目次へ         神戸の殺人事件に於ける仏教徒の反省と提言

仏 教 徒 と し て 

 この悲惨な事件は近年の青年たちによる残虐な一連の殺傷事件、そしてオウム事件に続き若者そして少年が、いかに行き先を見失っているかを、露骨に示すこととなったと思う。それは病める日本社会と行き場のない人生を改めて露呈したものと思う。

 この「生きにくい時代」の進行に対して、私達仏教徒は有効な精進と布教を行えず、のみならずこの負への進行に巻き込まれ、却ってその進行を押し進める事さえ多々あることを反省しなければならない。

 仏教の出発点は「苦」であり、そして向かうところは「涅槃」であるということに異論はないであろうか。この点をまず確認したい。(論証の必要はないと思うが、十二縁起・四諦・四法印・経集935 偈・十住心論等を論拠に挙げたい)

 これを認めるならば、何が「苦」なのかが問題である。というのは、苦の有り様や感受や認識がなければ、仏教そのものが成り立たない。昨今の仏教徒の動きを見るとあたかも「自分たちは苦とは縁がない」かのような暮らしぶりである。片や周囲では戦争・受験競争・出世儲け競争・支配権闘争・災害と災害復興の格差差別・弱者の貧困・弱者の切捨て・環境悪化・基地・暴力・売春・非行・死への孤独・魂の喪失・・等あからさまに又は密かに苦しみの進行がある。仏教はこれらと無関係なのか。一切有情の成仏を説く仏教にあって、当然無関係であろうはずがない。なのに無力である。私達は仏教徒として生きる原点を失っていないか。というより始めから確認出来ていないのではないか。

 今回の事件は衝撃的であるだけでなく、私達の心の病巣をも大きく開けてみせたように思われる。今回の事件を詳しく追うものではないが、事件と私との関わりとお釈迦さんの最古の経集を参考に仏教のあり方を考えてみたい。

 

仏 教 の 原 点   苦 し み の 原 点 

 今回の神戸の殺人事件は、今までにない驚きと悲嘆を投げかけている。聞くところによると、その加害者が中学三年生であるという報道に際して同年代の子供は、驚嘆し「どうして、どうして」という問を発しつづけたという。あるものは、泣き崩れ、全霊を奪われたかのように「事件と一体」になって暫く真剣な眼差しを崩さなかったという。それは私にとっても同様のショックを与え、その話を聞いて「私達もそうか」と人々が同じく心を痛めて感じ合っている場に日本中の魂の揺れを感じる。この事件は、その同世代や私の心を共通の悲しみで貫いている。子供たちは加害者が同じ中学生だと聞いて、驚きとともに悲しみを隠さない。そこには、加害者を「異質な者」として排除するのではなく「同じ有情(感情を持ち生きる者)として」生きる姿がありありと見える。彼らは、加害者を見る原点として「同じ人間の基盤」を持っている。

 「私と同じ中学生がどうしてやったの、どうして、どうして、どうして・・・」この問いは、同じ生きる者としての悲しみと痛みが大きければ大きいほどそこに停まり永遠に続くものであろう。

 また、大人は「中三と聞いて、これは私達大人の責任だと思った」と言い、子供はみんな自分たちの子供だ、社会の子供だ、というやはり「一緒に生きる」立場を自然に持っている。その気持ちはまるで「自分の一人っ子を愛するように慈悲をしよう」という仏の慈悲の説明のそのままのようにさえある。

 それに対して、事件を茶化す風潮も否めない。その様は却って、事件の加害者がどの様な状況に落ちていたかの認識を容易にしさえする程に異様でもある。「彼は前から不良で仕方ないのよ」「境遇が違うだけさ」という人々も居る。無関心な人、加害者を人間と認めない人、テレビに映ってはしゃぐ人、これをネタに儲けようとするマスコミ・・などなど。彼らには魂の疼きがない。そしてそれらの姿は、またしても新しい加害者を生み出す行為である。否、被害者をつくる加害者の行為でさえある。そしてそんな対応の仕方、事件の結末の付け方は、事件に心痛め全霊を吸い込まれる人々には、入り込むすきがない。また、他の人々は「教育が悪い」「競争社会が悪い」「学校が悪い」「中には悪い子もいる」「人々の無責任な意識が悪い」云々と言って各々の経歴と蘊蓄を傾けて力説する。ある者は的外れにある者は的を射ながら問題を解決しようとするだろう。しかしこれらの仕方にも落とし穴がある。問題を説明してしまうと同時に問題がすり抜けていく危険性がある。それらの仕方はよもすると驚愕と悲嘆の荷を降ろしてしまうのである。問題を説明しようとする瞬間に問題の重さが消えるのである。残るのは論争だけである。この話もどこかで聞いた。仏教の「戯論を止めろ・論争するな」である。論争のための論争・魂の抜けた論争である。必要なのは魂を揺すぶられ、学校なら学校、家族なら家族、地域なら地域、国なら国を本当に変えていくことである。論争に明け暮れて輪廻することを避け、縁起に則って変革していくことである。

