弘法大師御出家の一考察(雑感三教指帰より)

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弘法大師の青年時の名を真魚と呼びたい。

視点

一)真魚の状況

二)真魚の家系

三)真魚の関心

四)真魚の方向・変わらぬもの・変わったもの

五)聾瞽指帰の思想

 

一)真魚の状況

時代は律令国家が揺らぎ始める頃

貴族の主導権争いが激しい。氏族・家・皇太子間の対立術策殺害処刑が続く。

→大伴・佐伯旧軍事氏族の没落

東北(蝦夷)の経営が行き詰まる。

→俘囚の支配者=佐伯族の変動、部民の増加?大仏建立時の協力?

賦役の増大(遷都・造寺大仏)→逃亡増加→口分田本貫の崩壊

墾田永代法→租税・賦役の崩壊

学により出世が可能かに見える。(渡唐の吉備真備、玄ボウ、等)

働きにより出世が可能。(行基、今毛人、等)

権某術策により出世が可能。(僧道鏡、等)

好機到来・遷都・政治の刷新に合わせ旧勢力の払拭と支配者層の新思潮の必要性

(久々の遣唐船。最澄の登用)

二)真魚の家系

→大伴・佐伯旧軍事氏族の没落

→俘囚の支配者=佐伯族の変動、部民の増加?大仏建立時の協力?

父・佐伯氏(正六位)軍事氏族。母・阿刀氏(僧玄ボウ(〜746)の俗姓は阿刀)学者族

佐伯(大伴)変(事件)ある毎に没落へ。今毛人は別格。

強い中央指向というより、没落をくい止める。

(族内にも学者が多い)

三)真魚の関心

序)

十五才阿刀大足について学ぶ(以下三教指帰)

十八大学に遊聴。(雪蛍の・・)

学者=官吏として出世→五位以上へ、

同郷の東北からの俘囚をどう見ていたか。?

(性霊集3は否定的、「毛人、猛虎、犲狼、・・非人儔」但し、「毛人面縛・・不戦、不征」同じ村に寝起きしていた筈ということを考える時?、どちらかしか無いであろう。親しいか、或いは、対立か。もし、対立ということになると、以後の文章は嘘ということになる。)

1)序より

先ず三教指帰と聾瞽指帰の差異については、他論の示す通りであるが、三教指帰の序は単純明解であるが一方、聾瞽指帰の感情の強さや危うさを感じない。三教指帰は淡々と説明していくのに対し、聾瞽指帰には「余恨むらくは高志妙弁妄りに雅製に乖くことを・・加ふるに山を歴、楼に登るに無孫王の功無きを羞じ・・」と謙遜とも臆病ともとれる言葉が連ねられる。その上、「蓋し此の制に乖く、科罪差有らんや」と言い、この書が世に知れ渡る時の反響を危惧するてらいがある。世に三教指帰は儒教と道教と仏教の三つの教えの優劣を説いたと言われるが、三教指帰に見える仏教をして弘法大師の仏教と言うのは軽率であるし、三教指帰こそ「出家の趣を示す(文中)の書」に相応しく、聾瞽指帰はその以前のものというべきであろう。それは、ここに仮に、「出家説得の書」としたい。

 

さて、簡明説明である三教指帰によれば、「爰有一多親識、縛我以五常索、・・

復有一表甥、性則很戻、鷹犬酒色、(其の習性を顧みるに陶染(環境)の致す所なり。)彼此両事、毎日起予」とあり、この二つが「毎日私を起こす事」だという。

1「忠孝」 2「蛭牙公子の悪」となる。

聾瞽指帰に於いては、「(書は沢山あるが)未だ後誡の準的(標準)とするに足らず・・如是歎息只一二のみに非ず・・又忽、暴悪之児を視て其の教え無きが染むる所を愍む・・」とあり、 1「後誡の準的をつくる事」 2「蛭牙公子の悪」となる。

さらに、両方の序に見られる真魚の感情の言として、三教指帰に「人の憤りを写す」「唯写憤懣之逸気」といい、聾瞽指帰に「高志妙弁」「思瘡の膿を潰し、籠中の鴟を縦にする・・但恐るらくは翔鳳の下、ショウ螟翼を舒ばし、霹靂の中、蚊の響き息まざらん」とあり、いずれも、「高い志の憤懣の書」である。思瘡の膿とは、蛭牙公子であり、籠中の鴟とは自分のことであろうから、『対蛭牙公子・対決の書』とできる。

