3月30日10時〜
ナイライ村へ(ナイは中とか内、ライはこ低木)
プーケット空港から約40分

順調に家が建てられているようだ。Blue Canyonで13棟が寄付によって建てられつつなる。その他の欧米のグループも建てている。欧米の人々は、自分でパテを塗り、汗をかいていた。

舟をつくる大工さん。一隻、3000バーツ(1バーツは約2.8)エンジンはホンダ17000バーツ。

家が建っていく。全部、寄付でできていくようだ。
松山で買ったクレヨンをあげた。

らんこんで遊んでいた。 
ちょっと親しくなって、河へ飛び込む所を見せてくれる。下では魚の養殖をしている。 |

仮設住宅、一見して日本と同じ。でも、ここの住宅は良い。後の住宅はコンパネばりだった。

ナイライから北へ
約一時間でカオラックに着く
カオラックは、最近日本人もいくリゾートになったと聞く。ツナミで流されて国道の西は何も無くなっている。プール痕で読経する。一面低地で、多くの高級リゾートホテルがあった。


暫く、お経をあげてお祈りをする
31日出発前 
ホテルの前の海岸。美しくのどかな所だ。自然の力は凄まじい。 |
31日ナムケン村
プーケット空港から北へ約100キロか。車でとばして一時間半。
漁業の町は壊滅していた。家が密集していて、スラムのような集落もあり、何千人が住んでいたのだろう。



タクアパーのナムケン村の港に行く。酷い惨状。漁民、出稼ぎで働くビルマ人が多くいたという。舟はオウナーが居てキャプテンが居て、その下に、労働者のビルマ人がいると言う。彼らは、粗末な家に住んでいる。スラムを形成している。ツナミで町の半分は流されたようす。3・4000人が死んだというが、出稼ぎの人はカウントできていないという。NGOがIDカードの発行を手伝っていると聞いた。

つづき |