集団的自衛権を語る会への
参加呼びかけ



現在進行中の、集団的自衛権を可能とする憲法解釈閣議決定の案と手続は、違法であるとともに、国民の生命と思想行動の自由を損ない、他国民の命を奪うものとなる可能性が、深く憂慮されます。

この危機を知る今、疑問を持つ者が集い、意見を述べ合い、さらなる行動提起に向かいましょう。こうした緊急行動こそ、平和憲法の礎となられた幾千万の人々の苦難と悲痛にたいする真摯な態度表明であり、この人々が遺してくれた希有の英知を受継ぐ行為である、と信じます。

今こそ、不戦を誓い平和憲法を護り抜く者が集い、恒久平和を目指して努力しようではありませんか。



会名称・集団的自衛権を語る会(仮称)
とき・7月2日(水曜日)午後7時
ところ・石手寺仏陀研究館 (駐車場・石手寺奥道後より石手郵便局手前の更地)
松山市石手二丁目9?21
電話089?977?0870
HP: nehan.net
e-mail;ishiteji@nehan.net
呼びかけ人・不殺生祈りの会、共催自由


*当日は発言者による1人10分の語りを受けて、参加者との適時対話といたします。発言者は、6/30(月)までに400字の要約を加藤まで送付、ネット上で公開、各自調整をお願いします。発言者多数の場合は先着順とし、次の「会」に回っていただく場合があります。発言を希望されない参加者の方々も、ご自由に質問、コメント、瞑想などをお願いします。
以下発言予定者要旨
当日参加予定者
「きれい(クリーン)な戦争」など有り得ない:
苦しむ「他者」への共感力
望月佳重子
2014年7月2日「集団的自衛権を語る会」石手寺
               発言資料    望月佳重子
  危険なファシスト現政権は、効率良い兵器を軍産学複合体にハイテクで造らせ、落ち目の日本を戦争に駆立て、沈みゆく経済を救い、国力とやらを回復するつもりだ。この「きれい(クリーン)な戦争」妄想の源は、スターウォーズの観過ぎ。
  歴史は、前近代、近代、現代を問わず、戦争が社会の基層で生きる自国他国の民を苦しめ、心を歪め蛮行を強いた、汚辱の日々を明示する。事例として、殺した側と殺された側、各々の(1)記念建物、(2)文学記録、(3)政策展望、を知る。 

  (1) War Shrine  「戦争神社」 千代田区、九段北
      War Museum 「戦争博物館」 マレーシア、コタバル
  (2) シンガポール焼討ち (1942)
      ヒロシマ原爆投下 (1945)
  (3) “Look West.”  「欧米を見よ」
      脱亜入欧米こそ憧れだから、名誉白人を続ける。
      “Look East.”  「日本を見よ」
      過去の軍国主義は、まあ許して、良い点は学ぶ。
●2013年12月26日、誰が何所を訪ずれましたか?
  “War Shrine” 海外報道:RTM、AL JAZEERA, BBCが批判
     「政教分離に違反」「ネオナチ」「新軍国主義」
  “War Museum” は日本に幾つ存在しますか? マレーシアには? 
     民が忘れないための教育設備 → 恨み表示ではない。
(2)シンガポールとヒロシマの共通点は何でしょうか?
     井伏鱒二『黒い雨』(1966)新潮文庫、18頁。
  矢須子の語り(乞う、精読)引用:
      「シンガポールで...こんなことをしても
       いいのだろうか」     近代戦争
      「広島市街の方...煙はたかく昇って、上になるほど
       大きく広がっていた」   ハイテク戦争
  殺される側の「非クリーン度」は、いつでもどこでも残酷である。
    cf. 平成23年(ワ)第1291号・平成24年(ワ)第441号・平成26年(ワ)第516
      号伊方原発 運転差止請求事件 131029 望月の陳述
●あなたはこれまで、どちらの方を見てきましたか?
  “Look West.” *欧米人は綺麗で金持で知的で洗練されている。
       *茶髪金髪して自分の髪を痛めても真似をしたい。
       *きっとアメリカは困ったとき助けて守ってくれる。
  “Look East.” 政策提唱者:マハティール・ビン・モハマド
                 (1925生)第4代首相
  *マハティール元首相の “Look West.” 批判:
     欧米の異様な富は、新旧植民地で不当に獲得されたもの。
  *過去の歴史は許して、日本から学ぶ。1992年講演
  *今の日本は、残念ながら反面教師だ。2002年講演
        http://www.carlos.or.tv/essay-j/mahathir-jp.html
安倍内閣の「集団的自衛権の行使容認」に反対する学習会
(2014.7/2 於石手寺)
真宗大谷派専念寺住職 安西賢誠
安倍内閣の「集団的自衛権の行使容認」という問題を考える場合、なにが問題なのか、簡潔な「声明」(日本同盟基督教団「教会と国家」委員会)文が届きました。一部紹介します。

