東日本大震災被災者一年目の発言pdf

A就職も決まり半年が過ぎ、方言や生活も慣れてきました。子供達も楽しく過ごして居ます。福島にいた時の様に親が近くにいないので、仕事や育児に追われ避難者の会に出席することができなくなっています。自分の中では避難者でなくなった感覚が有りこのまま会に出席していいものかと思っています。
B国へ。
 子供達の食の安全確保。発送電分離。東電の破綻処理。汚染瓦礫の拡散防止。脱原発。ベーシックインカム。
 東電へ。
 電力会社は総括原価方式を逆手に取り原子力発電所を造り原発、使用済み核燃料、社員の福利厚生費などなど電気代に上乗せし市民から徴収したにも関わらず損害賠償の対応は問題外。東電は速やかに賠償責任(自主避難者へも)を果たし、出来なければ破綻処理すべきです。
D会での報道陣を規制して欲しいです。現場に報道陣がいるだけで会話に制限を感じるし、実際に取材を受けて嫌な思いをされた方もいます。
 自主避難者は報道信用していないから、この愛媛県にいるのであって、報道されているように安全ならば自主避難していません。
E沢山の方が、津波や地震で亡くなりました。
 供養と、自分や家族が助かり、生きていることに感謝したいと思います。
F愛媛のみなさんへ。この一年は沢山の愛媛の方々に支援、応援していただき、とても感謝しております。私達は、知り合いが居なかったので最初はとても不安でした。町で話しかけてくれる方が多く、福島から来たという話になると「大変だったねーずっと愛媛におったらええ」と言って下さいます。温かい方が多く励みになります。今ではお友達もできて子供達も楽しく生活しています。なんかあると助けてくれる友達も出来ました。地元(福島)の友達とは避難してる事で本音で話せなくなっています。これからも愛媛県で生活していきますのでよろしくお願いします。
一日も早く原発が収まってくれることを願っています。


@今までの生活が、いっぺんに180度変わってしまった。これからの人生もどうなるのか不安でいっぱいだ。こんなにも肉体的、精神的に追いつめられた年はなかった。とにかく辛かった。
 良かったことは今まで当たり前と思っていたことがそうではないと気づかされた事。全ての物に、人に、事に、感謝して日々を過ごせる様になった。人の温かさを知った。
A3月末までの契約の仕事だったが4月からも継続していただけそうな事。今の仕事に必要な資格がもう少しで取得できそうな事。
 母子疎開のため、頼れる人が身近にいない。子供たちがずっと父親と離れて生活している淋しさ。料理をきちんと作る時間がなく、子供のための避難なのに、子供にものすごい負担をさせてしまっている。
B愛媛に避難して来たが、少しずつ汚染が西日本にも拡大して来ている。ついこの間も汚染されたまきが沖縄で消費されてしまった。もう東日本だけの問題ではなくなって来ている。どこまで子供達を守れるのか不安でいっぱいだ。これ以上全国に汚染を広げてはいけないと思う。きちんと検査をして、安全な物を出荷するのは当然のこと。
 国は国民を守る気があるのか? 冷温停止などまだまだ先のことと思う。今だに温度が不安定で注水量を増やしたり等しているではないか。適当なことばかりでごまかさないでほしい。
Fこの一年、愛媛のたくさんの人々に助けていただいた。やさしくしていただいた。本当に感謝している。
 でも、愛媛にも伊方原発があるし、全国のいたる所に原発がある。いまだに地震が頻繁に起きている。また同じ事がどこかで起きたら、それこそ日本が終わってしまうと思う。少しずつでも原発は廃炉にすべき。未来の子供達のためにも。