 その基本は魂の疼きではないか。全霊を吸い込まれた者たちは何時までも苦しみを共有する。この時、私達は人間として一番忘れかけていたものを感じるのではないか。それは同胞とか共同体意識とか仲間とかによって表される「彼と私の地続きの感覚」である。仏教徒はよく「供養」を担うが、この供養の原点も実は供養される者と自分や参列者の魂の触れ合いではなかろうか。供養とはもともと「尊敬」を意味する。供養の対象者の何を尊敬するのか、そして何と一体となるのか、それは魂とでも呼ぶしかないものだろう。そこに至る感覚と真摯さの回復が問われている。

 この彼や大衆と私との魂の地続きの感覚こそ苦しみを真に苦しみとして受け取る鍵であると思う。

 ではこの事件の場合の苦しみを見ていきたい。

当事者の痛み(被害者の痛み・加害者の痛み・それを取り巻く人々の痛み)

自分の痛み(自分が当事者であることもある)

有情全体の痛み

 ここでの「痛み」に三種類を考えたい。

 まず、この事件に限るならば、特に被害者・加害者のその個人の痛みがある。次にそれを知った私の痛みがある。私は当事者の痛みを共有するから心が痛むのである。泣き崩れる中学生たちはまさにその「痛みを共有」する個々の人々である。そして、私は、自分をふりかえるとき、この事件が自分と無関係でないことを知らされる。悪いことをして叱られる。学校が嫌い。復讐したい。弱い者につい手が出る。・・・。このような感覚は自分と加害者の距離をどんどん小さくする。するとこの事件は自分のことではないかとさえ思う。事件の大きさこそ違え、類似性は多々ある。類似性ではなくて、魂がそのような魂の「振れ」や「動揺」や「善や悪」や「快や不快」や「忍耐や暴発」を知っている。類似ではなく、私には私の一回限りの魂の軌跡と疼きや呻き、それが何処かで加害者と同じなのを知っている。これは直観としか呼び様のない不思議な誘いである。自分と加害者が同じ人間だからではない。同じ形態、同じ日本人、同じ文化・・・そんな形式が与えるものではなく、魂がその軌跡に応じて染み出る「魂の共有」なのである。

 ここに、魂の数だけの有情の認識が始まっているのを感じる。それは恐らく有情が運命として持たされている「痛み」が距離と時間を越えて他者の「痛み」と応じ合うからであろう。そして「私の痛み」は「有情全体の痛み」を感じ始める。当事者の個々の痛み、そして、私の痛み、それらは泣き崩れる中学生や隣のおばさんや町で出会うおじいさんや色々な人々の痛みを通して、次第にそして一挙に、有情全体の痛みとして感じられる。

 一つの事件が様々に網の目を伝うように人々に伝搬していく。

 当事者の個々において深く、また、人々の共感によって広く、私を取り巻きながら人々の魂の痛みと連鎖して、ありありとしてくる。

 これが、お釈迦さんの言う「苦」ではないか。「個人の苦」から「共感の苦」そして「有情の苦の共有」に至る。そしてそれぞれが他の認識に移行したり取って代わられるのではなく、その個人の痛みを中心として、互いに支え合いながら苦として厳然として有るのである。つまり、「個人の苦」から「共感の苦」そして「有情の共有の苦」に至り、そしてまた「有情の共有の苦」から「共感の苦」そして「個人の苦」へと行き来を繰り返す。その中でそれぞれの思いが深まっていく。思いが深まりながら、魂に共感し魂に癒され、今まで見えなかった尊いものが見えはじめるのではないか。その時、苦は単なる苦ではなく新しい方向へと意思の醸成をし始めているように思う。

 それがお釈迦さんの言う苦ではないか。お釈迦さんこそ、そのような魂に立った人ではないか。

 

 例えば最古のお経の一つとされる経集の935 偈を見ると、

手に武器を取り有情に暴力を振るうことから恐怖が生じた。人々は互いに争っている。私がどのようにしてこの争いの生存に打ち勝ったかを述べよう。

少ない水が干上がっていく中で魚たちが生きようと脅えきり慌てふためいて跳ね回りぶつかり合うように、人々が生きんがためにあくせくしてもがき、不安にふるえ、ぶつかり合っては敵意を持ち、闘争しているのを見て、私に恐怖が起こった。

人々は自分の妄想が作りだした自分の世界に閉じこもり妄想から妄想へと迷い歩いている。それらは皆、不安と苦しみに満ちている。争乱と不安に脅かされない安穏な場所を求めたが、どこにもない。

それどころか求めれば求めるほど、遂には争い憎み合いが始まる。それを見て私は不快になった。その時である。見がたい欲望の矢が各々の心臓を突き刺しているではないか。

その欲望の矢によって人々は当てどもなくあちらこちらへと走り続けている。その矢を抜けば浮遊することもなく沈むこともなくぶつかり合うこともない。

自分が妄想して作り上げた世界に在って、闘争を生み出し妄想を再現し強化するものに魅惑され引き込まれてはならない。快楽の虜にし闘争を生み出す欲望を完全に知り尽くして離れ、自分の涅槃寂静を学べ。