 まず、「集団的自衛権」という概念は国連憲章(1945年10月24日発効)において初めて登場したものです。そもそも国連憲章では、加盟国によるあらゆる武力行使を禁止し、一切の戦争を違法とし、集団安全保障によって国際の平和を維持する、としています。そして、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」(第51条)と、暫定的に自衛権行使を認めました。しかし、これはあくまで例外的措置であり、自衛権は国家が当然もっている権利と考えられているわけではありません。さらに、安全保障理事会が決定する軍事的行動については、「署名国によって各自の憲法上の手続に従って批准されなければならない」(第43条3)と定められ、加盟国の憲法が尊重されていますから、あくまでその国の憲法に則った判断が重要なのです。
 そして、自衛権とは武力行使による自衛ということですから、軍備と交戦権を認めず、武力行使と戦争を放棄した、憲法第9条の下において「許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(1981年5月29日、政府答弁書)、というこれまでの政府解釈を継承するべきです。そして、自国が攻撃されていないのに他国を武力攻撃する集団的自衛権自体が許されないのであれば、それが限定的に行使できるなどという範囲を定めることは無用な議論です。 このような、歴代内閣によって守られて来た国の最高法規である憲法の解釈が、一内閣によって変更されるのであれば、それは近代立憲主義を否定することになります。
 しかも、首相がパネルを用いて説明された、米輸送艦による邦人輸送の例などは、起こりえない想定だと元防衛官僚の方が指摘しています。また、アフガニスタンで医療・灌漑支援を続けている方は、自衛隊が来ることによって、現地の対日感情が悪化し、そこで活動している日本人の危険がかえって高まる、と指摘しています。それは、集団的自衛権行使容認によって「抑止力が高まり、紛争が回避され、我が国が戦争に巻き込まれることがなくなる」、という首相の説明と正反対の事態になる可能性もある、ということです。首相は、双方の事態を総合的に見て説明をされるべきです。さらに、集団的自衛権行使により武力による交戦、つまり戦争になるならば、相手国にも、当然、自国にも殺傷者が出ることになります。そうしますと、国のために亡くなった戦死者をどのように顕彰するかという問題が生じ、各地の護国神社、または靖国神社への合祀ということが予想され、それを望まない人々の、思想及び良心の自由と信教の自由が犯され、国も宗教活動を行うことになり、こうして憲法第19条、及び第20条に反する行為がなされることになります。かつて日本は、靖国神社を精神的支柱とし、天皇を中心とする国家神道体制を作り上げ、軍国主義によって国全体を戦争へと導きました。その反省に立って「日本国民は」「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定」したのです(憲法前文)。そして、その日本国憲法において、基本的人権を規定し、主権在民主義、国際平和主義、民主主義を採用しました。ですから、再び戦争の惨禍を起こすことになるような憲法解釈は、この憲法の条規に反しており、従って効力を有しないのであり(憲法前文及び第98条)、この憲法をないがしろにするような政府は、主権者である国民としてとても受け入れるわけにはいきません。

 長くなりましたが、ここでの「集団的自衛権の行使容認」に対する重要な指摘は、戦後日本の歩んできた「立憲」主義の否定になるという点だと思います。日本は戦後、憲法で「戦争をしない国」になります!と立憲国家日本を世界に示しました。しながら、今日の事態は改憲作業を横に置き、それをしないまま「戦争のできる国」になりましたと、一内閣の思惑で、内閣法制局(行政府のチェック機関)にも手心を加え、どうにでも変更可能な国になったと、その酷さを世界にさらすことでもあります。
これは一内閣の問題であると同時にいまだに「お国あっての国民」意識(主体意識の欠落)から自由でない日本人の民度が問われている問題でもあります。平和的生存権(憲法前文)まで放棄して、何が自由でしょう。何が平等でしょう。
権力の言うなりに命を差し出して得る「平和」ほど、人間の尊厳を奪うものはない。