@どのように夏冬を過ごしたのか、あまり感覚がありません。3・11の困乱が昨日のことに思えます。まだまだあの日に縛られている毎日です。子供を日々育てるのが精一杯で、福島のことを考えても何も変わらない状況にだんだん苛立ちも感じなくなっています。行政は仮設住宅以外はあまり目に見えた復興もせず、海岸は瓦礫の山。道路はデコボコ。公営の水道水は国の基準には達していないとして、(放射能)不検出と発表する毎日。小学校の給食は風評に負けるなと地元産で強制的に食べさせられている現状。内部被曝検査は対象年齢に入っているのに北部より順で、中部の私達は4〜5年後とのこと。これで「いわき市も検査を始めました」と発表しています。避難した私達は幸せだとつくづく感じております。疲れました。
A子供達は学校、幼稚園に毎日楽しそうに行っています。周囲の方々の支えが、あってのことと感謝の毎日です。
 地元の復興に携わりたい気持ちがいっぱいですが、やはり帰らないと出来ないのでしょうか?離れた場所から何かできることはないのかな?と考えますが分かりません。
B補償をもらっていわきに避難している人々の中には朝からパチンコなどの遊興に明け暮れている人も多く、プチバブルとなっているそうです。子供をもつ親からも治安の悪さを指摘する声もありますが、避難者ということで我慢してしまうそうです。補償は福島県にとらわれず東日本全体で不安の声をあげる人達にも及ぶべきと考えます。とすると生活で遊べる程の補償より一日も早い除染や、検査管理の強化で元にもどすことを全力でやって欲しいです。子供も大人も早く帰りたい気持ちで一杯なのです。
C国や東電も精一杯やっていると思うので、訴訟などは考えていません。
D土地勘がないので、色々な催し物で、その都度覚えています。色々お誘い下さるのでありがたいです。
E考えられない。


@正直まだ日常生活に実感がありません。いつの間にか時間だけが過ぎてしまった感じです。
 以前のような安定した生活をおくりたい。
A穏やかな環境で暮らせていることに感謝しています。でも故郷を離れていることの寂しさはやはりぬぐうことができません。
B避難し二重生活によって通常の生活費以外にかなり出費しています。返してください。
私達には健康で文化的な生活をおくる権利があるはずです。原発事故以前の安全基準に戻して下さい。
C個人の力ではどうにもならないことばかりです。一緒に考えていただけないでしょうか。
D避難者同士、気持ちを共有できることにとても慰められています。
 これからもどうぞよろしくお願いします。
E個人的には親しかった人と再会する日にできればと思っています。
F夢だったらいいのに・・・と思います。


@松山の人々の心遣いや支援がとても心強かった。
 しかし、三月十一日に体験した地震、その後の原発事故がトラウマになっているのか、些細な音、揺れ、人の声等に反応し立ちすくむことがある。
 また、松山への避難途中の困乱に立往生する自分の夢を見てとび起きることもある。その度に、私よりひどい経験をした人達は現在どうしているのか考える日が多くなっている。
A東電、国、福島県の対策の実態が見えにくく、自分の立つ位置がどうなのか、具体的に知りたい。福島の家、土地の除染をどうしたらよいか。
 親戚、知人と離れている時間が長くなればなるほどに、心の距離まで遠くなる感じがして後ろめたい。まるで今回の加害者のような心情になることがあり、心が乱れることが多い。
B原発に頼らない電力政策をたて粛々と実行していってほしい。
C私の生活していた地域が自主避難者への補償対象に含まれたのだが、具体的にどんな手続き方法などが必要なのか、県外避難者へも、できる限り知らせてほしい。
 また、松山までの交通費等も請求できるか知りたい。
D福島県や福島市の補償、汚染土地、家の除染がどの程度進んでいるか調べてほしい。
 個人の力では情報量を全部とらえることは困難であるため。
E他の避難者ともより多く知り合いになり少しでもどなたかの力や支えになれればよいが・・・と考えている。
F松山市に移転してこの土地に骨を埋める覚悟ができつつつあるが、まだまだ故郷をあきらめることができず、その間で苦しむ時間が長くなってきている。


@一年間、いろいろ考えさせられました。故郷という形のわが家から突然、見知らぬ土地での生活があたえられ毎日複雑な気持ちのまま一年がたつことに国、東電にいらだちの気持ちも生まれてきました。
 早く除染をし、原発が落ち着き、元の福島に戻ることを願うばかりです。
Aうまくいっていることといえば、農地がどんどん増えていき、新たな農業再開ができたことです。それにともなって支出が多くなり、収入が安定せず困難さを感じます。