このように読んでくるとき、ショウ螟翼・蚊の響きとは真魚自身であり、それを覆い自由を奪うもの、圧迫するもの、雷を落とすものが、籠であり、翔鳳であり、霹靂であるということになる。ここに、『蛭牙公子対籠中の鴟・対決の書』ともいえる。

以上、両序から読み取れる真魚の関心は、

1「忠孝」 2「蛭牙公子の悪」 3「後誡の準的をつくる事」

であり、ここに蛭牙公子とは何かが非常に問題となる。いずれにしても、ここでは、三点に関心を置いた『蛭牙公子対籠中の鴟・対決の書』と見たい。

2)真筆に於ける太文字・「進退嘆息」の頌と「出家宣言」の十韻の詩。

『進んで仕えんと欲すれば我を好む主なく、退いて黙せんと欲すれば禄を待つ親あり。進退の惟れ谷まれるを嘆き、起居の狼狽に纏わる。」

18才の真魚(弘法大師)の心境を表すにこれ以上の表現はないであろう。

欲進無才、将退有逼。

進退両間、何ぞ歎息すること夥き。」

18才の真魚(弘法大師)の心境を表すにこれ以上の表現はないであろう。

特別に頌を作り意を写すと言う。書も特別な太文字である。「肆(つくす)力就畝(うね)、曽無筋力。扣角将仕、既に寧が識(能力)無し。智無く官に在れば、空職の誹りを致し、貪有って素サン(徒食)すれば誡を尸食に遺す。濫竿の姦行は、已に尤も直きに非ず。雅頌の美風は、但、周の國にのみ聞く」。

表向きは、私は微力で出世が出来ないとある。しかし、言を裏返せば、今や世間の人は智恵なくして高官にあり、ごまかして食を貪っているではないか。私は出来ない。今この国は政務が乱れ、良い人材を登用しない。と暗に言い、自分の境遇の厳しさを訴えながら、あからさまな政治批判を同時にしている。

いずれにしても、「進退嘆息」こそ、この聾瞽指帰の主題の一つである。

3)孝行・家について

「猶頗異禽獣、一念離れず、心憶深歎。(三教指帰には五内爛裂す(はらわたが爛れ裂ける))夫れ父母の(われを)覆うように育て提挈して(離さない)こと慇懃なり。居諸如矢、彼の(両親)短寿に迫る(墓が近い)。家産澆漓(うすい)、牆屋(壁と屋根)向傾。二兄重ねて逝き、(涙が)数行カン瀾。九族倶に匱しく、一心潺湲たり。慷慨(憤り嘆く)の思い日を月に継ぎ、屠裂の痛みを興こして旦より夕に達る。

嗟呼、悲しい哉」。

弘法大師の原点は、親孝行にあったと思われる。

(聾瞽指帰に於いて忠孝の問答は執拗に展開されている。当時の仏教への一般的批判とも取れるが、「進退嘆息」との関連から考えるとき、親への愛情故のものであると思われる。只、真魚自身、自らを『逃役』と呼び『大辟』の所加と言っている。当時、賦役等の束縛に疲弊し、又嫌って、労役からと定住からの自由を求めた逃亡と私度僧が多かったとされる。真魚もその一人であると言うからには、その一般的非難を受けての言とも言える。)

又、家に関して「・・(孝と忠は人の)要なり。・・又一生の娯楽、惟れ富、惟れ貴なり。百年の蘭友、誰か妻孥(妻子)に比せむ。・・」。

友も比べようのない程、妻子は楽しみであるという。これは、真魚の心境を他の言を借りて言っていると思われる。後に「直征・・孑として持仏経・・」とある。孑とは独りであり、孤高であると同時に、妻孥を持たない(持てない)、又、親・親族と逢いがたくなることへの決意が含まれていると思われる。

4)忠について

真魚は、文中に、「今、汝、親有り、君有り。」といい、又「進んで仕えむと欲すれば已に竿を好む主無し」とある。特定の君主がいて、それに仕えるというのではなく、真魚のいう忠とは「国家の為に先ず冥福を廻らす」というようなものであった。

