弟子問う「仏教とは何ですか」
師曰く「自分を大事にしなさい、人を大事にすること」

岩屋寺さんからの弔辞

法嗣御挨拶

方丈さんと同行二人

岩屋寺さんからの弔辞

 方丈さん、お別れのご挨拶を申し上げます。

 最近は全くご挨拶にお伺いすることもなくて、ご無礼を重ねていました。
 卅年前私事で何かと大変お世話様になり、最近はまた新たに御心配をおかけすることを持ち込みもいたしました。その都度、実の父親に優るとも劣らぬ温かい助言数々を頂戴し、そのことはずっと胸に刻んで忘れられず、深く深く感謝いたしております。御礼やら、お詫びやら、近々一度はお目にかからねば、と思っていた矢先のことでした。まことにまことに申し訳ないことです。
 わたくし如きが垣間見るしかないような不充分な立場からとやかく申し上げるのは不謹慎であり、却って方丈さんに御無礼になるのではあいかと心配するのですが、お許し願って、敢えて申し上げます。
 石手寺は由緒古く、数多くの立派な文化財を有する四国を代表する古刹・名刹であります。これら国から託されたとも言える文化財を保護伝承する責任というものも、部外者には量り知れない御苦労がおありのことと思います。人の眼を仏教に惹きつける花とも言えるこうした外観上の仏教の形に表れた部分も非常に大切ですが、それ以上に大切なのは、仏教の生命とも言うべきその教えと思います。
 方丈さんは、その点、実に明快に、しかも決然として、終始、仏法護持、仏教の生命維持の為に、その御一生をかけて、奮闘なさいました。
 由緒ある大伽藍を立派に護持されたことは勿論ですが、一方、あらゆる見せかけの装飾や権威づけ、意味の無い形式等々には、極端な言い方をすれば、破れ草履の如く、あまり重きを置かれず、お身の回りは、常に質朴簡素に保たれて、而も自由闊達、積極果敢にして、一度お目にかかれば、正に談論風発止まるところを知らず、三時間四時間がまたたく間に過ぎるといった按配でした。意表を衝くアイデアに溢れ、只啻(管)、真の仏法の現代への生かし方を追求された情熱一筋の毎日であられたように見受けられます。
 卅年以上前にもなりましょうか、多分司馬遼太郎に先立って、早くお大師様の御生涯を刻明に再体験するが如き想像力に富んだ周到な御著作をものされたことは、殊に我々真言宗徒にとって、新鮮で甚だ刺激的なショックであった想い出があります。
 居士林や金剛講等の大人数の信徒組織を立ち上げられて、四国順拝や毎月定例日の法要を修され、「同行二人」「お四国新聞」等々の印刷物を通じての大衆教化、それに伴うその時々の時事問題に対する素早く鋭い批判、明快な意見表明等、観光札所寺院という安穏富裕な好条件をもののかずともしないで、仏教宣布の原点に立ち戻っての基本的活動に打ち込まれた積極的で真摯なお姿は、まことに純粋で透徹した生き態と申せましょう。
 併せて特筆すべきは、頼って来られた数多くの若い人々を受け容れて自ずと仏の道に導き、それぞれに立派に一寺の住職として送り出された実績の数々であります。世襲相続が一般化しているかのような仏教界の現状にも対比する時、まこと余人の決して真似のできない名実伴だった立派な大阿闍梨様のお姿と敬服してやまないものであります。
 瓶から瓶へこぼさず水を写すが如く、方丈さんの生き態は、見事御法資俊生さんに受け継がれて、さらなる新しい生命を得て一層の発展を見せんとしており、頼もしい限りです。俊容さん共々、御兄弟力を合わせて石手寺を護持し、檀信徒の結束、一層堅く大きく、益々御隆昌ならんこと疑いありません。
 方丈さんが、御生涯をかけて願われ力を注がれ種を蒔かれた仏教の生命は、難しい時代にかかたつつも、きっとその命脈を保って、必ずやわたし共の行く手に希望の燈火を掲げてくれるものと信じてやみません。
 その為にわたくし共も精一杯の努力をすることをお誓いいたします。
 長年にわたる懇篤な御指導に重ねて御礼申し上げ、金剛心殿に永遠に御照鑑冥護賜らんことを祈念して御挨拶といたします。
 有り難うございました。
平成十六年七月二十日
岩屋寺小住
大西完善