7/2、時間があれば、戦争をしない国は、祀らない国(靖国参拝しない国)という現行憲法の危機についても提起したい。
資料

2014年6月16日
内閣総理大臣 安倍晋三 殿
〒151?0072東京都渋谷区幡ヶ谷1?23?14
日本同盟基督教団「教会と国家」委員会
委員長 柴田智悦
憲法解釈変更による集団的自衛権行使否認を求める声明
私ども日本同盟基督教団「教会と国家」委員会は、安倍首相が私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告を受けて語られた基本的方向性において、歴代政権が禁じて来た集団的自衛権行使を認める憲法解釈変更を検討して行く、と明言されたことに対して以下の理由で反対し、集団的自衛権行使を容認しないよう強く求めます。


まず、「集団的自衛権」という概念は国連憲章(1945年10月24日発効)において初めて登場したものです。

・・・以下左記と同文・・・

ですから、再び戦争の惨禍を起こすことになるような憲法解釈は、この憲法の条規に反しており、従って効力を有しないのであり(憲法前文及び第98条)、この憲法をないがしろにするような政府は、主権者である国民としてとても受け入れるわけにはいきません。


私ども日本同盟基督教団「教会と国家」委員会は、日本とアジアと世界に仕える教団を目指し、アジア諸国に対する侵略戦争加担への悔い改めに立ち、この世界に平和を作り出す使命を果たすべく日々励んでおりますが、集団的自衛権行使が閣議決定による憲法解釈によって容認されるような事態になるならば、このような世界の平和を願う者たちの声が踏みにじられることになるのです。
以上の理由から、「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(憲法第99条)安倍内閣に対し、この憲法を遵守するとともに、憲法解釈に変更を施すことによってこの国を再び戦争の惨禍に巻き込むことになる集団的自衛権行使を容認しないことを強く求めます。
「殺さない、殺させない」
を如何にして可能にするか
               石手寺住持 加藤俊生
1.補足資料
アショーカ王は碑文にこう書いている。「即位8年の時、カリンガ国を征服した。そのとき捕縛し輸送した奴隷15万人、殺害10万人、他の理由でその数倍が死亡。このとき私は罪を感じた。特にその中には柔和な人々、高僧、修行者もいてその人々は国境を超えて生きている。その痛みを痛感し、また親族や朋友の伴侶を失う痛みを知る。その故に一切の生き物を害するな、自制せよ、平等行をなせ(samacariya?、皆一緒の親和・融和の行をなせ)。そのダルマを広めたい」と。
 人間は、好戦性を反省し、人類の叡智として不殺生を決めました。三つの例、アショーカ殺戮後の不殺生、第一次世界大戦後のワイマール憲法、第二次世界大戦後の日本国憲法、全てが不戦を誓いました。
 仏陀は、不殺生の砦「サンガ」を築き、マガダ王から治外法権を得ました。砦は罪人でも確保可能で、徴兵徴用徴税を免れました。
 ワイマール憲法はナチスの台頭で機能不全でしたが、日本国憲法は徴兵徴用からの自由を保障しました。仏教徒は治外法権を確保せずとも在家のまま、不殺生戒律を貫徹できます。国民主権、基本的人権確立、不戦の自由を得ていますが、未だに、サンガの重大性は看過されています。
 現在、集団的自衛権案のもと、不殺生の砦は危機的で、米ロ仏の武器供与や武器売買が戦争を拡大中です。武器輸出三原則は堅持すべきで、ODA資金の武力行使国家への横流しなどは許せません。
2.集団的自衛権が持つ問題点(私見:一問一答)
Q I 日本の国外で武力行使は可能か?
    A: 他国での武力行使を侵略という。
Q II 先制的自衛行為は許容されるか?
   A@: アフガン戦争・イラク戦争・シリア介入など、報復戦争ならびにテロ防止戦争・大量破壊が懸念される。
   AA: 兵器除去戦争は、先制自衛・他国の民主化という名の属国化など、否定的側面が大きい。
Q III NATOによる空爆(コソボ紛争)やフランスとアメリカによる武器供与(ルワンダ紛争)は、許されるか? 
