う大随求菩薩が居られる。 珍しい仏さまである。願いを叶える仏さまである。どんな願いでもいいのかと思ってしまう。悪い願い、邪な願いなどどうであろうか。 随求さまは急な階段の途中に有って行くのは容易ではない。その上一度や二度行ったから成就するのではない。一月とか、百日とか、三カ月という長い期間を決めて、一度も懈怠してはならない。怠慢では成就してくれないのである。 思う一心が願いを叶える仏さまである。 私たちの願う気持がそこまで強烈な一心となることがあるのだろうか。子を失って探すひと。親の子を思う一心ぐらいしか思いつかない。 大学受験で必死になり、命を捨ててでも叶えたいと思うならそれはこの一心に匹敵するだろう。それでもそれほど必死になるのだろうかと訝しがる。 人間というもの「なんとかしてくれ」と必死になることが果たしてあるのかということである。「子どもの命を助けてくれるなら、私の命は要らない」という母親のセリフは十分に分かるし、その切なる心は一心であるだろう。 その心に比べる時、私たちはどのような必死の捨て身の心を持っているだろう。そんな強烈な願いを持っているだろうか。 無いとすれば、やはり仏さまには届かないのだろうか。 |
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| 0610 洞窟八十八箇所 四十九地蔵 | |
| 前回は四十九日までにお山四国八十八箇所をおまいりすると極楽浄土することを書きました。 八十八箇所は洞窟にもあります。そしてその洞窟をまっすぐ行くと四十九地蔵があります。マントラ洞窟と呼ばれる場所です。四十九は四十九日の日にちであるとともに悟りへの四十九の階段を指します。 悟りは一挙にやって来るものであるとともに、一つ一つ獲得していくものです。一挙にやって来るものであるということの意味は、やる気になれば到達したも同じだという意味です。それは何事も修行と感じる時、苦難は甘露へと変身することとなるからです。苦難が単なる痛みではなく悟りへの糧となるのです。きれいな蓮の花が汚泥を根っことして咲くように苦難は涅槃至福の種となります。 次にひとつひとつ獲得していくものであるという意味は、人生にはいろいろな山や谷が必要だということです。努力の大切さを知る山。人の温かさを知るために必要な山。どん底の気分を知りひとの痛みを知るのに必要な谷など。そしてその時その時に努力して獲得していかないと蓮の花は咲きません。長い年輪をかけて多くの人と出会ってこそ実りは大きいのでしょう。 そのひとつひとつを洞窟の四十九の仏さまは示しています。お参りして、こころをひとつひとつ清めてください。 |
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| 0610 子授け石のつづき | |
前々回のこのコラムで訶梨帝母(鬼子母神)が子供を食らっていたのに自分の子供を取られてその痛みを知り、改心し子授けの仏さまになったことは話しました。 だれしも子供が欲しいと切なる気持になることはあります。しかし、子を失った時に襲う悲しさと子への募るいとおしさは痛切なものです。その子を欲しがる気持と子を失った時に襲ってくる気持には、格段の差があるわけです。 子供を失った後に、「ああすれば良かった」あるいは「あんなにしてやれば良かった」「あんなことも経験させてやりたかった」というように子供の立場に立ってつぎつぎと考えます。 子供が欲しいとか子供が居て当然だという気持では分からない、本当の愛情が沸き起こってくるのでしょうか。いや、それでも自分本位に子供を必要としいてるだけかもしれません。 しかし、他人の子供も自分の子供も、親にとっては切に大切なものであるという気持を確認する時、命の輝きは爛々と光るのではないでしょうか。 子供という宝物を持っていても、子供のこころにならなければ、宝は死んでいます。いや宝を殺しています。子供を持つということは生んでからの勝負だということを訶梨帝母の話は暗示しているように思います。ですから、子供を産まなくても、他者が子のように大事に見える時、その人は子を生んでいるのです。 それはたとえば、マザーテレサが多くのひとをわが子のように愛したように、他者を心底愛する人には多くの子供があるのであり、いくら子を産んでも、愛の愛たるを知らない人にとっては、永遠に子は持てないのです。 |
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| 0610 石手寺五仏参り | |