法嗣俊生より御挨拶

夏、熱の猛り狂いぶつかり合う時、みなさまには、当山住職方丈、俊行師匠の、告別式にご参集いただき心よりお礼を申し上げます。

求道を共に励み支えていただいた諸寺院諸大徳の方々、石手寺興隆のために陰に陽に、ご尽力いただいた各関係の方々、共にお大師さんの同行二人の道をご修行いただいた信徒のみなさん。また、ご縁あって娑婆世間の浮沈を共にした方々。この世のお別れに際して、諸事をなげうってのご参集に心より感謝いたします。
本人に成り代わり、生前の、ご好意に感謝し、また、数々の困難な出来事、ご無礼をお詫びすると共に、今後共々の変わらぬご教示ご厚誼をお願いする次第です。
約二カ月前、手当ての施しようのない病状に直面して、私達が出逢った俊行師匠の言葉は母によると
「生きる楽しみもあれば死ぬる楽しみもある」でした。
終着点を認めざるを得ない私達にとって、師匠の闘病であり人生の結論であり、仏教との闘いは、師の一生涯の、私としては師匠としてまた父としての、全生涯を賭けての是非の証明であり、今後生きていく上での希望の灯の明暗でありました。
形あるのもは崩れる。形のないものも崩れ逝く。
崩れ行き、なくなっていくものから何をすくい上げ自分のものとして確固とした崩れないものとしていくのか。
「生きる楽しみもあれば死ぬる楽しみもある」という言葉に始まったこの病気、死との闘いは、波瀾万丈、時には家族離反の地獄の破綻に向かいながらも、幼い日の光と陰に反照されながら、師匠の真意を問う抜き差しならぬものとなりました。危篤と家族の勢ぞろいを迎える頑固で歪んで苦痛に満ちた中に、わずかに和らいで見せようとする笑顔に私達は、この世の極楽を見ました。父の愛に飢える私達に「苦労をかけたのう」とわずかの安堵と同情の言葉をかける師匠は、やさしくもありながら、ひょっとすると苦悩に満ちた自らの人生を他者に見ているかのようでした。
来るものは拒まず、来たものは見捨てず。寺に来られる悩む人々に声をかけることを生きがいとし、その姿勢は終生変わらなかったと見ました。神経の中枢を侵していく痛みに耐えながら、ベテル病院で人々に受けとめられた安らぎにその人々との出会いの空間を終の住処として「祝いの場所」として「ここも 良いところじゃ」と自らのクシナガラと定め、看護の人々に時には説教らしいことをし、「ありがとう」と語りかける姿は、きつい痛みに迫られながら朦朧とする意識の中で、そのような中においても決して諦めず、一条の光り、人生の可能性を信じてやまない姿として、眠れない看護の夜の私に刻み込まれました。
「仏教とは何ですか」何十年の師弟関係を重ねてもこのような質問しかできない私に、師匠は「自分を大事にすること。人を大事にすること」と言われました。
くずれゆくものから何をすくい取り、確固としたものとしていくのか。般若空思想を、仏説にあらずと断じ、最後の個人教授で「大日経は泥棒殺人やり終えての悟りを説くの難あり」と指摘する姿は、一生を仏教山の踏破につぎ込み、臨終に臨んでもなお、光りをたぐる修行の姿に見えました。師匠は生きぬくことによって生死を超えていく。それは今日、告別に際してみなさんで読経していただいた、理趣経の全段を貫き、百字の偈が示す仏教世界そのものでありました。
もろもろの論争議論を意味のないものとして捨てて、人を大事にすることの一事こそ仏教であると師匠は結論したのでしょう。それは、いたみに臨んで、いたみから逃げないという姿勢で貫かれたものと感じております。
浅学非才、器量狭量の私でございますが、師匠の姿を全身に刻み、仏教の興隆、信徒の修行円満、弘法大師の増法楽のため、尽力していく所存であります。ここに参集いただいた御好意と御熱意を変わらぬものとして、石手寺そして私達求道の精神に対して引き続きご配慮いただきますようお願いいたします。