 A集団安全保障は国連軍を創設する議論を待つ他ない
Q IV 緒方貞子さんは「ならず者に対して武力行使が必要な場合がある」と発言しているが、どう見るか?
 A集団安全保障は国連軍を創設する議論を待つ他ない
Q V 外国にいる日本国民の救出方法は?
   A:軍隊ではなく、民間の方が安全。
Q VI 「外国の、平和を愛する国民を、専制の悪から解放するための聖戦」という名目の戦争は?
    A: 有り得ない。
Q VII 集団的自衛権の範疇は?
A: 個別的自衛権該当部分のみを認めるのならば、個別的自衛権が必要十分条件。
以下参加できない予定者
●所感/
井上澄夫2014・6・27
 この国は、とうとう、曲がり角を曲がりきってしまった。骨抜きにされてきた9条は最終的にとどめを刺された。
 ベトナム反戦世代は、自分たちの親の戦争責任を問うた。「あの戦争をどうして止めなかったのか」「戦争のとき、あなたは何をしていたのか」……。
 これから私たちは子や孫の世代に同じ問いを発せられることになる。
 日本国憲法の施行後、日ならずして、9条は自衛権を禁じていない、だから自衛のための実力を持つことは憲法違反ではないという〈最初の解釈改憲〉を事実上容認し、放置し、9条2項の戦力不保持規定=非武装規定に頬かぶりして、口には出さぬまでも専守防衛に徹するなら自衛隊はあってもいいと思いながら、それでいて「9条を守る」ことを当然の良識としてきたそのあげくが、このたびの〈究極の解釈改憲〉だった。
 自己批判せぬまま、なお「9条を守れ」か。
 島袋純琉球大学教授は言う。
 〈本土が憲法を捨てようというのなら、沖縄が一緒にやっていく筋合いはない〉
2014/7/2「集団的自衛権を語る会」コメント 
味酒心療内科 医師 笠陽一郎
 はじめに、私の周辺事態について語ります。まず、高齢者の介護費用が削減されました。医療費全般も抑えられています。
 つぎに「お上」は、長期にわたり精神病院に拘禁していた人たちを、施設や街中に移そうとしています。それを地域監視網というシステムで管理、このシステムはアメリカ直輸入です。そもそも精神医療の診断基準そのものが、アメリカ製の欠陥商品であることを知ってください。
 さらに、精神医療における子供たちへの早期介入。これは、外資系の製薬会社による薬漬けを、今より悪化させます。また、ご存知のとおり今回「お上」が認めた「混合診療」により、ますます怪しげな外国資本が参入します。
 むろん私の周辺事態は、集団的自衛権から、原発再稼動、国家特定秘密法案、TPP参入、郵政民営化、労働法制改悪などまで、全ての政策と地続きです。医療の現場に居ると、アベノミクスの無理やりの成功など、単なる株価操作と分かります。ここでは、アメリカのご機嫌取りと日米安保強化への思惑が、見え見えです。
 こうして戦争の出来る国を準備し、憲法を変え、徴兵制を目指す連中は、大衆一人一人の力を弱め、それに反比例して国家主義を強めるので、絶対に許してはなりません。
 最後に、松山のこうした意義深い小さな運動が、より小さく分断されていて、大同団結できていないことを、私は憂えています。今こそ、この地で、小異を尊びつつ大同で繋がり合い、手強い敵と闘い続けましょう。
オイコラ警察の復活・・・戦争のできる国へ
                     島本保徳
 特定秘密保護法、集団的自衛権の容認と、戦争ができる国へと安倍政権がひた走っています。
8歳のとき警察に連行されたことを思い出します。トラウマになっているのです。「線路に置石をした」などと言いがかりをつけ朝から夕方まで尋問されました。そして警察は、一緒に連行され、別組で尋問されていた友達が「やったと自白したぞ」とウソをいい、自白を強要しました。そのとき権力とはそういうことをするものだと実感しました。
自民党改憲草案第21条(表現の自由)には「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動は・・・認められない」とあります。息苦しい世の中になろうとしています。子たちの世代に戦争とならないように、そして生まれ出てくる孫が出兵する時代にならないように、ジイ、バアたちの世代が止めねばと思います。