@あっという間だったような長かったような複雑な心境です。まさかの出来事から始まり、いろいろな事がありました。一方で福島での生活が遠い過去のようにも感じてしまいます。いまだに「夢だったら」と思う時もあります。一年前に生まれた悲しみはあの時のまま、そしてにくしみは大きくなっています。
A今までの福島での人とのつながりが希薄となってきました。私はいずれは福島に戻りたいと考えているので、どうつながりを保っていくか、困難を感じています。
B国・・・「一年が立ちましたけど?」と思います。福島で起きた事に国はどれだけの責任を感じているのか、大いに疑問に感じます。いいかげんにしろ!!
 東電・・・後ろ楯は国ですので特に訴えたいことはありません。しいて言えば「ガンバレ」として「勇気を持て」です。
 人々・・・岩手、宮城で起きた事を忘れず福島で起きている事から目を背けず日々を送ってほしい。
C東電への本払い請求をまだしていない。証拠書類や何やらと被害者側の負担が大きすぎる。それと請求方法も様々なので、どうすればよいのか様子見が続いている。しかし農業を再開させたため仮払い金も底をつきつつあり何とかしなくてはならない。
一企業である東電が全ての被害者に自ら手をさしのべる事はありえないだろう。ならば早く国営化し、国がすべての責任を持つ事で、わかりやすく、そして確実な賠償に取り組んでほしい。
D衣服(大人も子供も含めて)の提供。
 大人、子供のカウンセリング。
 避難者の仕事の支援、援助。
 避難者の要求実現。
E供養。東日本大震災で起きたときの出来事、気持ちを忘れないようにDVD鑑賞など?


@誰もが予測をしなかった地震からはじまり、津波、原発事故と自分の人生の中でとても大きい事故が起こり、はや一年です。早かったような気がします。自分の生活、子育てに追われる毎日ですが、一人になった時やねむる前などいつもいつも津波で亡くなった友人、知人などを思い出しため息ばかりでています。愛媛に来てたくさんの人に支えられやっと生活も仕事も落ち着いてきた時だからこそ離れ離れの両親や友人、福島に残っている子供たちのことなどいつも心配する日々が続いています。この一年で私たちがどれだけいろんな人たちに支えられて生きてきたかを実感できましたし、常に感謝の気持ちを忘れず生きていかなければと分かった気がします。いろいろと考え前に前に後ろを振り返らず進んできた一年でした。
A生活の場も決まり、気候の良い松山で地域の方々と仲良くしていただいているので生活面はかなり順調です。
 福島では両親と同居だったので子供が病気のときなどいつもお世話になっていたのですが愛媛ではそうはいきません。なんとか今のところは夫婦でやってます。故郷を離れる寂しさは日々増すばかりです。
 東電の賠償の手続きがどのようになるか不安です。金銭面ではかなりきびしいので・・・夫の転職により給料減など原発事故さえなければ支払うことのない支出が多くて大変です。
B国策でやってきた原子力政策の犠牲になったのだから手厚く守って欲しい。故郷を失う苦しみは筆舌につくしがたい。
 東電にはとにかく放射能を止め今まで汚染された部分はきれいに除染し、元通りの福島にして欲しい。それができないのなら賠償をしっかり、東電が計算した金額ではなく私達被害者が提示する金額を支払っていただきたい。
Cまだ書類は提出していません。3月末の土地の区分分け以降に提出しようと思ってます。11月末までの書類は一応、完成させています。精神的損害以外は領収書をつけ請求するつもりです。10万では少なすぎます。
D福島にいる子供たちを春休み、夏休みなど松山に呼んで交流し、思い出を作ってもらいたい。少しでも放射能のない所で思いっきり体を動かして遊んでもらえればと思います。
E静かに石手寺で手を合せて鎮魂の意を表したい。
F生活も仕事も落ち着いてきた私達家族、いつまで被災者として生きていくのかな?とふと思う時があります。まだまだ原発は終息していないし、故郷にも帰れません。こういう面ではまだまだ被災者ですが、松山で普通に生活している私達はこのまま、石手寺の方のお世話になりつづけていいのでしょうか?人は私たちが被災者だと知るとみな「かわいそうに」。「たいへんだったわね」。という目で見ます。もう一年過ぎるので3・11日からは普通の人として社会に出て行こうと思います。