5)蛭牙公子の正体

後に功績多い弘法大師が、何故、進退極まったのか。その鍵を亀毛、兎角、蛭牙公子に向けるのは、的外れではないであろう。

亀毛は、阿刀大足、又は、味酒浄成、又は、岡田博士といわれる。「立身の本、揚名の要」を説きながら、真魚に「進退惟谷」と言わせた張本人である。しかし、その裏に居る人物が兎角と考えられる。兎角こそ立身出世を真魚に約束した政界人ではなかろうか。大伴家持(〜785 真魚12才不可能か)佐伯今毛人(〜790 真魚17才)、又はその勢力の誰か、又は大伴・佐伯以外の者かも知れない。その外甥に蛭牙公子ありという。公子は貴族の子息である。一説に真魚自身というが、重なる部分はありとしても、本人ではないであろう。(ここで登場人物を特定する必要はない。例えば亀毛は儒教の代表者であり、虚亡隠士は道教をあらわす。兎角・蛭牙公子は共に貴族であり、兎角は真魚に近い貴族であり、蛭牙公子は遠い貴族と思われる。真魚と蛭牙公子が重なる部分というのは、共に人であり遊興も好むかもしれないという以上に、もし、兎角が真魚の出世を確約した者であるとするなら、その兎角が亀毛に頼み蛭牙公子(=真魚)に教えさせるという構造の重なりである。兎角こそ亀毛を真魚に紹介し、儒教で以て出世を約束した人となりうるということである。)

蛭牙公子について聾瞽指帰にこうある。「教えを聞かず、色、酒、賭博に耽り、・・」「上二親を侮り、下万民を凌いで慈しみなし」。当時の乱れる政治の責任者を『血吸い蛭(されど牙無し)』と譬えたのであろう。

ここに先程来の仮説を立ててもよいであろうか。

亀毛=真魚に立身出世のための儒教勉学を教えた人。

蛭牙公子=籠・翔鳳・霹靂、進退を拒む者、又、万民を凌ぐ者。

兎角=架空の角を虚栄し真魚を「進退の嘆息」に落とした者。

(虚亡隠士=「如是如是・・萍(浮き草)の如く遊ぶ」と一時真魚の求めた姿)

(仮名乞児=真魚進退窮まって放浪の姿)

(蛭に吸われる血=佐伯氏が統括する東北からの俘囚。)

6)真魚の関心の結論

真魚の家系も含めて考えて、

真魚の「一念離れなかった」のは親孝行である。良く勉学し、大学へ行った(但し、位階が足りず(五位以上)歳が多すぎた(16才以下)から聴講説あり)のだから立身出世を18才までは目標としていたことからも、親のため家のため出世が急務であった。その根底に、親への愛情があった。

しかし、15才より?始めた方法は挫折。儒教で身を立てるのは不可能。

その壁として、蛭牙公子が立ち塞がる。(もともと、蛭牙公子が立ち塞がるからこそ、立身出世が必要であったろうが。)

ここに、兎角、亀毛は役に立たない。

(しかし、これだけでは、真魚の人生の推進力としては不十分と思われる。強引ではあるが、佐伯氏が毛人の俘囚を支配し共に暮らしていたという現実を加味して考えたい。弘法大師程の人が、毛人の俘囚の解放や幸福を考えなかったとは思われない。事実、仏教を中心に据えることによって、この問題も解決されたかにみえるのではあるが。)

真魚の関心は、

1『親孝行』

2『後誡の準的をつくる事』

3『蛭牙公子の悪』

4『立身出世』

5『家族(妻子)』

四)真魚の方向・変わらぬもの・変わったもの

1)18〜24才の真魚(聾瞽指帰より)

進退窮まった真魚こそ、聾瞽指帰に描かれる仮名乞児に違いない。

「頭は瓮(土鍋)に似て、・・偶、市に入れば瓦礫雨となって集まり、若し津を過ぎるときは馬屎霧となって来る。・・半粒自得。・・形は笑うべきに似たれども志は已に奪われず。」