| 石手寺の境内正面には五鈷が立っているが、それはそのまま石手寺のお堂の配置でもある。 中央に三重塔お釈迦さん、東に不動明王、南に虚空蔵菩薩、西に阿彌陀如来、北に薬師如来である。 左に廻れば心のネジを巻き、右に廻れば世間を潤す。これが石手寺五仏参りの御利益である。 そして、その鍵は、三重塔の釈迦如来の左右には文殊菩薩と普賢菩薩がおられること。不動明王の南には弥勒菩薩。虚空蔵菩薩の処には弘法大師。阿彌陀如来の北には観音菩薩。薬師如来の北には随求菩薩がおられることである。 それはお釈迦さんを説明するのが文殊菩薩と普賢菩薩ということ。つまり捨と修行。煩悩をうちけす、修行によってお釈迦さんの悟りが得られるということ。 お不動さんは、煩悩を払って弥勒さんの「みんな友だち」の心を持つということ。逆に「皆友だち」という心を持てば煩悩はなくなるということ。 虚空蔵菩薩さんは即ち弘法大師さん。生きている限り命の輝く可能性があるということ。生きているとは何かを生み出すということ。 阿彌陀さんは慈悲で観ること。つまり観世音、世の中の痛み苦しみに光を当てて無量の慈しみの思索を展開すること。 お薬師さんは実際に人々を救うこと。つまり大随求菩薩の大志をもって生きること。衆生救済に邁進すること。 石手寺の五仏をお参りし、更に六仏をお参りして十一仏をお参りすると悟りが開け、衆生救済ができるというわけです。ただし弘法大師利益を受け取るのはあなたの心掛け次第ということになります。 |
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| 0611 あたりまえであることが凄いということが分かった | |
| 石手寺では歩きのお遍路さんをお接待でお泊めしている。そんな時、私は「何か良いことがありましたか」と聞く。若いお遍路さんは「当たり前であることが凄いことが分かった」と答えた。 野宿をすると屋根はない、布団もない、枕もない。そんな時、お寺に泊まると、布団も屋根もある。今まで当たり前だったものの価値が分かるというのである。 お大師さんは千二百年の昔こう書いている。「石槌山で暮らした時は、肘を枕にし、空を屋根とし、雲を帳として何不自由なく暮らした。夏には襟を開いて涼風を受け、冬には閉じて暖を取った」と。 お大師さんの心中は本当の所どうであったか。屋根もなく布団もなく、吹きすさぶ寒風の中で、何一つない中で、おそらくは両方の心を行き来していたではなかろうか。満足と痛みである。 そしてその中で、本当に要るものと要らないものを峻別していったのではないか。 当然捨てたのは物の満足であり、見出したのは心の尊さであったことはその著書に明るい。石槌の無一文の寒い体験を通して、お大師さんは物質やこの世の栄華からの自由を得ている。あらゆるものから自由になりながら尚捨てきれなかったのは人びとの痛みの重さである。 歩くお遍路さんは二通りある。荷物をどんどん増やしていく方と減らしていく方である。おそらくどちらのお遍路さんも物の価値の比重を減らして、命の意味を深めているだろう。生きるという大事に必要なものとそうでないもの。大事なものとどうでも良いもの。この区別は大事である。 鼎の軽重を問うという。これも師匠の教えである。何を観て何を捨てるか。観るものと持つものと進む方向。その是非をお遍路路は問うている。 |
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| 0612 洞窟で不屈の精神と出会う | |
| 石手寺には八十八ヶ所が三ヶ所ある。そのひとつが洞窟の八十八ヶ所であるが、その洞窟も幾つかの名称があり、「都卒天洞」「地底マントラ」「大仙窟」である。 都卒天とは弥勒菩薩の居る所であり、お大師さんも共に居られるとも言われる修行道場である。大仙とは師匠の別名であり、やはり自由に修行する道場を指す。地底マントラとは、悟りを開く場所という名である。その悟りは大きく分けると二つである。 ひとつは胎蔵界と呼ばれもう一つは金剛界と呼ばれる。 灌頂のお授けをしていて感得したことであるが、胎蔵界の真言は「あびらうんきゃん」。師匠は「アービーラ、フーン、キャン」と発音し「ああ、なんとむごいことよ」と嘆じた。むごいとはお釈迦さんに対してである。お釈迦さんが一族を守るために歩んだ苦難の道程を嘆じてである。お大師さんもしかりである。世の聖人は皆、人間の苦しみに深く嘆き痛み、憤り、なお救済を叫び努力し、人間のむごさを心に刻んでいる。