宗教者九条の和発足 戦争反省と証言 イラク・自衛隊派遣 反対意見書案を可決 要求請願4件も採択−−松山市議会
とりいそぎ参考資料 教育基本法改悪法案の問題点

まず写真を見て考えよう
不殺生平和の折り鶴を折ろう 短冊を発行中ただいま28000
イラクへの自衛隊派遣はやめよう 03.12.15不殺生
武力によっては対立を解決しない。それは仏教の根本の精神を生活に具体化したものであり、二十世紀になって、個人の目標がやっと国家という巨大な短所と長所を持つ組織に拡大されたものである。
お釈迦さんの時代、人々は暴力や戦争や当時の国家という大泥棒(中村元曰く)から自由になるのに、出家修行者の群れに飛び込むしかなかった。
しかし、今日、ようやく個人は出家することなく在家にとどまりながら、暴力の応酬から自由になるチャンスを得ている。それは日本国憲法に書かれている「国家の戦争放棄」であり「武力の放棄」であり、国民が国家の戦争に巻き込まれることがないように明言した「平和的生存権」の確立である。
もしも、この平和的生存権を失うならば、国民は時の政府が行なう、たとえば自衛のための戦争に動員されてしまう。この憲法のもとでは、国民は正当に国家の戦争を否定し、不参加を明言できる。もとより専守防衛を否定するものではない。しかしながら、現在の日米の動きや、イラクでの自衛隊の活動は、自衛を超えた先制自衛を根拠とする侵略であり、人道支援を理由とする侵略の手助けである。このよう暴挙に対して、明確に反論できるのは今の日本国憲法をおいては他にないだろう。
私達は、いまこそ、この憲法のもつ意味を現実に照らして考え、深めていく必要がある。
その他の会
九条の会
護憲をアピールする記者会見に臨んだ(左から)加藤周一氏、大江健三郎氏、小田実氏=10日午後、東京都千代田区九段北で
大江健三郎氏
「イラクに日本の軍隊を送った今こそ、九条をよく考えなければならない」
「憲法は世界に対する自分の態度、モラルの支えであり、外してはいけない考え方の土台だと思ってきた」
[イラクで戦争が起こったとき、子どもが障害をもって生まれたときなど、そのたびに憲法と教育基本法のことを思い、「憲法といっしょに生きてきた」
今、憲法が書き換えられる危険がかつてなく強まっている現実は、「小説家としての自分の仕事の締めくくりをしなければならないときに、自分の支えとなってきた柱が倒されようとしている」と映っています。
これまでは、解釈改憲はされても、明文では書き換えられないだろうと「楽観的に信じてきた」。「憲法の空洞化というのは現実にあると思うが、憲法が文字としてあることと、それがなくなることとでは根本的に違うと考えてきました。しかしいま、言葉として書き換えられようとしている」。
いろいろな人の憲法への思い、九条を守ろうというさまざまな声や運動、それが集まって一つに重なる場所、それを「萃点(すいてん)」という言葉で表し、「この会が萃点の一つとして使われればうれしい」
二〇〇四年六月一〇日
井上ひさし 梅原 猛 大江健三郎 奥平 康弘 小田 実 加藤 周一 澤地 久枝 鶴見 俊輔 三木 睦子
九条の会 アピール
日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。
ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。
侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大な責任を負った日本は、戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。
しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。私たちは、この転換を許すことはできません。
アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福を奪うことでしかありません。一九九〇年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。
二〇世紀の教訓をふまえ、二一世紀の進路が問われているいま、あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。
憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、アメリカとの軍事同盟だけを優先する外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して現実的にかかわっていくことが求められています。憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。
私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。
- ある方より
六十年前、私たちは焼かれていたが、焼きつつあった。日本刀で鈍い音とともに、私と同じ首を切ろうとして、やはり鈍い音とともに、うめき声がやがて、私を捨てていった。そんな時から六十年は、またその鈍い音を忘れようとしている。
死んでも死に切れない人を捨てつつ。