これは、今まで言われてきた『修行の姿』というよりは『放浪の姿』であろう。(「一の沙門あり。余に虚空蔵聞持の法を呈す」によって修行に四国行脚したというのは認めにくい。これは三教指帰の文で聾瞽指帰にはない。虚空蔵法は当時の流行であり、私度僧なら誰でも行ったといったら行き過ぎか。)「一旬不給」といい「石窟に儲け尽き」というから、飢えて死にかけた、まさに『逃役・大辟(逃亡・死罪)』の流浪であった。

三教指帰によれば、「土州室戸の崎に勤念す。谷響きを惜しまず、明星来影す。」とあり、霊験あらたかなるを以て、『出家の趣』を強くしたとなる。しかし、多少の仏教・道教の教養があったとしても、聾瞽指帰を書き上げるまでのものを既に持っていたか。

この間6年。出家の決意をした時点はこの間にあるが、聾瞽指帰として纏め上げるまでには、再度何処かで勉学と執筆の必要があった。

2)出家決意の時点

三)真魚の関心では取り上げなかったが、18才に始まり、24才でほぼ決まる出家への進路転換以前には、真魚こそ、世俗の功名栄華の道を進み行く者であった。だから18才以前においては、立身出世が真魚の重大な関心なのである。聾瞽指帰に、

「如是如是(三教指帰は固に是の如きを執るときは)父母にも拘らず親戚にも近づかず、萍のごとくに諸州に遊び、蓬のごとくに異境に転る。爰に雲漢に星闌けて六府の蔵、闃焉として已に空し。石窟に儲け尽きて八万の衆、デキ然として忽に窮まる。

是に於いて思量するに、

『内(仏教)には食に依りて住することを顕し(依食住)、外には(食を抜きにして)学未だならずと言う。如かじ。飢人を繦ホウして(飢えた人々(八万の衆・身内の八万の虫・彼らは我ならず、彼が施のためなり、故に貪らず(華厳))を背負って)、早く、豊かな郷(さと)に託さむには。』

即ち松林より発して聚落の京に赴き、知足の心に乗じて鉢を捧げ直ちに征く。・・孑(ただ一人)として仏経を持す。」

先ず、食うために京へ行くという。これは、再度の自分の為の保身ではない。一度自分を捨てた者が、親の為に行くと言うのであろう。八万の衆とは自分の中の八万の衆ではなく、他者の八万の衆を兼ねている。(十韻の詩・「誘他専為業」)

「早く、豊かな郷に託さむには」。豊かな郷に託すとある。豊かな郷とは、八万の衆を満たす者、つまり、真魚が僧になる決心をしているなら、それを援助する者となる。それは、両親か、新たな兎角(パトロン)か。

上の如是の内容とは、「毎に國家の為に先ず冥福(六度)を捧げ、二親一切に悉く陰功(六度)を譲る。此の恵福(六度の前五が福行、第六が恵行)を惣べて忠とし孝とす。」であり、目の前では親孝行や国家への報恩は出来ないが、陰ながらもっと立派にやっている。『陰ながら』で善いと思うときは、『父母にも拘らず親戚にも近づかず、萍のごとくに諸州に遊び、蓬のごとくに異境に転る』のだが、突然、それではいけないと思ったのではないか。このままでは無駄死にしてしまう。再度、兎角の門を叩き「行路の資を乞う」と。即ち、「孑として仏教を持して直征」。

つまり、出家の時点としては、

『陰ながら』六度を忠孝に代えて放浪する時点と「孑として仏教を持して直征」する時点の二つがあるといえよう。一つは、私度僧としての自覚の時点(これは虚亡隠士とも似ている。)であり、もう一つは、僧として食を立てる(官僧と言って良いか)人生の再出発の時点である。

3)三教の記述

以下三論ともに、 1宇宙観と現実 2誰の為の教えか 3方法 4理想 3方法 5国家との関係についてみてみる。

亀毛先生論

1宇宙観と現実

「清濁剖判、・・同じく五体を備えたり・・知者は少ない」(道教的宇宙観)

この世の現実を相手にする。蛭牙公子的な世俗。

2誰の為の教えか

「人は切磋を待って犀を穿つの才(英才)を致す。・・従教如円、則、庸夫の子(並みの人)も三公(天子の補佐する高官)に登り、・・諌めに逆らうこと方(四角)に似るときは、則、帝皇の裔も反って匹傭となる。