その唸り声が「あびらうんきゃん」である。その声は、人間の痛みへの共鳴であり希望への不屈の精神の現れである。 なんと苦しい人生。しかし決してくじけてはならない。慈悲の誠実な心で立ち向かい、決してくじけてはならないとの思いがこもったのがこの真言であり、胎蔵界の仏さまの世界である。それは言い換えるならば不屈の精神界である。 この苦しみに負けてはならない。生きるものの幸福へと進もうという不屈の呼びかけである。 洞窟で 心の自由広がり と出会う 洞窟のもう一つの世界が金剛界である。その真言は「おん、ばざらだどばん」「オーン、金剛界よ成れ」である。 金剛界とは悟りの世界。悟りをどう表現するかは悟らない限り不明であるが、たぶん、おだやかな心、思いやりのある心、あたたかな心であろう。 生きてきて良かったと足ることを知り、他人の役に立って嬉しく思い、他人のことを自分のことのように心配したり喜んだり泣いたりし、次は何をしようかとわくわく温かな心持ちであろう。洞窟で物質界を遮断し、心の自由を得たいものである。そして「バーン」とその世界を広げたいものである。 |
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| 0701 三重塔の高さ | |
| 先日、道後小学校の三年生がやって来ていろいろな質問をしました。質問箇所は三ヶ所で、レンガの赤い建物と三重塔と仁王門です。 「三重塔は何メートルですか」「二十五メートルです」「学校のプールぐらいだ」「もっと高いかと思った」という具合です。 その後、感想が返ってきましたが、その中に一つ私にとって光る感想がありました。それは赤い建物パゴダがどうして出来たのかという質問に対してのもので「戦争でたくさんの人が死んだということがわかりました」というのでした。そういえば、仁王門の阿吽の像は、人の一生を現し、また人の悪い心を退けると説明しました。 さて、なぜ三重塔は高いのでしょう。お釈迦さんが偉いからその偉さを誇示しているのでしょうか。遠くからお寺の場所が見えるように突き出ているのでしょうか。お寺の大きさを誇示しているのでしょうか。 三重塔の真ん中に居られるのはお釈迦さんです。ですから塔の高さはお釈迦さんの偉大さです。しかしそれはお釈迦さんが偉いという意味ではなく、お釈迦さんが持っていたいたわりの高さです。 お釈迦さんの時代は戦乱の時代。。お釈迦さんの時代は小国がどんどん潰されていき、お釈迦さんの国も滅ぼされます。それだけではなく、酷い身分差別のがインドには今もありますが、そんな差別と戦争の時代でした。しかし考えてみれば現代も各地で戦争が止まないし、男女差別、貧富の格差など人間は手をつなぐことができないようです。 お釈迦さんはたくさんのお弟子さんを持ちますが、誰かを容れないということがありませんでした。 身分の低い人が嫌がる仕事をしているものでも、元盗賊でも、気の弱い人でも、だれでも「良し」と言って仲間にしました。こんなお経が残っています。 スニータ長老の話し620 わたしは、賤しい家に生まれ、貧しく財乏しく、わたしは、稼業が卑しくて、不浄物の清掃者であった。 人々に忌み嫌われ、軽蔑され、罵られたが、わたしは、心をひくくして、多くの人々を敬礼した。 ときに、わたしは、正しくさとった人にして偉大な雄者ブッダが、修行者の群れにとりまかれて、マガダ国の首都に入ったのを見た。 わたしは天秤棒を捨てて、ブッダを敬礼するために近づいた。人々の最上者は、わたしを慈んで、立ちどまっていた。 師の御足に敬礼して、一方の側に立ったとき、わたしは、あらゆる生きもののうちの最上者にたいして、出家したいと願った。 そこで、あわれみ深い師・あらゆる世間の慈愛者は、「来なさい、修行者よ」と、わたしに告げた。これが、・わたしの受戒であった。 このように、お釈迦さんは困っているものや志しあるものはだれをも拒まず出家へと導いたのです。「だれにとっても、自分はもっとも愛しいものである。だから他人を大事にしなさい」と説かれます。「他人を見る時、自分だと思って他者を殺したり傷つけてはならない」と、説きます。 ですから、三重塔の高さはその慈悲の高さを説きます。足ることを知り満足し、他者を大事にする慈悲の高さが三重塔の高さなのです。 |
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| 0702 薬師如来 | |
