31日
バーンナムケンセンター
仏陀の巨大像の立つ寺院内にある仮設住宅。センターで話を聞く。この地区に3ヶ所の仮設住宅がありここには幼稚園もある。義援金受付の表示のある簡単な案内所。12〜15万バーツの船をヨーロッパ人からもらった人が20人ぐらいいて、あと20〜30人はもらっていない。まだもらえない人は、他の仮設住宅の受付所にも登録をして順番(または抽選で当たること)を待っている。小さい船なら、材料とエンジンで12万バーツより安くできる。
幼稚園で約20人にノート、クレヨン配布、一緒に遊ぶ。
   
いきなり、踊りを見せてくれる。チャカチャカ踊りと名付ける。
   
   
   
いっしょに絵を描いた。みんなが絵をくれた。ツナミの絵を描いた子もいた。
4月2日の100カ日のことを聞く。


タッタワンへ。えびの養殖場が隣接している漁村。ドイツのボランティアが家を造っている。大きなドイツ国旗が目立つ。
   
米国人ウオルターさん(51)、船の製作と寄贈をしている。キリスト教の牧師でありボランティアでもある。ラオスに7年、タイに20年在住。いつもはチェンマイから1ヶ月に2週間来ていたが、今はあと6ヶ月ここにいて支援する。船大工1人とモーケンの作業員約10人で船作り。17〜18隻作りたいと思っていて、今は5隻目を作っている。エンジン付の船、船体8.5〜10mのものは12万バーツ、もっと大きい船で16万バーツ。
   
ウォルターさんは、言う。This is human development,not boat`s development.It is important to think,to work.
そして最後に、God bless you.
彼は、エンジンの善し悪しを熱っぽく教えてくれ、舟の買いかたも教えてくれた。人間ができることは小さいけど大きいと心が躍動した。真似をしたいとも思った。良い出会いであった。神と仏に感謝である。

   
パカラン・ケープへ向かう途中のスラム風建物。

   
   

   
   
パカラン・ケープ。先住民族(モーケンと呼ばれるが本人はこの言葉を嫌うと聞いた)が浜辺に舟を係留し、海上家屋で住んでいたが、ツナミで全滅している。写真はないが、砂浜の半島はツナミが横断して、一面先端から約2キロ、何も残されていない。リゾートホテルが建つという理由で、地主は土地を売り、原住民は土地を失うという。彼らは、パピーブの仮設とクカックの仮設に住んでいる。やがて寄付が集まれば、コンクリートブロック製の仮設からほどない住宅に移る。
   
ボランティアが言う。彼らは仮設に移ったが、以前より生活は良くなった。写真は、壊れた舟を修理するおじさん。名は(メモ)と聞いた。パテを塗っている。後で、カカックの仮設で捜し当てたが、既にエンジンを欧米人からもらっていた。51才、20歳と8才の子どもがいる。ツナミの時彼は船上に居て、帰宅すると何も無かった。家族は無事だった。


パーニャンの仮設は国道から4キロ山手。クレヨン・画用紙セットを配る。夕立を浴びる。
   
クカックの仮設。ここで、強い日差しの中で舟を黙々と直していた()さんに出会う。「エンジンをもらった」と聞く。
あしなが育英会のWさんにばったり出会う。日本にツナミの孤児を招待するために来たという。久しぶりに生の日本語をしゃべる。
   
スタッフは、子どもと楽しく遊んでいた。クレヨンセットは喜ばれる。なぜ配ったかというと、画用紙に絵を描いて心を溶かしてほしい。


つづき
コラム 人に会った
 次に、通訳のオーさん。私が、子どもたちにクレヨンと画用紙を渡して良いものかどうなのかを迷って聞いてみた。彼は、「気持ちです。大事なのは気持ち。あなたがしたいようにするのが一番いい」という。「気持ちは伝わる」と断言した。「物はなんでもいい。したいようにするのがいい」。強烈な一言だった。
 パピーブの幼稚園の先生に何が必要かと聞くと「植木が欲しい」といわれる。私は、クレヨンと画用紙で絵を描いて欲しかった。理由は、心のリハビリのためである。そして絵本をあげたかった。また、オーさんに聞いた。一つはタイ語が分からないからでもう一つはくどいが聞いたのだ。
 「思った通りするのがいい。何でもいい」
 だめなもの以外なら何でもいい。ただし自分がほんとうに良いと思うものをする。何か自分が失ってきた物を開眼されたように思う。目を覚まされたようだ。迷うべき所はもっと別の所にあるのだろう。
 だんだん真剣につき合ってくれる彼に乾杯したい気分になった。考えるべき所で考えず、考える必要のない所で逡巡している自分が、目覚める一瞬を感じた。真摯な忠告に感謝。
コラム 人に会った
 次に、タッタワンのアメリカ人。津波で失われた船をつくるクリスチャン。
 タイ南部の被災地で活動している欧米人は多い。大柄な可愛い帽子の大男は、すぐに目についた。傍らでは、何人かのタイ人がせっせと木を切り、船を造っていた。そちらに近づいて聞いた。「大工さんはどのようにして居るのか」「手辺り次第誘って、探し出した。手伝っているのは、この村の人だ」という。そして、エンジンの説明を始める。「ホンダは良いが小さい。ガソリンは高い。ヤンマーが一番だが値が張る」私が興味を示すと、随分と気に入られたのか「こちらに来い」という。出来上がった船を見せて言う。「イスズはエンジンが大きくてバックもできる。中古が安くていい。ただし工作が要る」と。
 「頭を使え、働け」と言う。このボランティアの活動は、船の進歩ではなくて人間の進歩だという。船を直す事ではなくて、人間が幸福になっていく事だとの意味である。
 考える事。働く事。人々がいっしょに何かをする事。過去ではなく未来へと向かう事。
彼の顔は輝いていた。「ガッド、ブレス、ユウ」と来た。
 彼は、被災者と汗まみれになって働き、考え、また働く事に生きている躍動をしていた。その躍動をお前ならできると行ってくれたのだ。彼の期待に応えたいと願った。
 真面目さの御利益は共感する笑顔であった。日本語では同胞、同士という。