人は諌めごとを容れて聖なり、・・

上は天子に達し、下は凡童に及ぶまで、未だ有らじ、不学にして能く覚り、教えに乖いて自ずから通ずことを。・・」

しかし、

「彼の孔(子)は縦聖なりし、栖遑として黙せず。此の余は太だ頑なる、當に何の則にか従わむ。(かの孔子ほどの人物であれば、活躍に暇がなかった。こちらは愚かで(かたくな)あればどうすればいいというのか。)欲進無才、将退有逼。進退両間、何ぞ歎息すること夥き。」

とあるように(仮名乞児論)、理想としては、万民に開かれているが、現実には役立たないというのか。蛭牙公子にとって出世の導きとなる。しかし、現実として真魚には不可であった。貴族の座は動かない。

3方法

「郷を択んで家とし、土を簡んで屋とし、道を握って床とし、徳を挈げて褥とし、仁を席として坐り、義・・礼・・日に一日を慎み・・」

4理想

「親に事える孝、君に事える忠備わる。友に接わる美普く、後を栄やかす慶び満たむ。身を立てる本、名を揚げる要」。「紫宸に進退し、誉れ満ち、・・相娯しむに人(妻)・・同牢同尊、合キン合体・・九族を聚めて、・・八珍の嘉肴、旨酒、八音の調べ、詩詠、日を重ね、夜を畳ね、寰中の逸楽を縦にし・・」。

世俗の快楽を満喫する。体制内に於いて誉れを得ながら快楽を実現する。

5国家との関係

「紫宸に進退」。「今は卿相たれども明は臣僕となる・・」(虚亡隠士の言)。

『諌めを聞き入れてもらう』という仕方で、政治に関与する。体制に順応して、官位を得て良き君主、良き臣下として名を後世に残し、以て九族の誉れを得る。

虚亡隠士論

1宇宙観と現実

「大鈞陶甄・・憎愛の執を離る」

「蜉蝣(カゲロウ、朝生まれ夕死ぬ)の短い齢・・」

「綿繍、目明を損ず。・・鮮鱗・生毛、片食にも退けず。屍を臥せて観となし、血を流して川となす。・・心行相違して徒に費労を深くす。」

2誰の為の教えか

「・・故に伝ふるに必ず人を擇ぶべし・・尊卑を以てするに非ず・・。」

3方法

「・・如何が己の身の膏芒(不治の病)を療せずして輒而(たやす)く他人の腫脚を発露すや。・・」

「身、臭塵を離れ、心、貪欲を絶つ。・・克く孝、克く信、且た仁、且た慈、・・」

4理想

「若し彼の道に叶い、術を得つれば、即ち形を改め、髪を改め、命を延べ、寿を延ぶ。・・心に任せて偃臥し、思いに逐って昇降す。淡白として欲なく、寂寞として聲なし。天地と與にして長く存し、日月と将にして久しく楽しまん。・・」

5国家との関係

「紫微の殿に優遊す・・軒帝を訪って伴とし・・」。

「紫微の殿に優遊す」とはいえ、『食することが出来ない』ではないか。(日本では、占いの場として、道教が官吏によってなされたが、寺院=道観はなかった。自由な道教の僧は不認可)。又、「緑を待つ親」を安心させることは出来ない。

仮名乞児論

1宇宙観と現実(「無常の賦」「生死海の賦」)

「三界に家なし、・・或いは、汝が妻孥・・汝と吾かわるがわる・・」

「・・劫火に焼かれて・・

然れば、寂寥たる非想(非想天)の八万長寿も、雷の激するよりも短く、放曠たる神仙の数千の遠命も、忽に雷の撃つに同じ。況んや吾等・・金剛に非ず。・・

嗟呼、痛ましい哉・・嗟呼、哀れなる哉・・

無常暴風、不論神仙。極悪猛鬼は、貴賤を縛り纏う(貴賤をも嫌わず)。財を以て贖えず、勢い(権勢・権力)を以て延ばすを得ず。・・神丹・・奇香・・何ぞ片時を留めむ、誰か三泉を脱れむ」。