| 「病気の神さまよ」「目の神さまよ」とガイドさんが説明しながら過ぎていきます。でもちょっと違うかなと思います。 薬師如来はこの世の迷妄を無くす仏さまです。病気は病気でも煩悩とその罪過を無くす仏さまです。目は目でも、曇った目を慧眼にする仏さまです。 その前にまず、神様ではなく仏さまであるということです。多少単純化して言うと、神様といえばお願いすれば何とかなるという意味合いですが、仏さまはちょっと違います。仏さまは祈りながら自分の心を変えなければ願いは叶いません。 改心というものがなければ、そして願掛けということがなければ仏さまには願いが届きません。何より仏さまというのは自他の不思議な力だからです。自分の力と他人の力が合わさる時に仏さまの力は発揮されます。仏さまとは薬師如来様の力であると同時に私やあまたの人々にある思いやりや病気を治そうとする力のことを言います。 私の力と仏さまの力とみんなの力が合わさって病気が治るわけです。 さて、病気といっても一番の病気はなんでしょうか。病気になれば病気を治そうと四苦八苦し、リストラになれば仕事が欲しいと奔走し、人間関係や夫婦仲がうまくいかないと祈願します。 しかし、その前に私たちは何のために生きているのか。何を楽しみとし、何を生きる張り合いとして生きているのか。 ある人が不治の病になってみんなが駆け付けます。ある人は毎日泊まって看病し、ある人は看病はそこそこに相続のことを考えて口先を整えたとします。心から看病する人は、「あんなことをしてもらった」「こんなこともしてもらった」「苦しい時には少し安めよ」とか「挫けるんじゃないぞ、誰かが見ている」と言ってもらったとか、心で頂いたかけがえのない宝を数えます。一方、もしも遺産を望んでいるならば、そのような宝物は見えません。心から看病する人々は、心の交流を得るし、お互いに心の暖かさを感じても行きます。逆に邪な思いで来る人々は、仲違いを起こし、二度と会わないという気持さえ起こしていきます。 困難な時に、人々は自分の姿に出会い仰天し、喜び、あるいは嘆きます。人間にはこんなに美しい心があると思えば、こんなに醜い心があると思います。 薬師如来とは、私たちがそれぞれにどんな清らかなこころを持っているかを案じ続け幸福を祈っておられます。 |
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| 0703 阿弥陀如来 | |
| 西方をよそとは見まじ安養の寺にまいりて受くる十楽 境内の西方に阿弥陀堂があります。大きなずっしりとしたお堂です。本堂は大きく羽を広げた鳳凰の形なのに対して、阿弥陀堂はなんともどっしりと腰を据えています。落ち着いた構えなのです。 仏さまは阿弥陀如来。俗には西方浄土の仏さまです。そして、いかなるひとでも見捨てずに救う慈悲の仏さまです。真言宗としては、思考を司る仏さまです。思考、つまりあれこれと思いを巡らすことです。明日美味しいものが食べたいと思い出して、どこに食べに行こうとか、何を食べようとか、自分のグルメ地図を広げて思いめぐらす事です。ですから私達の知っている仏さまの中では観音様と言うと良いでしょうか。 観音様は、観る仏さまです。阿弥陀如来も観る仏さまです。人生において何を観るのか。それが阿弥陀様です。 阿弥陀様は無量寿といい無量光とも言われます。長い長い時間にわたって広く広く無量の光を注ぐという意味です。あらゆることがらをいつまでも光照らすという意味です。 ものごとは深く多方面から考える必要があります。しかし、ここの意味は、慈悲の光を隅々に当てるという意味です。この世に痛む人は居ないか。人の痛みを隅々にまで拾い上げようというのが阿弥陀様です。だから阿弥陀様は、どんな人でも救う慈悲深い仏さまという事になります。阿弥陀様にお参りし、救っていただき、また、その救いの心を私達の身につけるわけです。つまり、慈悲の痛みを知る心で広く深く見渡し、痛みを見落とさないという心を持つわけです。 |
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| 0704 不動明王 | |