真実に立ち、誠実であれ、自惚れることなかれ、無いことを言うな、人の悪口を言うな、怒るな、そして奪いつづけ肥りつづける利己的貪りを克服せよ。求道者よ。

意識を曇らせ、怠惰であることに打ち勝て。他者に対して細心の注意を払って耳を傾け尊敬し、思い上がって凝り固まってはならない。涅槃寂静を心する者よ。

・・・

 

 古代の偈文だから、要点しか書いていない。しかし、対立し合う人々の姿は、加害者の中学生を中心に大人たちや子供たちが心を通わすことが出来ず、反目し合う姿に似ている。今の子供たちはどうだ。楽しくない学校に無理やり行かされ、そこで競争をさせられる。縛られる場、苦役の場として学校がある。そしてそこで行われるのは他人と心を通い合わせることではなく、他人を落とす練習である。教師は教師で社会の無責任さのつけを全て負わされている。そして四十人の生徒の私生活まで背負わされ疲弊していく。余裕のないせめぎあいの世界。その中で、加害者は「透明なボク」と言い「自分の名前で人から呼ばれたことがない」と言う。この世は精神を捨てて観念する事に徹しなくては生きていけない。それが彼を透明にさせたか。そしてそれに追い打ちをかけるように、だれも彼を一人の人間として見てくれなかった。「おまえ」とか「こいつ」とかしか呼ばれない。そしてその代名詞とともに叱られ、彼はどんどん人間から排除されていった。この世に住みかを奪われていったのだ。名前で呼ばれない気持ちがどんなに淋しいものか想像したい。

 お釈迦さんが偈に表したかったのは、このような「生きにくさ」ではないか。またここでお釈迦さん自身の立場を想像するに、お釈迦さんの属した釈迦族はコーサラ国に皆殺しにされる。そしてお釈迦さんは釈迦国の王子であった。ということはお釈迦さんは出家しなければ当然の事として「手に武器を取り有情を殺す」恐怖の人であった。これは余りにも想像が過ぎるであろうか。

 神戸の事件の加害者の「学校嫌い」「学校に復讐」「弱い者苛め」等に私は自分を感じた。「学校は苦役である。学校は闘争である。学校は化かし合いの場である。みんな優しいふりをして蔭で牙を研ぐ」そんなことを何度か思った。自分の姿が、どこかで加害者と重なってくる。(その後の新聞欄の投稿などを見ても、特に同時代の子供たちは、自分たちの心と、その加害性に自分を重ねている。多くの人がこの現代の病巣に共感している)

 お釈迦さんが「闘争する人々の一員として自分を感じその総体としての恐怖と苦しみを見た」ように、私も「加害者の一員として自分を感じ人間に住まう恐怖と苦しみを見る」、そして、多くの人々がその様に見ている。                        その立場を踏まえて偈文は独白する。「殺し合いを乗り越えたことを話そう。(自分にもあなたにも)この胸に煩悩を生む矢が刺さっている(私たちの根本欲求こそが歪んでいる)」と。お釈迦さんは苦しみの人々と座を別にしているのではない。その中の一員として「これでは安住の場所がない。自分を変えなければどこにも憩えないのだ」と言い放つ。お釈迦さんは自分もみんなと同じ煩悩に漂える者であるとの認識を出発点にしている。これはそのまま今回の事件にもあてはまる。「人々は受験戦争・出世主義・教育管理と生徒支配・遊びのない生活等の中で互いにせめぎ合ってもがいている。そのあがく様は恐怖ではないか。もっと自分を見つめて、安住所をつくろうではないか」と。そのようにお釈迦さんは言うのではないか。

 お釈迦さんは独り高みから「私は覚った。君達早く登っておいで」と言っているのではない。私達と同じ人間として仏教を一緒にやろうと訴えているのである。「私達が生きているというのはこういうことなのだ。だから皆で仏教をやろうじゃないか」というのである。

 仏教でいう苦しみとは個々の「苦」でありながら、網の目のように互いにつながり合う苦であり、その苦しみは、私の魂によって共有されて有情の苦しみとしてある。その時、既に私の苦しみは単に私に限定されたものではなく他の人々そして有情に共有されるものである。その時、私の魂は有情の魂と苦を共有しあっている。

 この魂によって共有される苦こそ、仏教の原点としての苦ではないか。

 そのためには、まず、自分の苦であれ他人の苦であれ、苦しみをそのまま受け止めることである。そしてその苦しみと自分が繋がっていることを自身に受け止めることである。どの苦しみも私達の深層の欲望において繋がり、関連を持ち、責任を持っている。お釈迦さんから見れば自分も他人もみんな「欲望の矢」を懐き「荒れ狂いぶつかり合う」生き物であった。お釈迦さんは自分と他人を魂の地続きの上で見ている。ここが大事である。これが後日「悉有仏性」と言われる意味ではないか。この「苦の有様」の確認こそが仏教の原点ではないか。