尸骸、草の中に爛れて全しこと無し。神識(たましい)、沸ける釜に焚かれて、専らなること(自由)無し。・・嗟呼、苦しき哉、嗟呼、痛ましき哉・・

千たび悔い千たび切なり。・・

嗟呼、痛ましき哉、嗟呼、痛ましき哉。

吾、若し生前(生日)に勉めずして、蓋し一苦一労(辛)に羅むなば、萬たび歎き萬たび痛むとも、更に誰の人をか凭まむ。之を勉めよ、之を勉めよ」。

「夫、生死の海たらく、(無常・地獄編に比して現実的描写と自然発生醸出的把握。地獄や天の空想的世界を隔絶せり。)・・

絡 三有の際、弥望(見渡す) 罔(なし)極。

帯 四天の表、渺瀰(はるか)無測。

吹嘘 萬類、括惣 巨億。

虚 大腹 以 容 衆流、闢 鴻口 而 呼 諸洫(みぞ・ほり)(三教指帰は呼→吸)。

襄陵の汰 淘淘不息、凌崎の浪 インイン 相逼。

カイカイ霆 響、日々已衆。

リンリン雷 震、夜々既充。

衆物 累積、群品 夥叢。

何怪不育 何詭(奇怪)不豊」。

2誰の為の教えか

「釈尊、本願尤も深くして八十の権を現じ、慈悲極まり難くして三十の化を示す。時に有縁の衆は・・無福の吾(徒)は・・」

「万類万品、・・千種千彙、・・」

3方法(「勝心を発す」「慈悲の仏が待」)

「両諦非殊處 一心爲塞融」。

「作業不善なるときむば、牛頭・馬頭、自然に涌出して、報ずるに辛苦を以てす。・・用心荀に善なるときむば、金閣・銀閣聚り、授くるに甘楽(仏教)を以てす。

心を改めること已に難からくのみ、(聾瞽指帰改心→棄心)

何ぞ決定の天・獄か有らむや」。

「勝心を因の夕べに発し、最報を果の晨に仰ぐに非ずよりは、誰か、・・法身に昇らむ。六度の筏・・八正の舸・・精進・・静慮・・忍鎧・・智剣・・七覚(対沈淪)・・四念(対俗事)・・」

「然りと雖も、四弘未だ極まらざるに、一子、溝に沈めり。此を顧みてロウロウたり(悲しみ痛む)、・・爰に更に、百億の應化、百億の城に班ち、仮に非相に託いて非形を示現す(無相無形)。曾成の道、八相(釈尊の)に始まり、金山の体(仏身)、四康(諦)に坐す。神光神使(仏の教えと弟子)、八荒(全国)に馳せ、慈悲慈檄(慈愛の羽檄)、十方に頒つ。待つことには、

万類万品、雲に乗じて、雲のごとく懐(いた)り、

千種千彙、風に騎りて、風のごとく摧(いた)る。

天より地より、雨の如く泉の如く、浄より穢染より、雪の若く煙の若く、

下地下地上天上天、八部四衆、區に各交わり連なれり。讃唱関関、鼓騁淵淵。

鐘振カイカイ、花飄聯聯。燐燐爛爛、震震填填。

目に溢ち耳に溢ち、黄(地)に満ち玄(天)に満ち、踵を履み跟を履み、肱を側め肩を側め、禮を盡し敬を盡し、心謹み、心専なり。

爾れば乃ち、

一音の鸞輪、群心のロウ械(衆生の心)を摧く。・・」

4理想

「十地の長き路、須臾に経殫し、三祇の遥かなる劫、究め円かむぜむこと難きに非ず。・・尊位を真如に證し、二転の台に登って帝號を常居に稱せむ。一如、理に合うて心に親疎莫く、四鏡、智を含んで遥かに毀誉を離れむ。生滅を超えて改めず、増減を越えて衰えず。萬劫を踰えて圓寂なり、三際に亙って無為ならむ」。

「悉く、康哉を詠じて(天下太平を祝う)腹壤を撃ち(世が治まり腹を打って帝を忘れる)、咸く來蘇(『后(きみ)来らば其蘇らん』殷の湯王、夏の桀王を伐つとき、人民相応じてその速かに来らんことを望む語)を頌して帝功を忘る。

無量国の所帰湊、有情界の所仰叢。惟尊、惟長、都とし宗とす。咨咨、不蕩蕩哉。大覚の雄、巍巍哉。誰敢比窮。」。

5国家との関係(「有情界の所迎叢」)