| 石手寺の五仏のなかで東の仏様です。国の重要文化財の護摩堂に鎮座されています。 明王とは、仏さまや菩薩ではなく、仏門へと導いていく神様のような位になります。ですから、薬師如来や阿弥陀如来が温和なお顔をしているのに対して不動明王は恐ろしいお顔をしています。 牙を出し眉をつり上げ眼をきっと見開いて怒っています。「目を開け、ちゃんとしないと容赦しないぞ」と声が聞こえてきます。 ところがお経には、不動明王ほど心の優しい人は居ないと書かれます。やさしい親ほど怒ると恐いものですが、それと同じでしょうか。「なんとしてでもこの人間を覚りに導いてやる」との思いやりが大きいから、怒りの表情で叱っているのです。 右手には煩悩を切る剣を持っています。左手には綱を持っていて、怠惰な心で逃げようとすると綱で捕らえます。何がなんでも悪心を捕らえて清めてやるというのです。 不動明王の両脇には二人の童子がいます。コンガラ童子とセイタカ童子です。一人は決して言うことを聞かない強情我慢のわらべ。もう一人は素直で従順で聞き分けの良いわらべです。正反対のふたりが不動明王の両脇にいるわけです。 その意味はわかりますか。それは私たち人間にはだれにもその二つの性格が潜んでいるからでしょう。素直だけど弱い心と頑固だけど強い心。不動明王は名の通り、不動です。決心が固く決して揺るがない。お釈迦さんに従うと決めたら決して退かないという意味があります。それは必ず悟って幸福になるという決心と、他人を大事にして慈悲を忘れないという決心です。自分と人を守るということでは決して譲らないというのが不動ということです。 それは言うは易く行うは難しのことです。 従順に簡単に始めたけどすぐやめたではいけませんし、かといって分からず屋でもだめなわけです。 不動明王のご真言は、「のうまく さまんだ ばざらだん せんだまかろしゃだ そわたやうん たらたかんまん」です。その意味は、私は性根を入れ換えて一切如来の徳と智恵を身につけますという意味です。 |
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| 0705 懺悔の文 | |
| 懺悔の文とは、仏教のお経を読む時に最初に読む短い文章である。 「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴 従身語意之所生 一切我今皆懺悔」 「がしゃくしょぞうしょあくごう かいゆうむしとんじんち じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ」と読む。 その意味は、「私は昔に造った諸々の悪い行いを今懺悔します。それらは無始以来の貪りと怒りと愚かさによって起こったもので、私の体と言葉と心によって生じたものです」である。 不思議なのは、無始以来の昔からという点である。当然そこには輪廻の過去からという意味があるだろう。あるいは自分には知られないが、自分には計り知れない理由によって、何故か貪りの心が起こり、怒りが起こり、無知蒙昧や無関心ということになってしまうことが意味されている。 私達がいろいろなものを見るという事は、その裏に欲求というか煩悩の欲望がうごめいているという事になる。何かを求めてざわめくから、さまざまなものごとを見ようとする。関心がなければ知らずに済ましてしまう。私達は他人の痛みには無関心であることが多い。対岸の火事は喜んでも痛む事が後になる。それでもその人を知っていたり、友達であったなら心を痛めて、他人の痛みを痛む。しかし知らなければそれまでである。テレビで報じられなければ地球の裏側の飢餓は知らない。私は、津波の災害時にタイの南部にまで足を運んだが、見かけで人の痛みを知る事は難しく、深入りをしなければ、本当の救助は始まらない。関心を持つ事はそのこと自体がすごい事である。他人の痛みを知るという事を貪ることがなければ、地球の裏側の痛みはついに知る事がない。 その起こりの由縁を知り得ない、私の貪りのことを「無始以来」というのであろう。 輪廻しているかしていないかは分からないが、なぜか悪行は積み易く善行を積む事は難しいのは、ひょっとして私達が、昔から悪い事をやり続けてきたからではないかという反省が「我昔造りし所の諸々の悪行」という事になる。もうずっと昔の幼い時のことは良く覚えていない。それでもいじめられた記憶や、やさしくしてもらった記憶や、痛めつけてしまった記憶が、心のあちこちに沈んでいるような気がする。その湖底の岩の様なずっしりとした石ころ達が、時々呻いては、悪業をなしたり、善行を勧めたりしているように思う。いじめられた記憶が、他人に冷たく当たる事を催させるかと思えば、大事にされた思い出が他人にやさしくさせたりする。人間とは不思議なものである。 その催促は、DNAという、動物の進化に応じて備えつけられた本能や資質の仕業なのか、それとも自分が積んできた経験の快不快の発動なのかははっきりしない。