 

仏 教 徒 の 修 行 ・ 妄 想 の 世 界 を 離 れ る 

 では「苦」から、どのようにして解放されるのか。苦しみの解決として煩悩を生む矢を抜けという。私達を生きる方向へと突き動かす欲望の中に、闘争と苦しみの原動力が潜んでいるという。そして、その時、この世=私達が魅惑を感じそこへと引き込まれ吸着する妄想の世界へ寄り掛かるのを止めよと言う。それを示すと以下のようになるだろうか。

まず、1)手に武器を取る世界がある・例えば受験戦争・戦争中など

次に、2)そうさせる妄想の世界がある・「一流大学を出ないと人間失格・生きていけない・損をする」という観念、思い込みの世界・自衛の為の戦争

次に、3)妄想の世界へと魅惑されるのを停止する・不殺生など戒律を守る、出家・日頃からの友好に勤め平和を築く、経済的侵略を止める

4)妄想世界を現出する深層の欲求を変化させる・名利を離れる、少欲知足、慈悲の精神・生活スタイルの変更

5)妄想がなくなり修行にしたがって真実世界が見えてくる・教育改革・軍備縮小

6)一切有情の真実世界の実現

(老や死は人為的な「苦」と異なるのではないかという問があるが、基本的には煩悩を生む矢=深層の欲望が生み出す苦と考える。お釈迦さんの考えた出発点はより生活苦に近いものと思う。苦とは生老病死憂悲苦悩であり、命に限りあるとか病に罹るという運命に対する挑戦ではなく、自分の生きる欲求と世界に関わる問題と捉える。信者の「病死を何とかしてほしい」という訴えに対してお釈迦さんが「死人を出したことのない家を探せ」というのは誠に示唆に富み、この場合も帰るべきは「煩悩を生む矢」であり上記の闘争と異なるのは闘争の場合は「煩悩を生む矢」を変化させれば当然止むということである。それでも「生死の苦と煩悩を生む矢の関係」と「闘争の苦と煩悩を生む矢の関係」は同様のものとして考えられるから、生死の苦は逆に闘争苦に含まれると考える。それに先立って、古い経文に「生死」とでてくるのは「人が生きる為になす苦しみ」のことであり、そもそも闘争を含んだものであるということも指摘しておきたい)

 

 先に私達は「生きにくい時代」「有情の苦」を確認したが、その生きにくさは仏教では、個人の誤った欲望・見方にあると考える。それは例えば、「学校で勉強の出来ない子は悪い子で排除したらいい」とか「いじめをする子は体罰で懲らしめればいい」とか「先生は成績さえ伸ばせばいい」とかである。そしてその裏には「競争社会は仕方ない」「人に勝たなければ生きていけない」「うちの子だけには苦労させたくない」「子供の出来が悪いのはみっともない」「うちの子供のおかげで鼻が高い」などがある。そしてもっと根底には「自分がかわいい」「所有を広げたい、子供や妻(夫)は私の所有物だ」「もっと支配を広げたい(自分の思いどおりに)」「人に勝ちたい」などの利己的な欲求が蠢いている。それらの深層の欲望は姿を表さず「見がたい」ものであり、自分は姿を表さず様々な姿に形を変えて、時には優しく、時には慈善的で、時には強行に、時には他人の口を借りて、自分の都合のよい世界をつくろうとする。(深層の欲望に良いものもある。例えば苦の共感、優しさ、慈悲、菩提心等についてはここでは触れないが、これらは、やはり苦の認識を通ってこそ本物となる点に於いて、ここでは深層の欲望に含ませない)

 この深層の欲望は、単に姿を見せずに暗躍するだけではなく、世界の様相そのものを歪めている。例えば「自分の子の成績が良くあれ」という欲望は、単にその分野の事に限られるのではなく「他の良くできる子供が疎ましくなり世界を好ましい子と好ましくない子に分けたり、勉強しない子供を蔑んだり先生の善し悪しを極度に計ったり、ついには社会を優秀と非優秀、勝者と敗者の世界に塗り替えて」いく。深層の欲望は私達一人一人の「世界」をそれぞれの深層の欲望に従って大きく歪めている。しかし本人にとってはしっかりと本人の欲望に支えられているからその歪みに気づくのは、子供が非行に走ったり何かをしでかしたりする時でしかない。自分が考える世界は、自分の深層の欲望の都合の良いように始めから並べ替えられているのである。

 その自分で作りだした世界をとりあえず「妄想の世界」と言う。「とりあえず」というのはこの妄想の世界が全く妄想なのか一部は真理を含んでいるのかが、やがて問題となるからである。「妄想の世界」は苦しみという魂の疼きによって、その歪みを露にする。子供が奇行をして始めて、その父親が「私が間違っていた、生きてさえ居てくればいい、元気でさえいれば」と言う。極端な痛みが、父親のあたりまえと思っていた世界を瓦解させるのである。それは、子供の為と言っていた事が「本当に子供の為」だったのかを反省させられることとなる。だから「妄想の世界」に寄り掛かるのを止めよと言う。妄想の世界に頼らない自己の確立を勧めるのである。