「帝功を忘る。・・無量国の所帰湊、有情界の所仰叢」。

4)三教に於ける真魚の関心の広がり

三)の6)に於いて、真魚の関心は、

1『親孝行』

2『後誡の準的をつくる事』

3『蛭牙公子の悪』

4『立身出世』

5『家族(妻子)』、と見た。

又、4)の一)と二)に於いて、真魚の現実として、大学に立身出世を期したが『進退惟谷』して『四国に瀕死の放浪』して「苹のごとく游ぶ」のであるが、『食によって住む』からには『豊郷』へ託さんと、『孑として』『仏教を持ち』て、兎角の門へ直征したと見られる。そして、ついには、兎角、亀毛、蛭牙公子に論を説き、彼らをして「百斛の酢梅、鼻に入り酸きことをなし、肝を爛らす」のである。

3『蛭牙公子の悪』こそ現実であり、亀毛先生論が正しければ、真魚の努力と才能からすれば当然 4『立身出世』したであろう。しかし、それは名の通り亀の毛であった。 4『立身出世』というものの正体も兎角の如きであったといえよう。ここに、儒教以前の現実世界というものが真魚の前に厳然として立ちはだかっているのが見える。ここに『生死海の賦』が現実味を持ってくる。真魚自身が、『忠孝』では解決不可能な現実の前に進退極まりながら 1『親孝行』を願い、 2『後誡の準的をつくる事』の自己実現を願っている。というより、 1『親孝行』の為には「一旬不給」に耐えながらも前途を切り開かねばならなかった。その誠実さ、愛情を感じずにはいられない。

亀毛先生論に於いて、人は同じ体(五体)を以て生まれており、教えに従うか否かによって皇帝(天皇?)も含めて上下が入れ代わるという。ここにも、裏返せば、天皇や貴族は不動であるという現実が揶揄されている。

しかし、それは虚亡隠士の「今は卿相たれども明は臣僕となる・・」によって打ち消される。しかし、その虚亡隠士も朝廷に遊び、天皇と友になるという。真魚の「苹のごとく游ぶ」である。が、これは万民にはできないし、『食によって住む』ことができない。

仮名乞児はどうか。私度僧では不可能である。官僧なれば、『食』あり、『地位』あり、『大孝(親孝行)』あり、また、自分のように『進退惟谷』の輩が「有情界の所仰叢」とし、「帝功を忘る(権力を忘れる)」ことのできる見通しをもっている。

1『親孝行』

は、『大孝』となって貫かれた。(私度僧から官僧への出世の道を開く)

2『後誡の準的をつくる事』

これは、弘法大師の生涯そのものといえる。

3『蛭牙公子の悪』

亀毛先生論では、其を個別的に矯正し(皇帝をも含み)、虚亡隠士論では、世俗の功名栄華とは別の価値を示し、仮名乞児論では、『蛭牙公子の悪』は、『生死苦海』として再認識され、「有情界の所仰叢」への再集合を説く。

4『立身出世』

は、亀毛先生論では、そのものであるが現実的には否定され、虚亡隠士論では、問題とされない。仮名乞児論では、「無福の吾、不論貴賤・・」とあり、世俗に於いては問題とれれないが、仏の世界には新たな修行的上下が見える。また、「有情界の所仰叢」にあって真魚がどの様な地位を占めようとするのかは定かでない。少なくとも権力的ではない、精神的な上下出世は射程に入っていたであろう。(十住心には顕著になる)。現実的には、仏教の導き手として真魚は出世していく。

5『家族(妻子)』

これは捨てられる。ただし形を変え、虚亡隠士論では、優游の内に婦人とも交流する。仮名乞児論では、「万類万品・・集まる」。

5)加わった関心

上述ではあたかも真魚の心の遍歴が、現実から儒教へそして、道教へ、仏教へと流れたかのように書いたが、必ずしも流れの如くではなく、彷徨いながらであったろう事を断っておかねばならない。ただ、私度僧としての彷徨を道教に比すならば、一つの流れと見ることもできる。

さて、上述にも見たように、『蛭牙公子の悪』は、『生死の苦海』へと広がり、ある意味では、親孝行も、「後誡の準的」の基準も、立身出世も、家族妻子も、そこへと飲み込まれてしまう。今や、全ての源は『生死の苦海』となる。懸案の東北の俘囚(毛人)もその中に含まれる事となる。弘法大師の現実的なものの全てを表すものこそ、この『生死の苦海』である。