それでもそれらの資質や記憶や身体を懺悔の文で「清める」ことができるなら、お経のはじめの呪文としては大成功である。 この文句を唱える事は、たいへん自分を謙虚にすることである。私には知られない何者かが自分の今を形成していて動かしているという謙虚さである。それでも尚、私達は自分の与えられた貪り、関心によって動かざるを得ない。 今日の天気がすばらしいと思うのは、私の業と因縁であるとはその意味をいうのであろう。人にであって、よい人にであったと愛でるのも「我昔所造」の因縁であるかもしれない。しかしそうだとすると、その今の自分を謙虚に認め、清めて、善行を心して積んでいく事が、唯一わたしたちに与えられた幸福への道であると知るのである。 |
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| 0706 三帰依文 | |
| 人々に謙虚な心がなくなったと言われます。傲慢というのでしょうか。 木を切り、山を潰し、化石燃料を燃やし続ける。自然への冒涜。 神や仏を忘れ、我が物顔に行う無知高慢。 他人の心を恐れず、金もうけに走る冷血漢。 私たちを産んだ自然を壊し、なぜ生まれたかを秘匿する神仏を忘れ、他人の痛みを無視した傲慢な振る舞いは、嘘物語ではなく、私たちが日々行っている快楽への邁進の影に潜む事実ではないでしょうか。 こんなことを思う時、忘れてはならない文句に、 帰依仏 帰依法 帰依僧 があります。 三帰依文(さんきえもん)と言います。帰依とは大事にしてそのことに寄り掛かって生きている自分を見つめなおし謙虚にそして尊敬して生きますという意味です。あるいは全身全霊を傾けて、仏さまを敬い精進しますという意味です。 帰依仏は、仏さまに帰依するということ。帰依法は仏さまの教えに帰依するということ。帰依僧は、良く生きる人々に帰依しますということです。 仏さまとは、私たち人間が精進を積み重ねて、成長に成長を重ね、その後に至る絶対安楽の境地に到った人であり、全ての苦悩を除く力を持つもののことであります。人間にとっての見果てぬ夢でもあります。苦悩の中に生きる私たちが、その苦難を越えて、ついに至る幸福の楽土の生きるそのものが仏さまであります。 未だ到達はしていないが、やがて必ず到達する、理想の現実が仏さまです。今のところ煩悩に塗れ、苦悩に在って、善と悪を交互に成してしまう自分を謙虚に見つめ、到らなさと希望とを見つめるのが、帰依仏でしょう。 次に、帰依法。法は教え。仏教は、「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教、」といいます。「もろもろの悪をなさず、あらゆる善を行って、そのことによって心が清まっていく、これが仏教だ」というのです。 行いを正して心を清めていくのが仏教です。悪いことを行えば心は次々と暗くなり、見えるものは汚く邪になっていきます。逆に、善を行えば未だ観なかった美しい光景が広がっていきます。人の情を知って、温かな心に満たされ苦難を越えていきます。 足ることを知ること、強欲に塗れないこと、他者を思いやること。人の痛みを知ることでしょうか。 そして帰依僧。僧は僧侶ですが、仏教を修行する人々は皆、僧です。僧とは人々の集まりを指します。仏さまを敬い、教えを敬い、そして善き人を敬います。 周りに居る人を敬うのです。人という字は支えあって生きることを意味しているといいます。また人間と書いて、人は人と人との間に生きるといいます。お互いに人と人とが信じ合いより良く生きることが帰依僧です。 仏さまに帰依して、成長の楽しみをやめないこと、教えを道しるべとして修行し続けること、そして人間の相互信頼でしょうか。最後は、人を信じることです。 |
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| 0710 仏像お姿 | |