方丈さんと同行二人

 去る七月十八日、当山第四十二世俊行方丈が遷化せられました。多くの方のお見送りを得て、誠に有り難う御座居ました。
 さまざまな出会い御縁での出来事を思い出すにつけ、それぞれの方々との言葉のやりとり、心の交流に、仏教の一つ一つを思います。
 御供養とはひとえに、その人の生きる足跡、生きる姿を心に留め、誉め称えて私達の生きる力としていくことであります。
 群衆象を撫でるの比喩がありますが、私達それぞれが聞いた教えは、各々に異なっているようであり、別々の難儀や境涯に対しての生きる指針でありながら、総体としてひとつの方向を成していることにいまさらながら感銘を受けます。
 私は弟子として、経文の一字一句を辿りながら法を受けました。あの世の在り処を聞いた方もあれば、子供さんの病気の治し方を聞いた人、あるいはお寺に一緒に泊り込んで苦難に取り組んだ人、ある人は「なぜ方丈さんが人を元気にできるのか分かった」と言いました。方丈師匠はそれぞれの相手に、その人に分かるように生きる元気を充填していったのでしょうか。「方丈さんが生きようとする熱意というか執念のようなものが、聞く人に伝わって生きる力を与えた」その言葉は誠に妙にして当を得ているようでした。
 「生きている限り、力のある限り、不可能はない。」そのように聞いている人も多くいます。私はお大師さんは「可能性の人」と呼んでいますが、生きているということは、何かができること、何かができる限り生きているのだという信念があります。それは生への執着のようであり、命の不思議への挑戦であり、生きていく困難や苦への憤りであり痛みであり、苦痛へのどうしようもない同情であるように思えます。生きていることは楽ではない。むしろ苦難の連続である。しかし、その苦難から逃げることなく立ち向かい、解決せねばならない悲痛な使命感が底にあったようにも思えます。
 御存知の様に、方丈さんの最後の言葉は「自分を大事にしなさい。人を大事にしなさい」でした。
 まことに当たり前のことでありながら、言うは易く行うは難しです。自分も含めていったいどれだけの人が自分を大事にしているか。仏様の目からみれば、衣食住の快楽に惹かれて日々快楽に溺れ、求道を疎かにしているのは決して自分を大事にしていることにはなりません。
 ましてや、自分を大事にする方法すら分からぬ私が、他人を大事にするなどということは、いうまでもなく不可能なこととなります。せめて、自分がされたくないことはしない。お大師さんのいう通り、「他人を観ることなおし自身ごとく」他人を傷つけないことの域をでません。
 それでも、この自分と他人を大事にせよという言葉は、ひとつの方向を大きく指さしています。それは人間を大事にするという方向。生きる命を大事にするという方向です。
 知情意といいます。知は仏教の教え。情は人間を大事にすること。そして意は意思。意思は生きることへの執念です。
 知については、方丈さんは最後までお経文を放しませんでした。
 お看病の一夜を二人きりで過ごした明け方でした。師匠は真言宗の三大経典の一つである「大日経」を机上に開き、講釈を始められました。既に病重く治薬濃くて恐らく苦痛と朦朧とする意識の中であったと思います。最期の時の到来を予感するかの様な時の流れの中で、残った力を振り絞りつつ更に法界世界の法力を集めるかの様に、経文の展開は進みました。
 言葉は行きつ戻りつ時に不明瞭な帳を引き連れつつ、一つのことを師は私に伝えようとしていました。「これでは、(大日経はさまざまな人さまざまな動物生き物の生きざまを経験して後の悟りを説くのですが)強盗や殺人をして後に悟りが開けるというのでは困る」と言われ、私達が悪事をなしてしまうのか。それとも悪事をなさずして越えられるのか。一っ飛びに悟りを開けるのかどうなのかという真言宗の大問題を真剣に解こうとする姿が見えました。
 経文の解釈についてはその夜明けが最期の時となったのです。
 自分大事にということで思い出すのは、「自分を責め過ぎてはいけない」という言葉でしょうか。「もっと自信を持て」ということも言われました。
 しかし何より、仏教的であったのは、「仏教は安心を得ることだ」という言葉です。「お前は仏教が解っていない」と度々言われました。
 「仏教は安穏を得るためにやっている。財や金や名誉が目的ではない。それを仏教では涅槃と呼ぶわけで、その涅槃こそが第一の仏教の目的なわけです。涅槃以外には目標はない。だから、自分を大事にするというのもその涅槃を得ることであり、他を大事にするというのもその涅槃を共に得るということなのです。
 しかし、その涅槃がどの様なものなのかを、私は聞き逃した様に思います。しかし、それは言葉で表せるものではないから、正に今、禅定して手に印を結び只座して全身に染み渡る境地に問うしかないのでしょう。
 仏教の法、教えについては多くのものを頂きました。お釈迦さんやお大師さんの出家の動機。個々の言葉の意味。どれも独創的でありながら血肉になった言葉でした。
 その教えの厳密さの一方で、人生から離れなかったのは、人間性への信頼でした。「人間を大事にするのが仏教だ」それは仏教への反逆であるという読みを伴いながらの一度人間を否定しながらの人間への回帰の言葉のように思います。素直に人間であることから、一度人間を疑い否定して佛を目指し、そして佛とは実は人間であるという逃れようのない結論を含んで余りある様に思われます。
 今回は、告別式の挨拶を付記して筆を置きます。今後、方丈さんと同行二人として随時書きたいと思います。皆さん、御一緒に同行二人よろしく。
弟子俊生
告別式の挨拶