当然の事ながら、『生死の苦海』を出発点とするなら、その苦海のすべての救済がなされなくてはならない。ついに、「悉く、康哉を詠じて(天下太平を祝う)腹壤を撃ち、咸く來蘇を頌して帝功を忘る」。という理想でもって、真魚は自分の究極の関心を示すに到るのである。だが、この文言の示す内容は、極めて現世的である。真魚のいう大菩提の果がこれである。「天下太平を祝い、腹鼓を撃ち、「もっとはやかれ」と歌い、統治者を必要としなくなる」そんな世界を描いている。

もう一つ重大な関心がある。来葉(来世)である。「無常の賦」そして、「吾、若し生前に勉めずして、蓋し一苦一労に罹むなば、・・」である。あるいは、「三界に家なし、・・或いは、汝が妻孥・・汝と吾かわるがわる・・」という内容である。この点は立証出来ないが、只、輪廻によってこの世を説明しようとはしていない。しかし、来世への恐れというものを全く無視しては、考えられないのも事実である。

五)聾瞽指帰の思想

1)思想の形成についての一断面

いかにして、『生死の苦海』という原点に行き着き、『有情界の所迎叢』という理想郷を描いたか。

「親孝行」と「凌がれる万民(毛人)の指導者としての出世」と「妻子との栄華」

→「進退惟谷」→「苹の放浪(道教的或いは私度僧)」

→「食する決意」→「豊かな郷へ」→『生死の苦海』の認識(同じ五体持つ人、憎愛を離れた宇宙)

→「生死と対なる、その救いとしての仏教」→「発勝心」

→「仏の慈悲(示現非形して待つ)」→『有情界の所仰叢』

→「転一音」「一心為塞融」

2)国家・貴賤について

国家に関しては、四)の3)に見たように、『紫宸に進退』する亀毛先生論(以下儒教)、『紫微の殿に優游』する道教(虚亡隠士論)、『帝功を忘れる』仏教(仮名乞児論)、が明白である。但し、仏教の理想がそのまま現実化するかどうかは問題であり、その意味では、儒教、道教の現実的有効性を、真魚は考えていたと思われる。その際の、儒教等にしても、現行のそれらを言うのではなく、理想的儒教等を言うことは言うまでもない。

理念としては、国家・帝・朝廷というものは、一音の摧群心によって解消されるのである。

貴賤について。

亀毛先生論には、『同具五体』『上達天子。下及凡童・・』とし、出世栄華の可能性としては、等しいが、全員出世の道は見当たらない。(可能性がないとは言えないが。)

虚亡隠士論には、『非以尊卑』とある。但し『傳必擇人』である。

仮名乞児論には、先ず、『無福の吾、不論貴賤、不知辛臭』とあり、真魚は、以前には貴と賤の違いさえ知らなかったという。これは、二通りに読める。即、一は、世俗に於いては、『元来貴賤はない』である。二は、『貴賤の真意は奥が深い』ということである。(三教指帰は吾でなく徒とある。この場合は、『人々は、真の貴賤を知らない』という意味になろう。)

次に、『(地獄の)猛鬼、縛纏貴賤』と使う。この場合は、俗世に貴賤と言われても、真の貴賤でなければ、無意味であるということを示している。

ここまでを纏めると、貴賤に段階がある。

貴賤を知らない段階→この世に貴賤を争う段階(律令的、支配的なもの)→その貴賤は下克上であるという段階→仏教いう貴賤の段階。ただし、最後の仏教で言う貴賤を考えたかどうかは確定的ではない。

仏教の大菩提への道は、『生前に努めること=無福でないこと』に始まり、酔いを醒まし『発勝心』を必要とする。しかし、これだけでは虚亡隠士論と同じく『傳必擇人』となってしまう。

ところが、仏の慈悲(一子観)により、これは一挙に『万類万品・・従浄従穢染・・満つ』となって展開する。即ち貴賤は『両諦非殊處、一心為塞融』により上記の如き完全な再構築へと到るのである。

3)十韻の詩

聾瞽指帰と三教指帰の差異は甚だしい。