 ここで、この「妄想の世界」と「煩悩を生む矢」とは密接に関わっている。神戸の事件では、加害者は最初は「自分を認めてほしかった」であろう。誰でも子供のときは、はしゃいで注目を浴びたいものである。しかし、中学ともなれば突然、先生は厳しくなり、親や先生から勉強競争が当たり前のものとして強制される。そんな中で心が閉ざされていくのは容易に想像できる。社会への愛情要求はやがて、社会への復讐心へと変わる。そしてそれまで自分にとって少なくとも部分的には温かだった世の中が、冷たい敵対者とし見え始めるのである。この愛情要求や復讐心と密接に「何処か閉ざされた形に妄想された世界」や「自分に敵対する世界」が現実世界として出現する。そしてその「復讐心」と「敵対する世界」は互いに強化し合う。というのは、敵対心をもって周囲に臨めば、周囲から反撃を食らう。反撃をしてくる周囲に対して敵対心は「やっぱり皆、敵だ」と確信する。この流れは強化されていく。そして、いつの間にか、加害者は敵対心こそ真実の心だと納得したくなっているのである。周りもあいつは悪だと決めつけた方が楽になっていく。実際、加害者の奇行に対して周りの親たちはどう思っていたのか。「あの子、変だからなんとかしてあげないと」と思う人は減ってきた。そして自分の子しか見えない今日「他の子供たちは皆け落とすライバルだ」と思っているから「我が子に悪さするものは排除するべきだ」となる。そして事件後、皆で学校で話し合いをしようとすると「勉強が遅れる」といって取り合わない。そして学校もその方が問題化しなくて助かるぐらいに思っている。

 これがはたして、真実世界と言えるであろうか。しかし、当の本人は「妄想の世界」と「煩悩を生む矢」の悪循環から抜け出せない。

 そこで、お釈迦さんは「妄想の世界」に寄り掛かるのを止めよと言う。

 とりあえず、「妄想の世界」と「煩悩を生む矢」の関係を絶てという。そしてその上で、自分の「煩悩を生む矢」即ち自分の心に湧いてくる「煩悩を生みだす欲望」を点検せよと言う。

 

出 家 と は  社 会 や 人 と の 関 係 を 絶 つ こ と か 

 ところが、仏教徒はこの「妄想の世界」から離れるということを「この世に関わらない」というように大きな取り違えをしたように思われる。その問題を次に考えたい。

 「妄想の世界」と縁を切る。縁を切ったままこの世界に戻れない仏教徒が多い。「出家者は社会と関わらない」と言いながら「食わねば生きられない」のだからこの世にしっかりと呼吸し弱肉強食の世に食らっても居る。「妄想の世界」を捨てたはずなのに自分がこの世にどっぷりと漬かっている様子を見て、その仏教徒は「この世は仮の世だ。この世でしていることは無だ、空だ、非現実だ」と放言したり「世間虚仮、一切皆空、煩悩即菩提」と諦観したりする。その裏で遊興に高じていたりすると世間の笑い物でもある。

 お釈迦さんは私達の深層の欲望を「見がたい欲望」と言い、「意識されないのだ」ということを強調している。むしろ私達の「行動」とは私達の「深層の欲望」の姿であり、行動にこそその人が現れていると説くべきである。煩悩を煩悩と知り、煩悩が有るから煩悩を避けることが出来るというのが菩提であって、煩悩のままに享楽して煩悩を生む欲望を満足させているのは仏教の放棄であろう。それは出家の姿を取った在家であり、誤魔化しとなる。この点では私達はもっと自分の行動に照明を当て自己批判力を持たねばならない。

 仏教徒として最も大事なことはどの様な生活方法を取るかという決断である。「出家隠遁者」となるのか、一遍さんのように弱者と共に生きる「遊行聖」となるのか、行基さんのように「社会改革者」となるのか、明恵さんのように「求道者」となるのか、あるいは在家仏教者として生きるのか。妻帯をし、云々である以上、私達はどう言おうと在家仏教徒として生きるしかないということは言えるのだが、その点を曖昧にして決断がない事によって現在の仏教徒の不甲斐なさが出来ていると思う。

 お釈迦さんの時代には、孤独な遊行者は既に社会的な存在であった。今の僧侶階級はどのような形で社会の認知をうけているのか。社会の認知とは「生きていく糧」をどのように供給されるかということである。「お釈迦さん集団」は純粋な布施に頼って生きた。今の僧侶集団はどうか。堂塔を構える既存仏教以外の形では仏教徒は生きていきにくい。遊行者として生きる場所は例えば「八十八箇所霊場」のような場所しか社会的認知を得ていない。また、お釈迦さん集団は新参者をどんどん迎え入れ、門戸を開き、苦しむ人々の所へは厭わず足を運んだ。たが、今の僧侶集団は行わず却って排他的集団化さえしている。今の僧侶集団は新しい出家者の生活を援助しないし生活の場を作ろうともしない。とすると、既存権益にしがみつく利益集団とさえ見紛うのである。