| 仏教では始めは仏像はつくられなかった。お釈迦さんがこの世を去って後、暫くの間は人々は釈尊の教えを反芻し、面影を慕って修行していた。 時が経つにつれてだんだんと釈尊の姿がおぼろげになっていく。そして最初、仏の伝記がつくられる。その時は、釈尊は菩提樹や転法輪として描かれた。そしてとうとう仏像が生まれる。 その仏像は、釈尊の姿をまねたものかどうかというと、必ずしも釈尊の似顔絵を目指したものではない。 仏師たちは、釈尊の心を探ったのである。釈尊の鼻の高さや、唇の太さを再現しようとしたのではない。仏師は自ら覚りを体験し、その何面を姿にしようとした。 仏像は、心のあり方を模索して行き着いた形である。だから仏像は私たちの心の写し絵である。 いま石手寺では釈尊の伝記をインドにお願いしてつくっている。どんなお顔をお願いするのか、どんなお姿をお願いするのかを、たいへん悩んでいる。 私が覚りを得ているのならまだしも覚りを得ていない途中のものが覚りの姿を求めているのである。 人間が覚りを得たらたぶんこのようなお顔になるだろう。人間が慈悲の心を身につけたらこのようなお姿になるだろう。そして私も一生懸命その覚りと慈悲のまねをしてみる。 もっとおだやかなお顔。 もっとあたたかなお顔。 もっとしんけんなお顔。 得たものがかたちとなって現れる。修行も同じである。修行して得たものが自然と行動に表れる。行動に出て来ないものは語りであり詐欺師の言葉である。 古来、様々な仏像がつくられた。人を殺めた後悔と怨念で出来た観音さま。交通事故の子どもの痛みが凝り固まったお地蔵さま。戦いの恨みの声が聞こえる帝釈天。 仏像にはそれぞれの怨念が感じるほど人の願いと残念は深い。 話は戻って、覚りを開いたお釈迦さんの尊像はどのようなお顔なのか。どのようなお心なのか。 仏のお顔が微笑んで見えたり、怒って見えたり、涙して見えたり、それは私の心の投影なのか、人々の心の投影なのか。それとも仏の声なのか。 |
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| 0711 煩悩 みずから苦しみ他を苦しませる心の発動 | |
| 「どん、じん、ち、まん、ぎ」漢字で書くと 「貪、瞋、痴、慢、疑」となる。五大煩悩である。欲張ること、怒り敵対すること、無関心とおろかなこと、おごり高ぶること、人や教えを疑うこと不信感である。 言い換えると、 貪欲に目が眩んで物事が歪んで見えることをやめよう。 瞋感情に左右されて平常心を失うな。 痴観音さまの観自在になろう。「人の痛みを知り」慈悲心をもって人のことに関わろう。 慢人と比較して自分が優れていると思っては高慢になり、劣っていると思っては卑下したりくよくよすること。くよくよしたりおごり高ぶること。仏教では落ち込んでくよくよするの虚栄を張り慢心をもつものも避け、軽安を尊ぶ、軽安とは心が軽やかで安らぎ拘泥しない心である。 疑もともとは仏教の教えを疑わないことであるが、不信感をもたないこと。他人を信頼すること。不信感を持たないことである。とはいえ他人をまるごと信頼することとは異なる。人を良く観ることである。みんな煩悩を持ちながら幸福になろうと努力していて、少なからず仏心と慈悲心をそなえている生き物であり、自分と同等であると正しく観ることである。猜疑心や不信が高じると人が信じられなくなり、疑い、被害妄想にもなる。他人との距離感が大事である。遠くなり冷たくなると孤独になり生きる力を失う。近すぎると他人に依存し自分を失う。 |
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| 0712 覚り この世は楽しいあの世も楽しい | |
| 無明。私が愚かな事を知らない。しかし誰でもそうである。誰も自分の短所には気づかない。気づいたら人生が暗くなる。だが私たちの人生は無明や無知や無関心から始まっている。自分が迷走しているのを知らない。なんという悲劇だろうか。暴走車が人をしゃぎ、命を奪いそして満足しない。 これ程の痛みがあろうか。苦しみがあるだろうか。私たちは生まれた時から苦を背負わされ楽を奪われていくのか。 釈尊は言われた。自分で牢獄を造りだす人は、牢獄に住み、極楽を生み出す人は極楽に住むと。 然しそれは理屈では分かっていても行動は困難である。何故なら人間は生きていかなければならないからである。他の生き物を食らって生きる運命にあるからである。私は何れの日にか肉食を止めようと思っている。近い日に肉食を止める。 何故なら飼われ育成され殺されるのは酷だからである。可哀相だ。弘法大師のいうように他人の境遇を我が身に当てはめれば耐えられないからである。 私たちの人生は呪われているかもしれない。どんなに努力しても越えられない何かがある。それが私たちの前かにはだかって私たちを苦しめる。 どのようにして私たちは幸福を得るのか。みんな同じ人間として幸福を得るのか。人々とともに、動物とともに。 覚りとはそのような困難の中から生まれた疼きの言葉ではないか。人の痛み、私の痛みに生きる望みを亡くした人々の嘆きだとするのは無謀だろうか。 |