12月現在
舟一艘(約52万円)
奨学金と一時金(約20万円予算込み)
学校へのマイク設備寄付
文具の配布をおこなっている
 平和と笑顔(peace and smile)japanによるスマトラ沖震災復興支援活動として9月1日より10日にかけてタイ南部プーケット及びパンガー県方面に赴く。前回の活動に引き続き津波により親を亡くした子供への就学支援及び、ボートを失った元漁民への船の引渡しについて調査、検討の上、さきの支援を行った。
  活動内容
 子供達の支援については、前回訪れていたモーケン族の人々を訪ね、地元の学校からの聞き取りにより、親を亡くした児童十三名とその家族十一世帯を特定、面談を行い一時金(当面の奨学金)を給付。
 また、学校にはマイク設備を寄贈した。
 しかしながら、それらの各家庭の状況は現状維持で大丈夫と思われるものから、今後に不安を感じるものまで各自各様であり、今回の調査資料を元に検討を行い、次回の支援活動につなげるものとした。
 漁民の支援については米ボランティアを中心に活動を行っているLongtail Boat Building on Cape Pakarangと契約。漁船1隻を早ければ十二月上旬に引渡せる予定となった。
  現地概況
 津波の被害より半年余りがたち、県内所々に被災跡が目に付くも復興住宅もほぼ完成し、上記漁船についても海外よりの支援等によりかなり行き渡りつつある。
 いわゆるハ―ド面については復旧が進んでいるが、聞き取りを行った家庭のうち現在収入の無い家族からは、この半年間で政府よりの一時金はある程度出たが今後の定期的な生活支援の見通しは無いとの事で、次回の活動からはこれらの人々の動向に注視してゆく事が大事かと思われる。

 後記
 9月1日午前1時過、関西国際空港出発ロビー。これからプーケット観光に向かう乗客の列に並ぶ。若いカップル、ゴルフツアーの団体、皆楽しそう。何故私が彼等では無く、彼等が私では無いのかなどと思わず呟く。未確認の多い現地の状況、通訳への不安、何よりもこの様な未経験の活動をしかも海外でやる事に対して不安が増していく一方であった。それから九日間、様々な人達の支援と幸運とも言える偶然が重なり何とか活動を終了できた。ただただ感謝。又自分を信頼?して送り出してくれた笑顔の会の皆様にも大変貴重な体験をさせて頂き感謝。
 しかしこの間で現地の事、人々の事がどれだけ見えてきたかは疑問。半年間も現地でボートを造り続けている米国人のボランティアには頭が下がるばかり。米国での仕事は辞めてタイに来ている人もいる。後悔はしていませんか、と聞くと全然その様な事は無い、との答え。この感覚の違い、馬鹿な事を聞いてしまった、と此方が後悔する始末。だが自分達にとって大事なのは上記の子供達への支援。或いは今回は残念ながら取材は出来なかったが左写真のミャンマーの出稼ぎ労働者の住宅、(現在仮設と呼ばれる住宅に住んでいるのは彼等だけの様に見受けられた)この様に復興から取り残されているかもしれない人々のニーズを掘り起こして自分たちの出来る、やれる範囲で地道に支援活動を続けてゆく事が前記の疑問に対する答えを導いてくれるものと考えている。 
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文、写真 越智 通臣

マイク設備を寄贈した
パックウィーブスクールの子供たちと記念撮影

出稼ぎのミャンマー人の住宅
スラムである