 お釈迦さんは、生活の場すべてを「妄想の世界」から切り離した。遊行者の立場を選んだのである。それは文字通り出家であり、「家業=生計の為の営み」に於いても「享楽」に於いても「妄想の世界」を遠ざけた。しかし注目すべきは、お釈迦さんは「慈悲」の心を捨てなかった。

 

経集の143 偈にこのように書かれる

平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。心直く、正しく、言葉やさしく、柔和で、思い上がらず、足ることを知り、要るだけの食で生き、強制される仕事が少なく、生活は簡素で、快楽へと心騒がず、意識が澄み、高ぶらず、財を求めることがない。

・・・一切の有情が幸せであれ、安穏であれ、安楽であれ。

・・・

何人も他人を欺いてはならない。軽んじてはならない。怒りの思いをいだいて他人に苦痛を与えることを望んではいけない。

あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように,そのように一切の生きるものに対して無量の慈しみの心を起こすべし。

・・・

上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。

 

 お釈迦さんは、遊行者としての道を選びながらも、心は常に有情と共にあった。のみならず、積極的に苦しむ者を迎え入れ、また苦しむ者の所へ出向いて、心境を語ったのである。世間と交わるなとはこの生き方を指している。自分の快楽へと欲望が走る物に対しては避けよという。しかし、「苦しむ人々」は真の存在であり、お釈迦さんは有無を言わず彼らに関わっていった。この点をしっかりと学びたい。私達はお釈迦さんの学徒に停まらずお釈迦さんのように実践することを求められている。これは、お釈迦さんの「弟子の立場」「羅漢の立場」「お釈迦さんを神格化する立場」「菩薩道の立場」「禅」「浄土」のそれぞれの立場という歴史的展開の中で本質を失ったものと思われる。それは別の機会に譲るとしてここではお釈迦さんの根本的な心境に基づいて考えたい。

 お釈迦さんは先に「苦」の確認の時に見たように「他者の魂・有情の魂と地続き」の上で「苦」を見ている。ということはこの時、既に全ての「苦」を引き受ける作業をしているということになる。お釈迦さんにとっては、仏教徒への決断のその時に、既に一切有情の苦しみからの解脱が目的になっているのである。その思いが即ち「慈悲」である。

 一切有情が「苦」の状態にあるとは、そのまま一切有情が「幸せになる」ことに他ならない。その事が凡夫にはなかなか分かってこないから、慈悲の心を持てと強調する。そして慈悲とは「あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように,そのように一切の生きるものに対して無量の慈しみの心を起こすことだよ」と説明する。そのことは、お釈迦さんにとっては、この世の「苦」を見たときに既に決まっていたことである。

 そして、お釈迦さんは遊行者としての自分を守り、金儲けや、地位獲得という名利に汚されることなく精神修養して、「妄想の世界」を離れ「煩悩を生む矢」を知り改めて行くのである。

 

修 行 の 途 上 で の 社 会 へ の 働 き か け ・ 慈 悲 

 先に見たのは、お釈迦さんに於ける「苦」の認識では、慈悲が当然の行為であるということであった。所が、日本では僧侶は寺を出ない。慈悲は特定の対象を持たない観念としてはあっても、例えば今回の事件に対して積極的な行動が生まれにくいのである。

 その原因として、

1)その人の善し悪しはその人の問題(業に関わる)

2)「妄想の世界」に関わるな、「煩悩を生む欲望」の対象世界に関わるな

3)この世は仮の世

 という考え方がある。(2)と3)については上記において否定)

 私は今回の事件を見るとき、加害者が犯行に移るとき「僕を分かって欲しい」という気持ちでいっぱいだったように思う。「復讐したい」とはそのことではないか。復讐とは自分を他人に分からせる最後の方法ではないか。彼は実のところ心の深層において「魂の共有」を求めていたのではないか。彼は孤独だった。彼こそ生きることにもがき苦しみ、誰にも助けられず安住所を失った「お釈迦さんの見た人々」ではなかったか。彼は誰かに分かって欲しかった。魂の共感が欲しかった。誰かと魂を共有したかった。この時、お釈迦さんなら「慈悲」として実践したと思う。

 心を閉ざす人、虐待された人は「親切にしてくれた人が一人いるだけで救いになる」という。お釈迦さんとは、実は優れた知恵者や哲学者や宗教者である以前に、そんな優しく魂を受け止める人ではなかったか。それが後世慈悲として語り継がれるのではないか。

 誰か、加害者の心を受け止め、その苦しみを共に過ごす者がいたならば、彼はこのような方向へは進まなかったのではないか。彼の運命は誰かの「苦への洞察」によって変えられ得たのである。確かに運命として受け止めねばどうしようもない事柄もある。しかし、運命と人為との区別は峻厳でなければならない。そして、その事柄が運命的である時でさえも私達が「苦」をしっかりと捉えているのか、いないのかが厳しく問われるのが私達の魂の問題である。いかなる逆境にあっても仏様の慈悲の中にあることを意識するものは半ば救われている。それは、実は人間の人間に対する思いやりによって魂が休まることに他ならない。魂を魂が受け止めるのである。