@あっという間に過ぎてしまいました。避難に対し関わっていただいた方たち全てに感謝しています。つくづく周りの人たちに生かされている事を実感しています。
A周囲の方々に温かく応援していただき感謝する毎日ですが、入居した家の大家さんが特異な方で追い出されるところです。まだ避難中のようで落ち着かないですが次のベストな展開の為のステップだと思い、空家を探しています。
B政府や東電の責任逃れの茶番劇にはうんざりです。事の重大さを国民、世界にしっかり開示し責任をとって頂きたい。同時に日本の原発を一刻も早く廃炉にし、各村、町程度の規模の代替エネルギーによる発電で電力を自給できる社会を実現できるよう取り組むべき(小水力発電が利率がよく有効、電線の権利も自由化すべき)。
C東日本の放射能汚染の真実とチェルノブイリの現在まで続く被害状況などをきちんと国民に知らせて欲しい。未来を作る子供たちに安全な食物を与えて欲しい。
D石手寺、会の存在と催しに励まされています。いつもありがとうございます。
E被災された方、亡くなられた方に祈りを捧げたいと思います。
Fこの事態に至っても原発を推進する政治家や企業にはあきれるばかりです。
 国民の健康や子供たちやその子供たちの未来よりも目先のお金のほうが大事なようです。先日、伊方原発廃炉の請願書を持って行っても、話しは聞いてくれても取り合ってくれない議員さんがほとんどです。様々なしがらみが絡んでいるのです。今、政治を動かしている権力者たちやシステムでは私たちを救ってくれない事を痛感しました。私たちが変わらないと政治は変わりません。
 日本にある54基の原発のうち現在2基しか稼動していませんが電力はぜんぜん足りています。「原発が止まると電力不足になり今の生活が維持できなくなる」と危機感を煽っていたのはウソというより洗脳行為ではないでしょうか。
 一部の政治家や企業の利益の為に私たちの生活が脅かされたくはありません。安心して暮らしたいだけです。日本は自然エネルギーによる発電技術が世界トップレベルだといいます。もうすぐ手の届く所にあるようです。
 気付いた人達の一人一人の、一つ一つの選択で少しずつ平和が訪れます。みなさんイメージしましょう。不安の反対が平和です。

@昨年の三月十八日に着の身着のままで松山に避難いたしました。
 幸い私達は松山に親戚、知人がいましたので比較的落ち着いて生活できました。
 石手寺さんに避難者連絡の会を立ち上げて頂き多くの避難者と出合い、語り合うことが出来ました。加藤住職には感謝です。
 現地(双葉郡)は各町村長のまとまりがなく、未だに中間貯蔵施設の設置場所も決まらない状況です。首長の行動に腹立たしい思いをしています。
A私達は今後老後生活に入りますので、就職は考えていませんが二人とも病気を抱えておりそちらの療養生活が気になるところです。
B国は今後10年で原子力発電を廃止にし、自然エネルギー、ガス発電、発送電分離等に移行する事を決定する。自民党のように「10年先にどうするか考える」では止めないに等しい
 高線量地域の除染を止め、それにかかる莫大な費用を汚染濃度の低い場所に回し徹底して除染し、自主避難などしないで子供を安心して生活できるようにするべきだと思う。たとえ、高線量域を除染しても通常の生活ができるには何十年もかかる事でしょう、 そのような場所を国は高く買い上げて中間貯蔵施設にして汚染廃棄物を早く処理しないと福島の未来はありません。
 東電は普通であれば破綻処理されるべき会社です。一年経過する現在、大半の経営者は責任をとっていません。今後多額の税金を投入する訳だから現役員は責任をとって退職し、外部より厳格な役員を入れる事が望ましい。損害賠償支払いについては、迅速かつ被害者の立場に立って丁寧に、十分な支払いをする事。
 低濃度(国の基準値以下)の瓦礫処分について(特に岩手、宮城)は全国の自治体にはもっと協力をして頂きたい、住民の方も被災地の復興に理解をしてほしい、明日は我が地域となるかも知れない事を考えて頂きたい。
Dこれからの会は、自主避難、強制避難を分ける事無く集まり、食事会等で近況、悩み等を語り合える場所にして頂けるとありがたいです。今までは東電への賠償金請求の話に偏っていましたが自主避難者に対しても賠償の決定がなされました。今後は弁護士さんへの相談は各個人で行えばよいと思います。
 避難生活はまだまだ続きます、この会が楽しくやっていけるよう加藤住職、ボランティア方々に今後とも宜しくお願い申し上げます。
E知人も犠牲になりました。我が家族が無事である事に感謝し当日は石手寺にて犠牲者の方々の追悼をさせて頂きたいと思っています。
F愛媛にも原発が存在しています、自分たちの経験を活かし原発問題、放射能汚染等について啓発活動等に関わる事ができればと思っています。


  
事務局石手寺
松山市石手二丁目9─21
?089-9770870 HP/nehan.net
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