 加害者はお釈迦さんや彼を受け止める魂に出会っていれば、行動を異にしたに違いない。その時、彼は自分の業を全う出来なくなるのではなくて、私達の真実世界は互いに縁起し合うことによって、既に業を越えていくのである。お釈迦さんは人々に説いてまわり慈悲行を実践する中で、業を縁起に変え、魂の救済を行っていった。運命は相互の働きかけの中で、縁起として解きほぐされ、妄想世界に生きる魂は「煩悩を生む矢」を解決することで闘争世界を離れ自由になっていく。神戸の殺人事件を反省するとき、このような仏教の姿が浮かび上がってくる。(上記1)の否定)

 お釈迦さんはこの世を捨ててはいない。煩悩を生む矢によって妄想された世界・世界の妄想の部分を排除することによって、逆に、この世に生きる有情の真実世界がありありと見えてきたのではないか。その有情の真実世界をお釈迦さんは自分の涅槃寂静と同等に最高に大事にしている。これは現在の仏教徒に見られる傾向とは正反対のものである。

 

積 極 的 生 き 方 と し て の 慈 悲 行 

 私達は深層の欲望を批判してきたが、では深層の欲望が静められたとき私達は何を希求するのか。深層の欲望とは現代の言葉で言えば「快楽欲求」「自己保存(個体存続)欲」「子孫存続欲」であろうか。これらが消滅または弱められるとき、私達は何を意欲するのか。この結果仏教徒は往々にして無気力になっていないか。それはまるで現代人が物に満たされ、快楽に豊満して無気力になっているのに似ている。この「無気力」を解決することは現代の日本が抱える重大な問題だと思われる。

 例えば「隙間産業」とか「アドベンチャー企業」という言葉がある。これは既に生産が必要十分になり、働かなくても良い状態が来たことを語っている。それならば皆で憩えばいいと思うのだが、そうはいかない。世界の経済変化が激しく「国際競争に負ける」とか「リストラしないと」という論理で人間が追い立てられる。これは国家間の落差・企業間の落差に起因するものであるから、真に自由な競争が国家や国家間によって保障されることを期待しなければならない。この間、人々は既得権益に保身するか、すでに豊満した産業構造のなかに食い込もうとあくせくするしかない。どちらにしても、生産は必要十分であるから、生産意欲が湧くはずもなく、また、先の落差の中で、既に健全な自由競争は期待できないから、個人は無気力と無力感を増大させていく。その中で起こるのは、「金儲け主義」である。なぜかというと、生産自体が無気力化しているのだから、内容に満足することは不可能で、その秤としての「金(の量)」に頼るしかないのである。そして人々は、いかにして既得権の多い集団に入り込むか、そして既得権を守るかに奔走する。つまり、受験競争を激化させ、コネによる既得権との結びつきを求める。ここにあるのは、中身ではなく殻の獲得競争である。結果、人間は見捨てられ、小賢しい智慧のみが生き残る。

 一方、仏教徒はというと、この混迷を深める時代に中途半端な涅槃寂静主義と慈悲主義に自分を埋没させている。事実、名利を追う僧侶は多数派であり、既に弱々しい仏教徒ですらなくなっている。ただ問題の核心は、仏教徒が仏教を自分のものにしていない点である。それは意欲の湧かない仏教し続けてきたことである。国家や権力、つまり既得権者の支配下に伸長してきた国家仏教や既成仏教は当然、社会の歪みを吸収する緩衝材としての役割を担う結果、涅槃寂静にしても慈悲にしても、行動的な涅槃寂静や慈悲は育たなかった。

 涅槃寂静は単に心が静まるものではなく、もっと騒がしいものでも良かった。大乗で常楽我浄というのはその謂であろう。

 また、慈悲とは単に心に「一切有情の涅槃寂静」を祈ることであったろうか。もしそうならこれこそ「棄民の思想」ではないか。利己的排他主義ではないか。先に、苦の項に於いて「魂の共有」を考えた。苦を共有し魂の地続きの上に立つこと。この立場をしっかりとさせるとき、自分の苦しみは、自分の苦しみを通しては勿論、他者のありありとした苦しみを通してより鮮明に深く見えてくる。その時、私の魂は単に私に限られて有るのではなく、彼我の境界を越えて他者と結び合う。その時、それまで見えなかった様々な様相が見えてくる。その気分が「慈悲」であり「みんな幸せに」であり「一人も苦しい人がいたら心が痛む」ということではなかろうか。その時、自分はここに停まるのではなく、そこへと出向いていく。此処、即ち自分の涅槃寂静に停まるのではなく、其処、即ち仏に見守られた彼我の融通無碍な世界へと入っていく。

 この「積極的慈悲」の行為は、今の無気力な現状を破っていくものである。生きにくい時代に必要なものである。生きにくい時代の様相は先に見たように、快楽欲求の行き詰まりと、涅槃寂静主義の行き詰まりから来ている。これを打破する道は、「苦」の観点に立った「魂と魂の融和」を基本とする「慈悲行」を行うことである。

 

涅 槃 寂 静 と は 

 何と言っても最重要の問題である。まず涅槃寂静とは「苦」の否定形としてあるのか。それとも積極的な至福としてあるのか。

 もしも、今の仏教徒が生活苦もなく他人に迷惑を掛けている意識もなくまた事実もなく暮らしていれば、苦の否定形としての涅槃寂静は必要ないかもしれない。そうすると仏教が成り立たないから解散になる。

 結論から言うと、苦の認識と至福は同じことだと言える。但しその至福は煩悩を生む矢の最高実現ではない。だから苦の認識と同じなのである。

 もしも闘争や競争が、その果てにとても楽しいものであれば、まったく逆の仏教も成り立ったであろう。その点は、お釈迦さんが最も良く承知している。涅槃寂静とは固定したものではない。煩悩を生む欲望が静まり、過去の快楽に引きずられず、未来へと期待を広げず、現在においても少欲知足している。優れているとか劣っているとかの責めから自由である。「私が」とか「私のもの」という自我意識が巻き起こす所有欲と自己の優越感から解放されている。それでいて怠惰ではなく慈悲に富み、悠然としている。この心は全く自由な心である。ただ世俗の人から見れば、快楽が少なく楽しみが無いのではないのかと思われる。しかし、涅槃寂静の境地はそれらの快楽を上回っている。慈悲の楽しみも上回っている。このような境地は、自由で安穏な境地である。

 この自由な心が、社会的にどう機能していくのかが今後課題となっていく。

 

共 に 生 き る 集 団 の 宿 命 

 先に、仏教徒の生き方として「遊行者」なのか「在家仏教徒」なのかという事を考えた。時代は益々窮屈で「生きにくい時代」になってきている。こんな世の中で、例えば極端な話、皆が僧侶として生きることは出来ない。というのは皆「衣食の牢獄に繋がれている」からである。既に僧侶は在家的であり、社会的であること、例えば納税や諸々の義務を免れないし、それよりも一切有情の涅槃寂静を考えるならば、いかにして生活をゆるかなものにするかを共に考えなければならない所に来ている。

 日々、競争社会に生きながら「名利を離れろ」と言っても無理である。右の手で他人をけ落としながら、左の手で小銭の慈善を行うのは心の欺瞞である。お釈迦さんが言ったのもこのことではないか。煩悩を生む矢を静めるには煩悩を増大させる世界を離れろと。ならば一切有情の涅槃寂静を求めるならば、他の人をして「競争社会」を離れることを保障しなければ虚言になる。今のこの国の状態では一切有情が涅槃寂静に入り、金儲けの欲望を捨てることは困難である。社会全体が競争を緩め、け落とし合いではなく助け合う生活形態を築かなければ、仏教は少数の恵まれた者たちの独占物となる。それは、まるで神戸事件の加害者が世の中から排除された恨みによって復讐し、また悪として排除されようとしている、そ様相に巣くう排除という忌まわしい精神が仏教世界にも浸入し、仏教徒すらも排除精神の保身の悪魔に菩提心を売り渡したかにさえ思われる。

 既にこの地球に同時に生きているということは二つの宿命のようなものを負っているように感じる。

 一つは、煩悩を生む矢に従えば、手に武器をとって反目し合わねばならないということ。

 もう一つは、しかしながらその苦しみの中に、苦しければ苦しいほどに他の有情との地続きの魂を感じ、連帯し、「一人幸せになることは決して出来ない」と思い知るのだということ。

 そして、神戸の事件の加害者に光を当てるならば、家族なら家族という集団、学校なら学校という集団、知り合いなら知り合いという集団、国家なら国家、地球なら地球という集団において、「何々君、どうかしたのか、大丈夫か」とその構成員の誰かに声を掛けられているということがどれだけ本人にとって支えとなるのかということ。逆に言うと、私達は本質的に社会的な生き物であって、常に集団を意識し、その集団において役割と認識を求めているということが避けられない煩悩を生む矢の根底にあると感じる。

 自灯明といい、私達仏教徒は自分を真理の拠点とする。まるでこの言葉には他人が入る隙間はないように思える。しかし、この辺りに「闘争の回避」といい「生死の超克」といい「慈悲」といい、様々に言われる仏教の真理の入口があるように思うのである。

 神戸の事件は、遠い遠い事件である。妄想の世界の最たるもの、妄想中の妄想であって、もっとも仏教と遠い所にあるようにも見える。しかし、被害者・加害者の精神世界に一歩足を踏み入れるや、この事件の中に、仏教の真理がずっしりと詰まっている。最も妄想的で、苦しいという仏教が忌避する事件において、逆に様々なことが分かり始める